道尾秀介×木下龍也 ふたりが教えてくれた「書く」ということ

B&Bで行われたふたりのトークイベント、という名の異種格闘技マッチに行ってきた。木下龍也はコピーライター養成講座の同窓生。今では新進気鋭の歌人として、第一歌集「つむじ風、ここにあります」を出し、短歌界を騒がしている。(本気でお薦めなので未読の方は是非)道尾秀介さんは言わずもがなですよね。


磁石のようにひかれ合うふたりをテーマに、ポスターを制作。

(コピー:阿部広太郎、デザイン:竹村優奈、写真:松木康平)

当日、ふたりの話を聞きに行ってきた。そこで特に印象深く残っていることをnoteに書きたいと思います。


▼物語を書くことは自分の中に世界を取り入れること

カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる 木下龍也

帽子から生えてきたんじゃないかってくらいに君は帽子が似合う 木下龍也

カードキーを持たずに部屋の外に出たら、ついさっきまで内だった世界が外になってしまう。文学、物語を書くということは、自分の中に世界を取り入れるということ。自分が外にいるのか、内にいるのか。それをひっくり返すと面白さが生まれてくる。主従の逆転。


▼あえて持ち運びができないものを書きたいという思い。
「ハミングできる歌がヒットする」と小林亜星さんがむかし言っていた。みんな持ち運べるものが欲しい。小説とかでも「最後の一行で衝撃の結末が」と言ったひとことで言える物がヒットしやすい。だからこそ「持ち運べるものをつくりたくない」と思ったりもする。


▼詠んでいる自分を詠んでいるの罠
書き手(詠み手)の作為とかは読み手は透けてみえてしまう。敏感に気づいてしまう。そこの差はわかる人にはわかる。木下君は「僕は短歌を詠んでいるのではなく作っています」と言う。気づいたものを、企てて、短歌を作る。だからこそ木下君の短歌には詠んでいる感じのが無いのかもしれない。


▼「思い出」をどう例えるかに人生観が出てくる
思い出を、思わぬ方向に行って跳ねる「ねずみ花火」と例える人もいれば、砂浜に埋めた地雷に例える人もいる。あなたならどう例えますか?道尾さんがどう例えたかは新作の絵本「緑色のうさぎの話」に書かれている。


▼A4一枚半で世界を変えてみたい。
DNAの二重らせん構造を発見したワトソン・クリック。そのレポートは、A4一枚半。A4一枚半で世界を変えてみたい。


などなど、他にも「料理に力を入れたのに最後に変わったデザートを出したばかりにそのデザートのことしか覚えてない話」「損をしたくない時代の話」「どこでもドアはなくていい?移動中の方がおもしろい話」「太陽の塔は最初は20cmだったの話」など色んな話がありましたが、このあたりで。

道尾さんと木下くんの関係が良いなあと。ライバルというか同志というか。いい作品を書くには、いちいち気になる作品をつくる誰かを見つけることなのかもしれない。

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ひゃー!
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阿部広太郎

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