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ホームシックからスタートした、私の社会人1年目の記憶。

たくさんの方が新たな環境でスタートを切る4月。
我が家の娘2人も進級とクラス替えがあります。
春は、何となくみんながソワソワする季節ですよね。

私にとって、1番大きな変化があった春は、やっぱり就職した年。
大きなスーツケースを2つ引きずり、横浜港から世界一周クルーズに出港する船に乗り込んだ日が、私の社会人デビューでした。

私が新卒で入社したのは、クルーズ船の運行会社。面接時から希望していた船上勤務が叶い、晴れて新米乗組員としての日々が始まりました。

初乗船の日は、緊張はしていたものの、働くというよりは、海外旅行に出発するかのようなノリだったことを記憶しています(ひどいですね…)。
「面白そうなことは何でもやってみたい!」という若さならではの勢いもあり、やる気に満ちていました。

ところが、乗船してすぐにそんなテンションは一変。

もう良い大人のはずなのに、ひどいホームシックになりました。親に仕事の愚痴を聞いてほしい。乗組員用の食堂じゃなくて、母が作ったご飯を家で食べたい。「お帰り」が聞けない暮らしが寂しい…等々。

船での勤務は、一度乗船すると3〜4ヶ月間乗りっぱなしです。その間休日はなく(代わりに下船後、1〜2ヶ月の陸上休暇をもらえます)、家に帰ることはできません。個別の狭小部屋があり、食事は専用の食堂でとるスタイル。フィリピンやヨーロッパ各国出身の乗組員が多数を占める環境なので、業務中はもちろん、プライベートでも英語のやりとりが多々。

私は就職するまで、親元を離れて暮らしたことがありませんでした。海外経験も、高校時代に3週間カナダでホームステイをしたのみ。大学は英文学専攻だったので、英語が全くできないわけではありませんでしたが、学内限定で使うのと、四六時中触れざるを得ないのとでは、やっぱり訳が違います。

諸々の寂しさを埋めるため、港に着くたびに、何よりも先に実家に電話をするのが習慣になりました。初乗船が海外クルーズだったので、通話料が驚くべき金額に…。でも、その時の私にとっては、海外での食事や買い物、観光なんかより、家に電話ができる!というのが、休憩時間の1番の楽しみだったのです。
(港にいる間か、陸地が見える距離での洋上でないと、携帯の電波が届かなかったので…)
中途半端な日本時間に突然かけても、いつも話を聞いてくれた母には、本当に感謝しています。

この時の大まかな航路は、シンガポール→モルディブ→エジプト→トルコ→ヨーロッパ各国→アメリカ→メキシコ→カナダを約3ヶ月間かけて巡るルート。乗組員のスケジュール調整の都合上、私は途中のアメリカの港で下船することになりました。

世界の国々をこの目で見た感動よりも、覚えていることと言えば、どこの港が電波が入りやすかったか、とか、大西洋の1週間の航海中は電話ができなくてキツかった、とか、そんなことばかり(笑)。

勢いづいていた出発前の自分が見たら落胆してしまいそうですが、社会人デビューに伴う大きな環境の変化は、想像以上のインパクトがあったようです。

どうしようもないホームシック乗船からのスタートでしたが、時間と共に適応できていくものですね。以前は考えもしなかった、ちょっと特殊な暮らしが、徐々に当たり前のものになり、楽しみを見つけられるようにさえなっていきました。

毎年この時期、入社式のニュースを目にすると、当時の記憶が蘇ります。同時に、あの頃のような、全てがガラッと変わる体験を、もう一度してみたいとも思ったり。

ひとまず今は、クラス替えで担任の先生やクラスメイトがガラッと変わり、少し不安定になりそうな娘たちのサポートに徹する予定です。

★見出し画像は、宇ヨンさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。



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