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挫折は、ただの実験だった

踏み出してみた2022年。
行動に映し出せば、そんなふうに思う年初。

みなさん、あけましておめでとうございます。

前回のnoteから、随分と間が空いていたけど、その間にまた、僕はいろんな挑戦をして、いろんな体感を得ることができた。今年の抱負を語りながら、2022年の年初〜少し前の出来事たちを振り返ることにする。


2022年は自分新元号の始まり

生まれてから今まで、僕は音楽活動含め「齊藤耕太郎」やら「KOTARO SAITO」やら、基本的には本名で生きてきた。そんな自分に初めて「新たな名前を自らつける」決断をしたのが2022年のハイライトだ。

これまでの作曲家としての自分に並列する形で、僕は自分に「leift(レフト)」という新たな名前をつけた。これまで培ってきた自分も大切にしながら、自分がより素直に気持ちを表現できる新たな器が欲しかったからだ。


シンガーとしての門出

僕はまさか、自分がシンガーとしてデビューする日が来るとは思っていなかった。歌に対するハードルは今もなお「高い壁」だと思っているし、僕自身が歌い手という、フロントマン中のフロントマンに向いてるだなんて思えていなかったからだ。

それでも自分が自分であることを、自分自身が理解し認めたかった。そのために必要な手段として、自分の表現手法として最も自分らしくかつ好きな音楽という側面から、言葉と声で自分を訴えることが必要だった。

2023年になったし、散々吐露してきた「辛い」「苦しい」という表現は、なるべくこのnoteでは書かないことにする。だからここで最後に言う。シンガーになること自体が1番の重圧だったし、公に歌うと口に出すこと自体が、最も緊張してしまうことだった。

その事実を、年の瀬に感じることになったのは、後ほど。

リリースした作品たちを、簡潔に振り返る。

①α1: bleach

leiftの黎明期を、僕は「α」と名付けた。その1曲目に選んだのがこの曲。過去にすがりつくのをやめ、新たな自分で生きるという気持ちを曲に込めた。今振り返っても、この曲のイントロを聴くたびに「始まりだ」と思える。

詳しくは。


②α2: leaves

leiftのデビューから間も無く、作曲家・KOTARO SAITO名義にて劇伴に参加したアニメ『ユーレイデコ』がオンエアとなった。

サウンドトラックの方は以下。

『ユーレイデコ』は各話にイメージソングを設けていて、『bleach』制作時に音楽プロデューサーの佐藤純之介さんに聴いてもらったことをキッカケに、イメージソングの作詞と歌唱をleiftとして担当させてもらうことに。一介の新人DIYアーティストが、デビュー2作目でアニメのタイアップをつけてもらうという出来事は、作曲家のキャリアあってだったと振り返る。

『bleach』で「空虚な自分をブリーチする」と歌って、『leaves』では「新しい自分にだけでなく、培ってきた"根"の自分を大切に」というテーマで楽曲を作った。アニメの世界が現実世界と仮想世界の2舞台なのが重なり、僕自身にとっても嘘がなく歌詞を書けたのが嬉しかった。

詳しくは。


③α3: draw

自分を見つめ直すというα期のラスト作品。「ブリーチしたキャンバスに、何を描くのか」をテーマに書いた1曲。思い返せば、これを書いて歌ったのは2022年の3〜4月。リリースしたのは8月だけど、もう遠い記憶。

アートワークにも工夫をしていて、『bleach』で描いてもらったモチーフに、上から色を塗り、再構築してもらった。連続性が大事なα期の作品を、全方位こだわって作れたのも、後々よかったなと思えてる。

詳しくは。


門出3部作を振り返って

素直に思うのは、歌唱表現について「探ってるなぁ自分」って感じること。特に『bleach』は聴きかえすことが億劫になるくらい、自分的には今の表現技法と違う。今が0→1~2くらいだとしたら、当時は0→0.2くらいの感覚だったから、仕方がないことだ。

ただ、だからと言って僕はこれらの作品を歌い直してリリースする気はない。ポジティブな意味で、この時期は2度とないと思うから。

これら3部作が意味をもたらすかどうかは、これから先継続的に楽曲をリリースしていくことで「旧譜」として扱われるようになった時に分かる。僕が中途半端に歌への向上心を諦めてしまったり、伝えたいことを掘り下げていくことをやめたら、きっとこの曲たちは陰影にすらならない。

そう思うと、僕はこれから表現者として磨いてこなかった側面を鍛錬していくべきだし、何より自分自身がもっと「パフォーマーになりたい」と思えてる。これって、2021年ごろの「歌ってない自分」にはまるでない発想。

2度とない黎明期として、僕は自分の表現はやり切れたと思う。本気で足掻き、考え、不安になりながら形にした楽曲たち。大切に歌っていきたい。


僕がやりたかった自分に

α期を設けた目的の1つに「本当にやりたいことへの自信をつける」という側面も存在した。今もなお作っている、本当の意味での「leiftらしいアルバム」。これに到達するにはどうしたって段階が必要だったし、段階を設けたことで、結果的にリスナーの皆さんの耳にも多く触れられた。

僕が流通を委託しているThe Orchardチームの皆さんのサポートもあり、α期からleiftの楽曲はプレイリストを通じて新しいリスナーの方々との出会いに恵まれていた。日進月歩ならぬ、リリース進月歩って感じだった。

そんな中で、僕が徐々に「自分にとってのホップ・ステップ・ジャンプの"ホップ"」を感じ始めたのが、『Beige』だ。

④β1: Beige

leiftらしさを確立する「変化の象徴 = β期」最初のシングル。この曲の制作前後にシンガポールに視察に行ったことも大きく影響して、自分をもっと自由に考えようという気持ちが曲に宿された。

僕がこのnoteのタイトルにしている「挫折はただの実験」も、この曲の歌詞から引用した。成長は、心が沈んで悔やんでを繰り返して生まれるもの。これからの人生で、僕が歌うに至る壁なんて比べ物にならない課題は沢山あるだろう。その度に、なりたい自分に変化することを辞めたくない。

『Beige』に関する詳しいことはこちらで。

ある種の所信表明のための1曲が、2022年9月末にリリースできた。これをきっかけに、僕のリスナー分布は東南アジアを中心に伸び始めた。この事象はきっと、僕が次曲以降で経験したことに繋がっているはず。


⑤β2: Mocktails

leiftを始めた時に、叶えたいと思っていたことの1つに「好きなこと、嫌なことをハッキリと曲にする」という目標があった。具体的なことを書くのは、大人になればなるほど勇気がいること。特に僕のような、色んなクライアントのCM音楽を作ってきた身にとっては。

leiftはあくまで「ありのままの自分を表現するプロジェクト」だ。だから、思い切って僕は「お酒が飲めない」という切り口で、ノンアルコール・ドリンクとの出会いを歌った『Mocktails』という曲を作った。

僕が敬愛する日本橋の無国籍料理レストラン・cavemanのノンアルコール・ドリンクの写真を使わせていただき、食と音楽という僕にとって切り離せないものたちのコラボレーションも実現できた。

そして、この楽曲を機にSpotifyの目にleiftが止まり、多数のプレイリストにピックアップされるようになった。ラジオでleiftの楽曲がかかる機会も増え、僕が考える「leiftがいるべき場所」に、少しだけ近づいた。

詳しくはこちら。


⑥β3: chord

昨年、最後のリリースになった『chord』という楽曲。僕が2021年に結婚し、家庭という新たな場所を手にしたことで変化した心情を歌った。

この曲に関しては、noteを書かなかった。楽曲とMVで、僕が伝えたいことの全てを「真実で」描いたから、言葉で詳しく紹介したくなかった。noteを読んでくれている方の中には、この曲に今はじめて出会う方もいるだろう。僕にとって、とっても大切な1曲。是非MVを見てほしい。


βな自分を表現して

楽曲それぞれを通じて、僕は当時の「最新」かつ「最熟」を見つけてきたように感じている。1曲1曲、本当にこれが自分らしさか?と問うて作ってきた。当時のベストを込めながら、リリースする度に手応えも強くなった。

僕にとってのβ期は、「変化の"結果"」と言うべき状態。そう言いながら、アルバム制作を進めている僕にとって、実は1曲書くごとに「β」と呼んだ自分自身も変化している。それこそが、leiftがアルバムをリリースする意味だ。

アルバムは変化の過程を描いていて、
1年半前に制作を決意した頃と比べると、
完成のビジョンは同じタイトルでも大きく違うものになった。

それが、僕はいいなと思ってる。
なぜなら「βの中で変化した事実」こそが、
僕がleiftというプロジェクトに求めた
「必要なもの以外、手放す」本質だから。


今日の時点で、アルバム完成まで残り3~4曲。今月中には形にしたいけど、なかなかハードルは高い状況にある。最後まで粘り強く、一点の妥協もせず仕上げていくつもりだ。完成したその時に、僕がアルバムを通じて描いている「leiftらしさ」をどう言葉で定義できるか、自分も楽しみだ。


シンガーとしての、ライブパフォーマンス

noteを読んでくれている皆さんには事後報告となってしまい恐縮だけど、
僕は去る12月27日(火)、初めて公にシンガーleiftとしてライブを行った。

本来なら、このトピックだけで1記事書いても良かったのだけど、
年の瀬をいちいち、年を跨いで振り返りたくなく。
この記事にまとめておこうと思う。

シンガーと、演奏者の違い

厳密に言うと「リード」と「バック」の違いだろうとも思うけど、
僕的にはピアノソロでライブを行うときとも、
歌でライブに立つことは違っていた。

一言でまとめると、
シンガーとしてライブに立つ方が、僕は楽しいと思った。
もっともっと、ライブがしたいと心から思えた。


分かりやすく緊張して、萎縮したリハ

複数組で出演するライブかつ、フリーライブの形式でリハ時にお客さんが入っていたのもあり、リハの時点で僕はめちゃくちゃ緊張していた。営業中の会場都合だから当然なのだけど、実際の音量感でリハできず、サウンドの量感も分からないまま、声もろくに出ず、ただただ落胆してリハを終えた。

でも、そのままじゃ僕はライブできない。だから、近くに念の為スタンバっていたリハスタに2時間入り、演奏前の練習量としてはオーバーなウォームアップをして、本番に臨むことにした。

この写真は前日のリハのもの

僕が歌うにあたって、弾き語りでやるべきか、僕が自信を持って鳴らせるトラックを流して歌でパフォーマンスすべきか、それらのハイブリッドなのか、「どんなサウンドでライブをすべきか」を試す場でもあった。

leiftとしてのライブボーカル用マイク Neumann KMS104

歌い手としてライブをするなら、自分のライブ用ボーカルマイクを持ちたい。そんな「想い」の部分も先行して、自分らしい1本を探して出会ったこれ。このマイクは標準とされているSHURE SM58と比べると、解像度がとても高く、自分の歌声をとても細やかに拾ってくれる。

いい部分は、高音域がとても歌いやすいこと。悪い部分(悪いのは自分だけど)は、僕の歌が下手なところが、全く誤魔化せずに伝わることだ。

2時間、本番前にみっちり練習したことで、自分でも明瞭なほどに声の変化を感じた。会場リハで掴めなかったテンションも、リハスタで少しずつ調子を理解していった。


ステージに立って宿したもの

会場である、渋谷パルコの屋上「ComMunE」の雰囲気が素晴らしかった。

僕が一番、自分に対して感じたのは「本番の方が力が湧いて出る」ことだ。練習用に記録した本番の映像を見返してみると、悔しいことに技術的に「あ〜、やっちゃった・・・」と感じることは本当に沢山あった。でも、歌い出した自分を見ていると、明らかにリハや練習の際に不安がっていた部分が消し飛んでいて、ちゃんと「自己ベスト以上」を出せていた。

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冒頭に書いた「最大の緊張は"歌う"と表明したこと」だったのが、ライブを通じて理解できた。本番でステージに立ってしまえば、少なくとも歌っている最中には緊張なんてしない。「歌詞を間違えるかも・・・」なんて不安も、全くの杞憂だった。

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1プロデューサーとして、僕はleiftに対してライブパフォーマンスへのポテンシャルを強く感じている。歌に対して満足は全くできない。でも、パフォーマンスしている自分は、悪くはない。そう思えていることが、去年の不安しかなかった頃の自分と比べたら、同じ人間とは思えない進歩だ。

歌に関しても、パフォーマンスに関しても、やるべきことは

  • 練習

  • とにかく現場に出て経験して、課題を改善していくこと

と思えていることは、とてもいい流れだと自分で思えてる。根本的に、自分の表現する姿が嫌じゃないことは、かなり大事なことだから。

僕は歌もライブも、もっと根本的に言うと音楽を作るにも、大事なのは「根っこにある"想いの強さ"」と「それらを第三者に表現しようとできているか」だと思ってる。それらに対して自分が後悔なく表現し切れた作品や時間は、それだけで既に「僕自身にとって"残す価値のあるもの"」だ。


leiftの音楽は、ただ作品をリリースしてそれぞれの環境で聴いてもらうのみならず。基本的には「ライブを前提にした音作り」でやっていくと決心した。コロナ禍の2年、僕は音楽とはどうあるべきか?という問いを繰り返してきた。その時は「最高のBGMを目指そう」と作品を作っていた。

時代が開放に向かい始めている今だからこそ、僕は「音楽を生で届けること」に、希望を持ち始めている。それは直に聴いてもらうという意味だけでなく、どんな形でも「演奏、パフォーマンスに宿るもの」を信じたいと言う意味だ。そのために、生歌の表現、身体を使った表現を、今年以降どんどん磨いていく。それが、僕が思う「leiftらしさ」への最短経路だ。


苦悩も含めた経験を伝える、オンラインサロン

2022年に始めた大きな取り組みのひとつ。僕がこれまでDIYアーティストとして歩んできた全てを伝えるオンラインサロン「artists」。

このサロンは楽曲の制作のみならず(むしろ制作に必要な思想を中心に伝えている)、アーティストとして独り立ちするために必要な、

①なぜアーティストになりたいのか
②1人で楽曲を作り切る技術と思想
③アーティストとしての見せ方
④リリースに必要な具体的知識
⑤継続的に活動していくための思想

を、かなり実践に踏み込んだ形で伝えていく場だ。

楽曲を仕上げることだけがアーティスト活動ではないと、僕は自身の経験を通じてこれでもかと痛感した。毎リリースごとにブランディングやプロモーションをするにしても、いかに「自分らしさ」を理解し、言語やビジュアルなどのクリエイティブで表現できるかが大事だとも学んだ。

それらを一連の活動と定義して、4ヶ月で全フローを体験し学んでもらう場が、このオンラインサロンだ。現在、2期目が進行している。1期を卒業したメンバーも、自身の作品リリースやライブに邁進していて、僕自身も主宰・講師でありながら影響を受けている。


noteでは伝えられない本音も言える場

僕は、情報鮮度において無料で語るnoteと、有料で語るオンラインサロンに明確な区別をしている。内容が仮に同じだとしても、それを「いつ・どの鮮度で言うか」で、現代は価値が大きく異なると感じているから。

オンラインサロンは基本的に、サロン内で共有したことを承諾なしに公開することを禁止している。だからこそ、僕が「好きじゃないこと」も言えるし、より具体的に制作やブランディング、プロモーションで培った経験談も直接アドバイスできる。

そんな場を持てたことが、今年精神面でかなり救われた。僕が1人悶々と悩んでいたことが、誰かの具体的な救いになると気づいたからだ。

音楽制作に特化した内容を求めるなら、僕の門戸を叩かない方が良いだろう。僕が提供しているのは「制作テクニック」ではなく、総合的に「アーティスト活動を続けていくための思想とテクニック」だ。これを、僕が自分自身を現場で更新しながら伝えることが、最大の価値だって思えてる。

leiftとして、よりアーティスト色を具体的にして臨んでいる僕自身もまた、オンラインサロンで語れる技法や流儀をアップデート中だ。第3期は3~4月に開校予定なので、興味がある方は今からDMMページの「募集再開」ページに登録してもらえたら嬉しい。


表舞台を明確にしたからこその、裏方活動

2022年に新たに始めたことが、どうしても分量的に多くなりがちだが、僕はアーティスト活動と裏方としても楽曲制作活動を明確に切り分けられたことが、齊藤耕太郎という人間的に一番大きな出来事だったと思う。

2022年の年初に、こんなnoteを書いた。

ここで「自分を切り分けて考える」と言っていたものの、正直な話、僕はleiftと名乗り作品リリースを続けて初めて「音楽家としての複数の自分」を認められた。まだ、去年の今頃じゃその本質には辿り着いていなかった。


以前の僕は、作曲家・音楽プロデューサーとして
自分の作家性に強いこだわりを持っていた。
今も自分らしさを失ったわけでは勿論ないけど、それにしても
2022年以前の僕は、「KOTARO SAITO」という屋号に対して
求める線引きが厳しく、それが自分的に苦しかった。

例えばこれらの作品。

僕は自分自身の興味関心も相まって、上記のようなスタイリッシュで洗練された音楽世界を求められる際にオファーがくることが多かった。僕自身もそんな「洗練された美しい世界の作曲家」と称されることは嬉しかった。

でも、僕は決してそれだけが自分だとも思っていない。むしろ、自分が好きだからという感覚以上に「そういう仕事が多かったからそうなった」という言語化の方が、正しかったなと今は思える。


2022年に担当した「こういうのもできる自分」

一番大きなアップデートは、アニメの世界に音楽を届けられたこと。

僕はアニメ『ユーレイデコ』における「超再現空間」の担当。シンセポップを基調にした、ポップで洗練された空間美を構築することに徹した。作画に寄り添った結果、それまでCM音楽で求められてきた実写が多い世界よりも仮想的で、かつ色彩も豊かな音楽に仕上がったと思う。


そして『ユーレイデコ』の後にオファーいただき、
子ども向けも意識したこんな仕事も担当した。

ビューティーに特化しがちだった僕からしたら、この世界観はとてもポップで老若男女的だと思う。でも、僕は自然とこの仕事の中にも自分を見出せていた。より正確に言えば「僕を求めてくれた部分が明確だったから、僕自身が僕を出すべきところが明確で、迷わなかった」ということだ。

シックな世界、ポップな世界。どちらが自分か?という自己論争は、少なくともことインスト音楽の作曲やプロデュースにおいては、僕はもう無駄な議論だなと思えている。

どこまで行っても、
クライアントワークとは他人に自分が寄り添うことであり、
相手が変われば出てくる自分も変わるからだ。
「僕はこれしかやりません」は、leiftでやればいい。
その方が、仕事的にも精神的にも、はるかに心地いい。


受注制作面でも、過去最高のコンディション

そう思えた自分は今、クライアントワークに向き合う意味でも、過去最強だと思う。何せ、技術的な点では僕の作曲技法の修練度は過去最高だから。

インストだけでなく、ソングライティングにも自信を持った自分。歌を前提にしたトラックを作ったことで得た、最小音数で最大効果を得る編曲・ミキシング能力。海外のスタジオと常時連携する制作ネットワーク。どこを切り取っても、僕は今が一番、音楽制作能力が高い。

それだけ、僕が「苦悩」と呼んで過ごした2022年に得た視座とテクニックは、強く大きかったと胸を張って断言できる。


時代に適応したコスト感覚と、仕事の選び方

業界の方々がご覧になる可能性も踏まえ、
あえて僕はここにも踏み込んで明言したいと思う。

作曲家・音楽プロデューサーとして自分のブランドイメージを築き上げて行っていた頃。僕は「一案件(基本、1曲あたり)〇〇〜○〇〇万円」みたいな仕事しか、クライアントワークはほぼ引き受けてこなかった。アーティスト活動に集中したかったのと、自分の作家性を尖らせたかったからだ。

けど結果的に、僕は市場の変化についていけなくなりそうになった。勿論今も、そんな値幅の仕事もさせてもらっているけれど、値幅で担当する音楽の仕事を選んでいると、この先とっても危ういなと思えてきた。

白状すると、実際に危うかった。
こう、noteを通じて公言できる状況になったことが、
今はただただ嬉しい。

僕はそもそもクライアントが僕の音楽で喜んでくれること自体が好きだし、自分の活動を安定して継続させていくためにも、クライアントワークは今後も続けたいと思っている。でも、時代の流れと僕が打ち立ててきたコスト感覚は、ちょっと流石にズレているという認識も、この1年でよくわかった。だから、少なくとも「予算で仕事を断るのは、やめよう」と決めた。

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かと言って、勿論何でもかんでも仕事を引き受けるわけではない。
僕が映像やアーティストの方々と共に
「その仕事を世に出したい」と思える相手であることの方が、
むしろ予算より大事なことだ。

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クライアント仕事をしていて、過去に僕が憤慨する出来事が起きたのはむしろ、予算が低いことより「低予算なりの仕事をされた時」だ。そう思うと、予算の有無はあまり仕事を受ける理由にはならない。

もし、僕に仕事を依頼したいけど、条件面で「めんどくさそう」「高そう」と思ってくれている方がこのnote読者の方にいたら、よければまずは相談してもらえたら嬉しい。僕は予算では仕事は断りません。ただ1つ、その仕事がどんな仕事で、何を目指しているか、どうしたいのかを明確にしてもらえたら、僕は課題を一緒に考えます。

初めて僕に連絡する方も、是非ご気軽にご連絡ください。
制作実績を載せておきますね。


2023年

色んなプロジェクトを動かしているからか、去年の出来事を振り返るだけで9000字を超えた僕の新年note。基本的に2022年は、

仕込み・計画立案・助走

の1年だった。だから今年はそれらを具体的に形にしながら前に進んでいく。簡潔に、それぞれのトピックで書いていこうと思う。

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①leift

クライアントワークもオンラインサロンも、結局のところアーティストとしての躍進なくして価値を実証することは不可能だと感じた1年。ありのままの自分が定義できることが、必ず社会の中で僕が生きる新たな道を指し示してくれると信じる今、leiftこそが僕の1番の希望であることは明快だ。

だから、僕はあえて書くけど、leiftをフルスロットルで動かす。

β期の完成 - アルバムリリースと、ワンマンライブ -

リリースは、基本的に毎月続いていく。
新年最初のリリースは1月11日(水)。
β期における、自分を掘り下げた1曲『pop』だ。

アートワーク by 伊藤裕平

この楽曲のことは追々noteに書くつもり。この曲を皮切りに、アルバムまで毎月楽曲を引き続きリリースする。

2月、3月と引き続きシングルをリリースし、3月29日(水)に1st.アルバム『Beige』をリリースする。まだまだ制作真っ只中だけど、きちんとスケジュールを事前に策定して、必ず締切内にベストを超える作品にする。ギリギリのギリギリまで、一切の妥協を許さない作品にするから、楽しみに待っていてもらえたら嬉しい。

このアルバムには、スピンオフの企画も計画している。leiftのオリジナルトラックとは別に、leiftらしさを深く知ってもらうための別バージョンも4月〜6月にリリースする。

そして、切っても切り離せないのが、leiftとしてステージに立つライブだ。

次回のライブ:2023年2月12日(日)お昼
@代官山 晴れたら空に豆まいて

まだ詳細が決まっていないけれど、この日を空けておいてほしい。通称「晴れ豆」の店長さんと、今計画を練り上げているところだ。

リリースするアルバム同様に、歌のパフォーマンスに関しても、6月に計画しているワンマンライブまでに定義づけたい。僕にとって、アルバム〜ワンマンライブという流れが上半期の最重要課題であり、β期を通じて

leiftとはどんなアーティストなのか
leiftは、誰に何を届けるのか

を、楽曲とショーを通じて定義づけていく。


■ライブハウスご担当者・イベンターご担当者各位
leiftとしてライブに出演できる機会を探しています。
楽曲を聴いて、興味を持ってくださる方は是非、
ご気軽にSNS通じてご連絡ください。

β期から、Γ(ガンマ)期へ。

詳細はまだ言えないけど、2023年の後半はleiftにとって更に先の未来を映し出していく。個としてleiftがどんな人物なのかを定義づけられた先に、僕が何を打ち出そうとしているのか、予想しながら待っててほしい。


②作曲家・音楽プロデューサーKOTARO SAITO

僕はシンガーleiftであると同時に、leiftをプロデュースするKOTARO SAITOでもある。主観と客観を同時視点変更して、メッセージを固め、整然と表現を作っていくスキルは間違いなくこの1年で自分史上最高レベルに達した。

だからこそ、クライアントワークで関わるフィールドも広げたい。視座を広げてきた僕だからこそ出来る、ありとあらゆるレイヤーに挑戦してみたい。

クライアントワークに関しては依頼いただく相手の課題ありきなので、僕自身は目標を明言しないでおこうと思う。唯一願望を言うならば、自分史上最も攻めたクライアントワークの表現を、更新したい。

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そして、leiftの表現に全集中してきたプロデューサーKOTARO SAITOも、今年は何か来年に向かう上で、トラックメイカーとしての作品の新潮流を作りたい。インストや他のシンガーの方に参加してもらう作品でも、僕は僕の新たな魅力を切り拓きたい。

トラックは僕の宝の大きなひとつ。leiftだけが育ってしまってはダメだ。
クライアントワークに自己成長を任せず、自分主導の作品で、
サウンド面でも大きな成長を狙いたい。


③オンラインサロン「artists」

上記①と②が育つことで、必然的に僕のノウハウがブラッシュアップされる。だからこそ、その経験談をサロンでの講義に落とし込む。

僕はこの1年、自分で考え、決断している人の尊さを知る機会が
本当に多く、そんな人たちの悩みや苦しみに寄り添いたいと思えた。
leiftも、そういう人たちに聴いてもらいたい音楽だったりする。

音楽という側面で、自分の課題解決を試みる全ての方に、受けてもらえる講義内容を目指したい。そして1期、2期のメンバーの皆と共に、これから入ってくるメンバーの道標になれたら嬉しい。

メンバーの皆、引き続きよろしくお願いします。


④海外展開

これは僕のパートナーである坪井安奈ちゃんとの共同プロジェクトだけど、僕ら夫婦は今年、海外に業務拠点を持つことを目標としています。多拠点での生活や仕事が当たり前になりつつある今、僕らは日本以外にも活動拠点を持つことが、もはや必然的になりつつあるから。

だからleiftにとってもKOTARO SAITOにとっても、日本に活動を止める理由はないし、僕の音楽はそもそも(たとえ日本語詞でも)日本向けに作っていない前提。楽曲をより本質的に深く届けていくためにも、僕は海外にも出ます。重要なのは、「も」という助詞。日本もそれ以外の国も、境目なく。


⑤強い「共鳴」コミュニティ

①〜④全体に言えることだけど、今年は外側にも内側にも、緻密に築き上げてきた「解像度」のまま自分達の思想を拡げていく1年だと思ってる。だからこそ、外以上に内側を地固めしていきたい。

ライブをするにも、集まって楽しむにも、人あって。

アーティスト活動をしていると、つい「アーティストとファン」「表舞台と、裏方」みたいな区分けを無意識にしてしまう。それは双方の関係性で、そうなりがちだと僕は思う。

僕は全ての立場を経験してみて、そんな区分け、ダルいなって今は思う。それぞれの立場は違えど、少なくとも「どちらかが上になる関係性は、フェアじゃない」ってすごくすごく思ってる。

だから、自分が一番居心地がいい場所を、自分で作ることにします。僕が輪の中心になって、僕が思う「居てほしい人」に来てもらい、自然とそんな人たちが僕に遠慮することもなく「自然体同士」でいられる場所を。

実は既に、その芽は出ているのだけど、もう少し僕自身がその「芽」をどう扱うか、明確になってから話そうなかな。


終わりに

失敗とか、挫折とか、僕にとっての2022年はつい「弱さ」という言葉がついて回る1年ではあったけども。振り返ってみれば、別に弱くもなかったし、むしろ2022年を通じて「新たな強さ」しか手に入れなかった。

僕にとって、「個人と他人」「自分と社会」は永遠のテーマであって、2022年は「社会の影響を受けない、新たな自分らしさ」を探して形にした1年。アルバムリリースは今年に溢れたけど、それが完成することで僕の掲げる「新しい自分」は一度、完成する。

長く書いてきたけど、切っても切れない縁の社会や他人との関わりを、新たな自分が「居心地良く」生きて、自分の自由さを再定義できることが今年の目標かな。とにかく、自分が自分であることが結局一番大事。柔軟であることに、一切の妥協をせず生きていきます。


どうぞよろしく。


2023年1月2日
leift / KOTARO SAITO / 齊藤 耕太郎



よろしければサポートをお願いいたします。サポートいただけましたら機材投資、音源制作に回させていただき、更に良い音楽を届けられるよう遣わせていただきます。