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WaSa-Bの話

WaSa-BというのチェロとギターのDuoをやっています。ワサビ、と読みます。相棒は和田建一郎。通称和田ちゃん。和田のWaと斎藤のSaです。今日はWaSa-Bの話をします。

↑写真撮影:小平裕臣

2005年に「佐藤拓馬とシューマッハーズ」というバンドで和田ちゃんと知り合いました。その翌年に和田ちゃんとキーボードの後輩と3人でB-Clubというバンドを結成しました。3人でコンピューターを使ってTMネットワークみたいな感じが目標でした。大統領というキャラクターはここで生まれました(これはまた改めて)。P-VineというレーベルがついてくれてCDも出しました。2010年7月14、小川文明さんの生誕祭で活動を終了しました。

その後、たまたまアコースティックのお仕事をいただき、和田ちゃんと二人で演奏したのが始まりで「意外といいかもね」となりPink Boxというユニット名にして活動を始めました。そんなにちゃんと活動していくとは思っていなかったのでね。検索をかけても卑猥なサイトが引っかかりまくるので2012年9月29日にWaSa-Bと名前を変えました。
その後、Doppoの川﨑さんにお誘いいただき、犬猫の殺処分ゼロを目指すのと福島の被災犬猫のイベントに参加しました。川﨑さんと和田ちゃんは猫を僕は犬を飼っていたのでね。
そのイベントの2回目の2013年7月26日に大網さん(おおあみ避難所https://www.f20km-petrescue.org/)が連れてきていたミニーと出会いました。
その後、ミニーの里親になりました。

初対面の時の写真です。
初対面の時から一緒にいた和田ちゃんはモテモテでした。

2014年は京都の妙心寺大雄院で「WaSa-B 寺院コンサート」をスタートしました。その直後の4/29に岐阜のヤイリギターで田村直美さんとWaSa-Bで初めて演奏させていただきました。その日に小川文明さんは最後の入院でした。

2014年6月25日に僕の最愛なる兄貴分の小川文明さんがなくなり、7月3日にWaSa-Bのアルバムリリースライブがあり、僕の体重は52kgまで落ちて心身ともに絶望的な状態を和田ちゃんが支えてくれました。

当時のWaSa-B

田村直美さんとのツアー、名古屋のレイドバックもWaSa-Bからでした。

ワカメは田村さんといつも女子トークをしていました。ミニーはツンデレなので・・・

そんなWaSa-Bですが、2016年に活動を休止します。
2020年にDoppoの10周年に一夜限りの復活をする予定でしたがコロナでライブが中止になりました。でもお互いに仕事も何もなくなっていたので和田ちゃんは僕のスタジオに頻繁に遊びに来るようになり、毎回新曲を二人で作るようになり、ドラムの澤田聡を巻き込み、僕の公私共に信頼している生原雄次を巻き込みPVを作り・・・一夜限り復活のつもりが完全復活してしまいました。

僕がしんどい時や分岐点の時に必ず隣にいるのが和田建一郎です。
不思議です。でも彼がいてくれるから頑張れたことが多々あります。
実は、先日、ミニーと最期のお別れをしました。
まだボーっとしています。買い物をいくにもフラフラしていますが、文章を書けるくらいは復活してきました。
WaSa-Bの宿題がたくさんあるので黙々とこなす事にします。
みなさん、ありがとうございます。

こうやってまとめてみて・・・色々とあったね。
今のWaSa-Bはとても好きです。
とても大切なので続けます、ずっとね。