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AI作曲ソフトの登場に、僕たち音楽家はどう向き合い、生きていくべきか。

前回の記事が想像以上に反響が良く、驚きました。これまで楽曲の中身について触れた内容のものはさほど興味を持たれなかった印象があり、本質的な内容に対する共感は皆さんの想像以上に嬉しいものです。

前回の記事はこちら。

さて、音楽制作における一つの大きな議題として、以前も取り上げたAIとの関係性を無視できない状況になりつつあるように感じます。AIと言う、サブスク同様に止まらないテクノロジーの進化をどう捉え、僕ら人間が音楽制作と向き合うべきなのか、少し考えてみました。


低価格な権利フリー音源は、きっとすぐに駆逐される。

ついに、AIがムードやジャンルを自動生成して動画BGM用に楽曲作るサービスが登場しました。機能紹介ビデオで流れている曲が実際のサービスで提供される音楽クオリティだとした場合、正直なお話、人力で作っているロイヤリティフリーの買取式音源サイトで手に入る音楽と比べても、さほどクオリティの差はないように思います。すげえな。

僕が忌み嫌う(笑)Audio Jungleと比べてみてください。結構映像関係者の方が使っているのを見かけますが、まぁなんと言いますか・・・PCだけで完結する音楽を作るにしても、もっとやり様あるでしょ。って思うこと多し。

僕はどちらの音源も良いとは絶対に思えませんし、何より僕らがこだわって作る部分が一切抜け落ちたサウンドだというのは両方に対して思うものの、おそらく「音楽なんてなんとなく雰囲気よければなんでもいい」って思うタイプのクリエイターの方なら、きっとこれらのサイトで買って済ませるのになんの疑問も持たないんだろうな。っていうのが僕の正直な感想です。

その市場においてAIが生み出す楽曲は、好みの楽曲を必死に探し当ててお金を払って楽曲を購入する他のサービスに比べて、楽だし、データから導かれたムードはきっと的確だし、市場を理解するのに便利だし(これは我々も場合によっては使えるかもしれない)、絶対に便利だと思います。

ただし、なんども言いますが、この音楽で演出上問題のない映像は、おそらくさほど強く人の心を強く動かせるクリエイティビティには至らないと考えます。それが作曲家の見栄やプライド、「負け惜しみ」でないことを、これから説明していこうと思います。


世界を動かす音楽は、「音色」が違う。

つい先ほど、現在ビルボードで60年ぶりに1〜3位を総なめにしたアリアナ・グランデの楽曲について知人と話していました。みなさんのオーディオ環境で、これを聴いてみてください。(題材をくださったTさん、ありがとうございます。)

これが世界を今席巻しているサウンドです。はっきり言って、声が入ってくるイントロの瞬間からめちゃくちゃかっこいい。

僕の愛するProphet-5のプリセット24番(マニアックですみません 笑)にも似たアナログ的シンセの旋律もさることながら、シンセの音が滲むように漂うその音像空間には、いわゆる環境音のようなノイズ、鳥のさえずりに似たサウンドスケープ、そしてローファイで温かみのあるエレピ的サウンドが巧みなミキシングによって漂います。低音が左、高音が右、と言うピアノを弾いた時に聴こえる耳鳴りに似たアイデアも本当に素晴らしい。音選びから処理まで、全てが無駄なく、最善だと思わせられる。

キックやベースのふくよかなローエンド(超低域)、耳が痛くならないスネアやハイハット、ステレオを広く取ったことでパノラマのように左右に広がる音像など、昨今のトレンドを巧みに汲み取りながら、一流のクリエイターやエンジニアが制作、録音、ミキシング、マスタリングまで抜かりなく仕上げたのが伝わります。

一流のトラックには、使われる楽器の特性を存分に活かしながら、「1音で空間を漂った時に感情が揺れ動く、滲みに似たサウンド」が存在します。ピアノでドの音をピアノで弾いただけで、息を飲むんです。それを自分自身で作り出すために、日々どれだけの努力をしているか、が一流とそれ以外の差なのではないか、と僕はここ数年で学びました。

音色にこだわっているクリエイターは、それが作曲家であれエンジニアであれ、その旋律がどのような音で鳴ると最も音楽的に気持ちがいいか、常に本気で考えています。逆を言えば、音色にしかこだわっていない作り手は、「小麦の扱い方はよく知っていても美味しいパンが焼けないパン屋さん」みたいな存在かもしれません。そんな人いないよ、って話なんですけど。旋律やハーモニー、そしてグルーヴと呼ばれるリズムとの相性において、実は音色の差というのが極めて大きな影響を及ぼします。気持ちいい音は、体に染み込んできます。

普段、アリアナの歌声ばかりを聴いている方がもしいらしたら、是非彼女の楽曲に限らず、イヤフォンやスピーカーで音楽を聴く時、楽曲全体の音の左右・上下・前後を端から端まで隈なく聴いてみてください。いかに音楽が立体的に作られていて、隙間と思えるところに、「無と見せかけた滲み」が漂っているかを感じられます。


音色の要は、「演奏」そして「録音」。

プロを志して音楽を必死で作っていた頃の音源が、先日デスクトップの整理中に出てきました。今から6年前のデータで、年数はさほど経っていないながらも、正直人に聴いてもらえるクオリティではとてもありませんでした。

いいや。面白いから載せてみよう 笑 笑ってください 笑

アレンジもまぁ、酷い以外の何物でもありませんが、何よりもお話にならないのは、とにかくその音。打ち込みで作った弦の音、そしてそれを、知識もなく安〜い機材でPCに取り込んだことが丸見えな録音状態でした。

面白いのは使っている楽器。当時の音源は、今もなお僕のデスクトップの正面に鎮座する「KORG KRONOS」そのもの。6年前と今使っている楽器は同じなのに、とにかく音色が全くもってお話にならない。打ち込みのテクニックも今とは比べ物にならない(というか今は曲によっては手弾きするから打ち込みしない)ミックスもラフでさえない。漠然とプロを目指していた自分の音楽力の低さに引きます。

対比にするのも関係者の方に申し訳ないですが、今の僕の音といえば、ピアノと弦で言うならこれ。

基本的な僕の音楽的素養は、2012年と比べて根本的に変化したわけではないはず(曲の構成も酷いですが)。けれど、全く違うのは僕自身が経験を積んだことで、楽器それぞれの特性を知り、演奏者の皆さんの個性を知り、それを踏まえた上で旋律やグルーヴ、サウンドを構築するようになったこと。

さらに面白いのが、2012年の曲で使っている主旋律の弦風の音と、僕が「Je Suis」の冒頭からずっと弾いているタンゴ的な弦の音は、実は全く同じ音色なのです。これ、僕がKRONOSで刻むように弾いた音色なんです。

同じ音を、演奏技法と録音環境、そして何よりミキシングの妙だけで、煌びやかでセクシーな音色に変えることができるんです。

何より当時と違うのは、僕が音楽を作る上で、信頼できる沢山の方々の力を貸していただけるようになったことです。今の僕がいるのは、演奏者の皆さんが紡ぎだしてくれる自分の想像の上をいく表現の積み重なりあってのこと。演奏を知ることで楽器を知り、弦管など伝統的な楽器からシンセまで、今回より次、その次と表現を研磨することができる。

録音の音が素晴らしいから、元々持っていた楽曲のイメージを超越し、より人間的で生命力あるサウンドに仕上げていくことができる。スタジオ、そしてアーティストやプレイヤーの皆さんの力なくして、人の心を射抜く楽曲は完成し得ないと僕は強く思います。

録り音の完成度が、その後のミックスでの自由度やクリエイティビティに大きな影響を及ぼします。それはPCで鳴らすソフトシンセでも同じ。

(専門的で恐縮ですが)例えばPCから一度、マイクプリアンプを通してアナログサウンドの色付けを行ってみる。パラデータを書き出す際の、オーディオインターフェース(AD/DAコンバータ)やマスタークロックの品質を向上させてみる。使用電源を変えてみる。こういった細かい作業の積み重ねをミキシングエンジニアの方にデータをお渡しする前にしておくだけで、その後の音楽的可能性を大きく広げてくれます。

演奏・録音・ミキシング、そしてマスタリングはそれほどまでに、音楽の品質管理において重要な役割を果たしています。作曲や編曲で全てが決まると思ったら大間違い。DAW(Desktop Audio Workstation)やソフトシンセ全盛の現代だからこそ、本当に差が出るのは「いかにきちんと真面目に、手間をかけてアイデアを”形にできるか”」だと僕は思います。人前に自分自身の音楽を簡単に世に出せる時代だからこそ、だと思います。


違いが分かる=音楽・アートで「時代をリードする」。

映像の世界では、絵の描写力の差を感性的な側面以外に「解像度」と表現することが多いかと思います。色調や描写の粒(画素と解像度は似て非なる意味です)の繊細さが、絵作りそのものの美しさや奥行き、観る人に与える一撃の衝撃を大きく左右するものだと思います。

音楽にも、同じことが言えます。(残念ながら僕もまだしっかり手を出せていないですが)レコードに手が伸びる若者が増えているという現象は、世界で最も音楽的な情報量が多いメディアに刻まれた珠玉のサウンドを体感したい、それが人間のインテリジェンスを満たしてくれるから、だと思います。

けれど、ここでも先ほどの話に通じますが、情報量が多ければいいってものでもないし、数値上「チープ」だと言われる音が必ずしも劣悪なわけではない。時代を反映する音っていう切り口もあれば、「カスれるがゆえに、滲む」と言う上質感も音楽においては非常に大切な役割を果たします。

僕は根っからのハード(楽器)シンセ好きですが、だからと言ってソフトシンセが大嫌いなわけではないです。ソフトでないと作れない質感は絶対にあるから。リッチなサウンドが、作っている音楽にそぐわないような時も山ほどあります。一番大切なのは、いかに意図してありとあらゆる選択肢を使いこなせるか。人間のこころが動く表現を、色んな角度から切りとれるか。この世界が消費社会だとしたら、いかにトレンドを作る側で居られるか。

AIなどの利便性を求めた既存市場ありきのマーケットイン型の制作からは、突然変異という現象は生まれないと思います。しかし、その突然変異が、一瞬にして世の中を変えてしまうパワーを持つのが音楽の凄いところ。結局理屈をどれだけ並べたところで、感動しちゃったら感動した楽曲が正解だと僕は思います。それもまた、時代をリードする音作りができる人たちの力。

違いが分かる、分からないは味覚や嗅覚に近い感覚だと思います。人というのはどれだけその感覚のフタが閉まっていても、気づいた瞬間からその要素を気にできる素晴らしい生き物だと思います。

これだけ違いを説明したとて、興味を持ってもらえない方も沢山いるかもしれません。そういう方は、利便性を求めて低「コスト」なAI作曲アプリを活用いただく方が良いかもしれません。僕らが産み出しているものはきっと、産業単位でいえば「コスト」ではなく「投資」の部類に入ると信じます。ないといけないものではなく、あったらとっても豊かなものなのです。

それを作れるのは、音楽愛を持って、常に前進し続けることを諦めない、「世の中からは変態呼ばわりされかねない強い執念」を持ったクリエイターだけなのではないでしょうか。僕はそうであってほしいし、結局何年後かに残せるマスターピースはそういった人たちが産み出したものでしょう。

僕自身は、そういった時代をリードできる音楽家を目指して、今日もリリース作品の準備と技術の研鑽に励みます。先はまだまだ長いけれど、沢山の素敵な仲間と一緒に、いい方向に少しでも変えていきます。


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Kotaro Saito / 齊藤 耕太郎

http://urx.red/PZFP / 作曲家・音楽プロデューサー / Spotifyなどで自身の作品毎月展開中 / サブミッション、CM音楽やタイアップ、取材のご依頼はWEBSITEへ。https://www.kotarosaito.com/

Album "BRAINSTORM"

Kotaro Saitoのアルバム「BRAINSTORM」に関する情報をまとめています。
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コメント1件

そんなことはないと僕は思います。もちろん音楽や音像だけで我々は何かを想像してもらえるようにと日々研鑽しているつもりですが、同じように、むしろそれ以上に映像などの総合芸術にはそれぞれの美学とこだわり、プロとしての技術による感動が存在すると僕は考えます。全ては感動を求める方々とともに、感動をアップデートするために革新を続けていくのではないでしょうか。
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