A.リードの『アルメニアン・ダンス パート1』が大傑作なのは、なぜか?

~「芸劇ウインド・オーケストラ 第2回演奏会」を聴いて

▶芸劇ウインド・オーケストラとは?

 この吹奏楽団は早い話、東京芸術劇場が文化庁の助成(劇場・音楽堂等活性化事業)を受けて設立した若手音楽家教育を目的とした団体です。オーディションを通過した若手音楽家に対し、1年に一度の大編成による演奏会の他、小さいアンサンブルでの演奏や、様々な講師(指揮者の下野竜也さんなどもおります)を招いた勉強の機会を提供しています。縁あって昨年の第1回につづき、今年も演奏会を聴かせていただきました。

 なお前回(第1回)は井上道義さんによる指揮で、プログラムは下記の通り。


 ♪メンデルスゾーン
  吹奏楽のための序曲

 ♪三善 晃
  クロス・バイ・マーチ

 ♪権代 敦彦
  Time No Longer~もはや時がない~
  for wind orchestra op.145(芸劇委嘱作品世界初演)


  ~休憩~

 ♪チャイコフスキー
  バレエ音楽より抜粋

この第1回演奏会の概要についてはこちら。演奏会の内容については、指揮者ご本人による文章をお読みいただくのがよろしいかと思います(※なおリンク先を読まなくとも、ここから先の内容には支障ありません)。

▶「ところで、きょう指揮したのは?」

 第2回となる今回の演奏会で指揮者を務めたのは御年75歳となる秋山和慶さん。2014年に指揮者生活50年を迎え、文化功労者に選ばれたのを記念し、回想録「ところで、きょう指揮したのは?」(2015年出版)を出版しています。名実ともに半世紀にわたって、日本クラシック音楽界を牽引してきた重鎮のひとりです。この回顧録の帯には師 斎藤秀雄門下の先輩であり、サイトウ・キネン・オーケストラを共に起ちあげた盟友である小澤征爾さんによる推薦文が書かれています。

秋山さんは、斎藤秀雄先生のいちばん理想的な弟子だと私は今でも思っておりますし、斎藤先生の指揮法をいちばん正しく受け継いでいるのが秋山さんです。

 「斎藤先生の指揮法」――バトンテクニックという意味で――は、直接の弟子でなくとも斎藤の著書『指揮法教程』を通して、日本で本格的に指揮を学ぼうとする際には避けては通れないものとなっているといっても過言ではありません。だけども同時にこの教本で学ばれるバトンテクニックは、書かれた当時の日本のオーケストラの能力を想定したものであり、アンサンブルの精度があがった現在において、このバトンテクニックは必ずしも最善ではないということも、指揮を学ぶ現場でよく聞く声でもあります。しかし、小澤さんが言うところの「斎藤先生の指揮法」をバトンテクニックとしてだけでなく、指揮に対する心構えとして捉え直すと別の側面が見えてくるでしょう。秋山さん本人が、著書のなかでこう書いているからです。

斎藤先生からも『音楽を利用して自分の名声を高めようとしてはならない』と強く戒められていました。指揮者はめだたず、ひたすらよい音楽を求めるべきだというのが私の信念です。

つまり「斎藤先生の指揮法」は、指揮者自身がスターになるのではなく、自分自身は目立たずに、音楽に奉仕することをあるべき姿としていたということでしょう。だからこそ回想録のタイトルとなっている『ところで、きょう指揮したのは?』という言葉は、秋山さんにとって最大の褒め言葉なのです。

▶第2回の演奏プログラム

 前置きが長くなってしまいましたが、2016年3月12日(土)に開催された第2回演奏会で演奏された曲目は次の通り。


 ♪G.パレス/建部知弘編曲:序曲「リシルド」

 ♪V.パーシケッティ:バンドのためのディヴェルティメント

 ♪長生淳:ル・ヴァン・アンシャンタン(芸劇委嘱作品世界初演)

  ~休憩~

 ♪P.ヒンデミット:吹奏楽のための交響曲 変ロ調

 ♪A.リード:アルメニアン・ダンス パート1
 

 一曲目『序曲「リシルド」』は、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の楽長を務めたガブリエル・パレス(1862–1934)による作品を、建部知弘さんが日本の標準的な編成に編曲したもの。二曲目『ディベルティメント』(1950)は全6曲からなる性格小品集。作曲したヴィンセント・パーシケッティ(1915–87)は、ジュリアード音楽院の作曲科教授を務めた作曲家で、Wikipediaに掲載された作品リストを見ても分かるように多種多様なジャンルにわたり大量の作品を残している。しかし、YouTubeで"Vincent Persichetti"と検索して再生回数の多い順にソートすると――上位にあがってくるのは吹奏楽ならびに管楽器を主とした楽曲ばかりであることからも――分かるように、彼の作品の中で現在も演奏されているのは吹奏楽作品が中心なようです。三曲目『ル・ヴァン・アンシャンタン』は、東京芸術劇場による委嘱によって作曲された新作。作曲者の長生淳さん(1963– )は、東京藝術大学で野田暉行氏らに師事しましたが、いわゆる「現代音楽」とは距離をとりながらも、師匠譲りの緻密なエクリチュールを駆使し、幅広いジャンルで作曲活動をしている(1993年には大河ドラマの音楽も担当)。とりわけ吹奏楽や管楽器によるアンサンブルの作品が高く評価されており、作品数、演奏回数ともに多い。

 休憩をはさみ、四曲目はパウル・ヒンデミット(1895-1963)が作曲した『吹奏楽のための交響曲 変ロ調』。いわゆる「クラシック音楽の大作曲家」が手がけた、吹奏楽のための本格的なコンサート用作品(しかも“交響曲”!)として、アマチュア団体の演奏頻度は高くないが、吹奏楽界においては重要な楽曲のひとつ。五曲目は説明不要の『アルメニアン・ダンス パート1』(アルフレッド・リード作曲)。昔に比べ、コンクールで取り上げられる回数こそ減ったが、ひょっとすると日本で最も演奏されている吹奏楽作品かもしれないほど、プロフェッショナルもアマチュアも――レベルの高さに関係なく――本当によく演奏される作品です。そしてアンコールでは、こちらも吹奏楽界隈では既に定番の名曲となりつつある、ヤン・ヴァンデルロースト作曲の『カンタベリー・コラール』が演奏されました。

 以上からも分かるように、吹奏楽を創作の中心としていた作曲家が取り上げられなかった第1回に比べ、(日本ではパーシケッティの知名度があまり高くないことを除けば)今回は吹奏楽界隈ではよく知られた作品や作曲家によるプログラムが組まれました。

▶「ところで、きょう演奏はどうだった?」

  では、今日の演奏はどうだったか? 結論をいえば、私が今回の演奏会で最も新鮮な驚きをもって聴けたのは『アルメニアン・ダンス パート1』だったといえます。ただし、それにはいくつかの理由があります。

 私が座った座席は2階席のC列の40番台後半あたり。サイドのバルコニーではなく中央ですが、その中央のなかで右側の貼りだしたブロックの前の辺りです(一応、座席表のリンクはこちら)。少なくとも、この辺りから聴いた限り残響があまりに多すぎて、主旋律以外の細かい音符は響きとしてしか認識できないほどでした。それもそのはず、入りが1階席は見たところ7~8割、2階席は贔屓目に見ても6~7割程度、3階席はバルコニーやサイドのせり出し部分を除けば0という状況なのです。

 ご存知のように、残響というのは音が吸収されずに反射されることにより発生します。人が多く入るということは、それだけ音を吸う要素(「布」がその主たるもの)が増えるため、残響が減るのです。当然、今回のように客入りが少ないとその分、残響が増えます。

 秋山和慶さんの音楽作りは、ソロを突出させたりはせず、あくまでも全体の調和を重んじる指揮者なのですが、残響が多すぎるとそれが悪い方向に作用しだように思います。一曲目の『序曲「リシルド」』では、豊かな響きを存分に活かし、秋山さんの明快なバトンさばきによってトゥッティ(全合奏)は見事に決まっても、それ以外の盛り上がっていく部分では、主旋律さえも埋もれがちになってしまうことも多く、――吹奏楽によくある、テンポ変化によってセクションが単純に区切られる三部構成ほどではないにせよ――複雑な楽曲ではないにも関わらず、全体構成の見通しが悪いものになってしまっていました。

 二曲目『ディベルティメント』四曲目『吹奏楽のための交響曲』は両作とも1950年あたりに書かれた作品であり、前者は軽めで後者は重量感があるとはいえ、共に非ロマン派的なドライな――決してウェットなわけではない!――音像の音楽です。演奏自体は(とりわけ、パーシケッティの『ディベルティメント』が)見事なものであったように思いますが、過度な残響により作品の細部が曇ってしまったのが大変残念でした。

 そして今回、最も感銘を受けた五曲目『アルメニアン・ダンス パート1』。何に驚かされたか、誤解を恐れずにいえば、この作品が「積極的に加算的な表現をせずとも譜面通りに演奏すれば名曲になるし、もっといえば下手くそでもそれなりの曲の体裁を成すだろう」という意味で、よく出来た――出来過ぎた!――作品であり、だからこそこれほど長い時代、広範囲にわたって演奏されているのだということを痛感させられずにはいられなかったからです(もちろん、芸劇ウインド・オーケストラによる『アルメニアン・ダンス パート1』は質の高い演奏で、決して嫌味で言っているわけではないことを、本当に誤解なきよう付記しておく)。

 必要以上に煽ったり、逆に抑え過ぎたりすることもない『アルメニアン・ダンス パート1』というのは意外と不思議なもので、大変新鮮に聴くことができました。そして大事なポイントですが残響過多によって生じた種々の問題――『序曲「リシルド」』で感じたような音楽の全体像の分かりづらさ(あまりにも音楽の展開が明快!)。『ディベルティメント』や『吹奏楽のための交響曲』でテクスチュアが聴きとりづらくなるぼやけ(響きがダンゴにならないオーケストレーションの見事さ!)――は『アルメニアン・ダンス パート1』においては、大した妨げにはならなかったのです。これはまさに、秋山和慶さんが意図する「ところで、きょう指揮したのは?」が実現され、指揮者や演奏家たちではなく、演奏された作品がどれほど凄い作品であるかを突きつけてくるような演奏だといえるでしょう。秋山和慶、恐るべし

 そして『アルメニアン・ダンス パート1』の話を踏まえた上で、三曲目の委嘱初演『ル・ヴァン・アンシャンタン』について、考えてみたいと思います。この新作について、作者の長生さんは次のようにコメントしています。

私がこれまで出会ってきた、素晴らしさに強い感銘を受け、深い感慨を抱く数々の名曲の中でも、その一部を耳にしただけでも魔法にかけられたようにたちまち虜となる偏愛の曲がありまして、それらの力を借りるべく匂いを色濃く遺したいくつかの楽想がかわるがわる立ち現れるような形で曲は進みます。〔中略〕絶対音楽として考えるといささか脈絡としていかがなものかというような曲の運びをこそ楽しんで戴けたらと願っています。

 加えて、この本番に先立つこと2週間ほど前に長生さん自身によるトークイベントが開催されており、更に突っ込んだ話もしていました。大変興味深かったのは自身の作品に対する「オーケストレーションが上手い」という感想を、褒め言葉として受け取れないというお話をされていたこと。ご本人としては、あくまでもオーケストレーションというのは楽曲に奉仕するものであり、オーケストレーションだけを褒められても違和感があるとのことでした。

そのトークイベントでの話も踏まえた上で、本作のポイントを無理やり絞ると…

1)長生さんが偏愛する楽曲の要素を、少し変化させた形で随所に用いる
2)新しい試みとして、整った形式ではない音楽を目指した
3)楽曲の冒頭の方に表れる、少し複雑なコード(和音)から楽曲を着想

以上、3つになるかと思います。

 トリスタン和音のような「減五短七」の響きを筆頭に、実は元ネタからそれほど離れていませんが、あくまでもそこはプロフェッショナルな作曲家として、元のエッセンスを消さぬ程度に適度に複雑化して本作に組み込んでいます。そうして作られた複数の主題(いくつかは、かなり分かりやすく聴き取れる)を、既存の形式に当てはめずに相当に起伏の激しい音楽として構成していました。

 しかし残念ながら、聴覚上は大きく異なる『序曲「リシルド」』と同じように、この過度な残響では細部が聞き取りづらく、形式的にも曖昧なだけに全体の見通しが悪いように感じられてしまいました。芸劇ウインドとしての再演はなかなか難しいでしょうから、是非、別の団体による演奏を聴いてみたいと思います。

 ただ、本作の狙いがある意味ではコラージュ的(変化させているとはいえ元ネタがあり、それを既存の形式に当てはめずに、ある程度自由に配置している…という意味で)なところにあることを承知のうえでも、曲の盛り上がりが随所にあり、音楽の流れや全体像をつかみきれなかったとき、残る印象は「オーケストレーションが上手い」という部分になってしまうのは致し方ないのではないかということです。コラージュ的に、最善の部分をつなぎあわせても、全体としては最善が続かぬように、極端な話『アルメニアン・ダンス パート1』のように全体として何を言うかがはっきりしている方が、音楽そのものには感動できるのかもしれません。

▶今後への期待

 ここまで長々と、芸劇ウインド・オーケストラの演奏会について書いておきながら、指揮者と楽曲のことばかり。肝心の若き音楽家たちについて、何か感想がないのかといえば、正直あんまりないのです。前回も今回も、指揮者の個性ばかり目立ってしまったなというのが偽らざる感想であります。

 今回のプログラムでは、「吹奏楽作家」という肩書で大活躍中のオザワ部長こと小沢康弘さんがプログラムノートを担当され、各楽曲にはメンバーによるコメントが付記される等、顔が見えるような工夫がされていたのは楽団の性質上、大変好ましいことだと思いました。今度は音楽的にも、もうちょっと特徴や「らしさ」が表れてくることを期待したいと思います。

 WEBサイトにはまだ掲載されていませんが、当日プログラムの裏表紙では既に第三期メンバーを募集の告知がはじまっています。芸劇ウインド・オーケストラが、今後どのような展開をみせてくれるのか? 今後に期待しています。

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小室 敬幸

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