「クロアチアの崩壊」が分かる話

クロアチア地元紙Index.hrが先日に投稿した記事がクロアチア国内だけでなく、近隣諸国のセルビアでも大きな話題となっていたので、日本語翻訳してみました。

2013年7月に長年の夢だったEUに加盟を果たすことができたクロアチアでは、クロアチア国外、とりわけドイツに移住する流れが人気となっています。過去5年間には約20万人のクロアチア国籍者がドイツに移住したという統計情報もあります(こちら)。

その背景には、クロアチア国内の経済情勢が依然として良くなく、「仕事がない」「給料が安い」「将来が心配」という理由から、より良い生活基準を求めてドイツへ渡る若者が後を絶たないことが影響しています。


この記事内では、クロアチアの首都ザグレブからドイツへ向かうバスに乗り込むクロアチア人に行われたインタビューが基となった記事です。

この記事を通じて、クロアチア人が抱える苦悩や現在の経済情勢を知る一つきっかけになるのではないかと思います。

記事の原文:Busevi za Njemačku puni, uplakane majke ispraćaju djecu: "Ovo više nema smisla"


ドイツ行のバスが満杯、母親たちは涙を流しながら子どもたちを見送る

クロアチアが死につつある。今年には6つの小学校が閉鎖され、117校は一人の新入生も入学することがなかった。特にスラヴォニア地域から大量の国外移住する動きはすでに5年も続いており、仕事を見つけるために国外へ向かう人々で満杯になったバスが、クロアチアから続々と出発している。

すでに当たり前の光景であるものの、未だに悲しい光景ー涙を流す母親たちーを見かけられる(クロアチア首都)ザグレブの集合バスターミナルへと我々は向かった。今回の訪問では、2人の母親と接触した。一人はドイツへと旅立つ18歳の息子を見送るために泣いている者、もう一人は家族に別れの挨拶をし、これまでに8ヶ月間働いているミュンヘンへ帰る者だった。


セスヴェテ区(ザグレブ郊外)出身のアダは、18歳の息子を見送りにもう一人の幼い息子とともにやってきた。この18歳の息子は中等教育学校(日本の高等学校に相当、以下高校と略称する)を終えたばかりで、仕事が待っているミュンヘンへと向かうところだった。

「ドイツには親族が住んでいて、息子に仕事を見つけてくれました。これからミュンヘンへと向かい、仕事の試用期間を始めるところです。息子は自動車整備士学校を終えましたので、ドイツでは自動車整備工場で働く予定です。ここでは仕事がないので、ドイツへと向かうのです。例えば、私は何年も無職の状態です。息子のドイツでの生活が上手く行けば、家族みんなで移住するのか見てみるつもりです。夫はクロアチアに残るのか、ドイツへ移住するのかまだ考えています。だって、見てくださいよ、今のクロアチアは豊かな国でもなく、これからもっと悪くなっていきますよ」とアダは語ってくれた。


「私の近所だけで、子ども連れの5家族がクロアチアから移住した」

我々は別の女性に声をかけて、ドイツへ働きに出ていくのかどうかを質問したあと、彼女は急に泣き出してしまった。

「ごめんなさいね、とても苦しい思いをしていて……」

どうして泣き出したのかを話してくれた女性は、話を続けてきた。

「はい、自分の家族と再会するための帰郷から帰ります。ドイツには1月に移住しました。」


この女性はミュンヘンのあるレストランで調理師として8ヶ月働いていることを我々に明かしてくれた。オシイェク(クロアチア東部の街)のショップで働いていた彼女。受け取っていた彼女の給料だけでは、夫と2人の子どもの家族はジリ貧生活だった。

「ここでは最低給料でした。私たち家族には2人の女子高校生がいます。一人はちょうど高校を卒業し、もう一人は高校第2学年へ進学したばかりです。高校を卒業した長女は自動車免許を受験しているところで、その後はミュンヘンに来て働こうか考えています。家族と離れ離れの生活はとても苦しいですが、ドイツでの生活は遥かに良いです。給料もとても良いですし、周りから評価されています。私の上司はシフトを終えると私の受け持った仕事に対して感謝の声をかけてくれますし、一人の従業員として評価してくれます。また、毎日体調を気にかけてくれます」

「かつてショップ店員として働いていた経験から言うと、クロアチアでそのようなことは一度もありませんでした。クロアチアに帰る機会があるとすれば、国内の状況が完全に変わり、私の仕事だけでジリ貧ではなく通常の生活ができるようになった時だけです。例えば、オシイェクの家の近所では、子どもたちとともに5つの家族がドイツへと移住しました。多くの人々が移住している。みな、より良い生活を求めているんです」とイヴァナは語ってくれた。


「貧困が理由で国外移住しました」

我々はすでに4年もドイツで生活しているマリヤーナと話すことができた。ザグレブ出身のマリヤーナは、貧困が理由でドイツに移住したことを話してくれた。

「ザグレブでは仕事がありました。しかし、夫は無職でした。小さな子どもを持つ私たちは賃貸アパートで生活していましたが、そのような生活状況が原因で国外移住することを決断することにしました。ドイツでの生活は気持ちよくて、仕事がすぐに見つかります。もしドイツ社会に慣れることができれば良いですが、向こうの生活様式はとても異なっています。ドイツ社会にはコーヒーを飲む文化がありません。ドイツ人はコーヒーを飲む文化を知らないのです。」

「ドイツで稼げるというのは本当の話です。なぜならば、ドイツにはたくさんの仕事をして、お金を追加で稼ぐ可能性が常にあるからです。支払われる給料はとても大きいです。例えば、家賃として1200ユーロを毎月支払うことが問題なくできるくらいの給料を貰っていると考えてみてください。ただし、私が嫌に感じていることは、私たちはドイツでは常に二流市民であり続けることです。子どもが大学へ通うようになるときには、クロアチアへ帰ることを考えています」とマリヤーナは話してくれた。


「もしドイツで成功すれば、夫もやってくる」

我々は、ザグレブ出身のヴラトゥカと話すことができた。彼女はこれから初めてドイツでの生活に旅立つと話す。その一方で、夫はザグレブにしばらくの間は残って生活し続けると言う。彼女曰く、ドイツで一緒に暮らせるかどうかは彼女の成功次第だからだ。

「私の兄弟がドイツで生活をしていて、私に仕事を見つけてくれました。その仕事はパン屋さんでサンドイッチを作る仕事です。ドイツ語をもっと上手く話せるようになれば、後には販売係として働けるかもしれません。ザグレブではある民間の果物屋さんで働いていました。夏季期間中にはずっと朝9時から夕方過ぎの20時までスイカを販売していましたが、日給200クーナ(約26ユーロ)くらいしか稼げませんでした。私には週末も祝日にも休みがありませんでした。私の兄弟はすぐに仕事を見つけてくれました。どうなるのか見てみます。もしドイツで成功すれば、夫もやってきます」とヴラトゥカは話してくれた。


高校生はドイツでの生活に幸せを感じている:「クロアチアには二度と戻りたくない」

我々はバスの車内で姉と弟の2人兄弟を見かけた。彼らは両親と3年間に渡って暮らしてきたドイツへ向かうと話す。


「私たちは海に行っていたけど、これからドイツへ帰るよ。ドイツでの生活は最高よ!ザグレブでは母親が長年に渡って取引所などで、主には違法な仕事をしていたけど、ドイツではすぐに仕事を見つけられたわ。父親も同じような感じ。友達と会えなくて寂しく感じるけど、クロアチアには二度と戻りたくない」と、これから看護学校を卒業するアナは話してくれた。

アナはドイツに移住した最初の一年間はドイツ語を勉強して、学校に再び通い始めた。ドイツの学校側はザグレブで修了した看護学校の最初の2年間を認定してくれた。(弟の)マルコは宝くじで増額した懸賞金を勝ち取るためだけにクロアチアに帰りたいと付け加えた。

彼らはドイツでの生活には満足しているようだった。

「学校の同級生たちは私たちを上手く受け入れてくれた。それに、学校にはクロアチアだけでなく、近隣諸国出身(例:ボスニアやセルビアなど)の同級生たちもたくさんいる。私たちは上手くいっているし、学校やドイツでの生活全般を好きだよ。学校を卒業したら、すぐに仕事が私たちを待っていることは分かっているけれども、クロアチアとは異なって、ドイツでは問題なく仕事が見つけられる」とアナは付け加えた。アナは、弟マルコと一緒に海辺へ行った後、友人と再会するためにザグレブを少し訪れていた。


我々が会話をしていると、バスの運転手が乗客に車内に乗車するように声をかけた。バスは一台だけでなく、ヴィンコヴツィ(クロアチア東部)からザグレブ経由でミュンヘンやフランクフルトへ向かうバスが何台にも渡って、列をなしていた。

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