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「うまい」より「すき」と言われるほうがうれしい

「上手い」は代替がきく 「好き」は代わりがない。


 先日、久しぶりに大学の先輩と会う機会があった。大学時代はサークルも同じだったこともあり、学校でよく会っていたけどプライベートで会うことはほとんどなく、卒業後の本当に久しぶりの再会。

 その先輩はとにかく魅力のある絵を描く人だった。

 本人は「お金をもらうレベルのものじゃない」と言っていたけど、自分はあのポストカードにお金を払いたいレベルだった。まちがいなくその価値があった。その人からの絵付きの年賀状がほしかったので思わず、住所をおもむろに教えることにした。

 僕はその人の絵がとても好きだったのだけど、学生時代にはなかなか本人にその旨を伝えるタイミングがなかった。

 SNSでたまに上がる絵や、サークルのフライヤーをみて、「いい絵だな、好きだなこの絵」とずっと思っていたのに、学生時代はどうも尖っていたからか、中々本人に言えなかった。

 数年越しの再会で、「あ、ここだ」と思えるタイミングがあり、ようやくその旨を本人に伝えることができた。

「先輩の絵、めちゃくちゃ好きです」と。

 そうすると、とても嬉しいそうな顔で「ほんとに?」と投げかけてくれた。懐疑心と愉快な心が混在してる顔だった。本当に好きだったので、持ちうる語彙を精一杯使って、どこが好きか、どれが好きかを言うことに。

 どうやら段々疑惑がなくなったようで、淀みが消えた顔で「めちゃくちゃ嬉しい」と言ってくれた。こちらこそ嬉しい(?)

「上手いとか、いい絵とか、キレイな絵とか言われるより、好きって言われるのが一番うれしい」そう言って、これまでの絵のことを話してくれた。

 お金をもらうレベルじゃないとその人は言うのだけど、それは「自信がないから」とのこと。「何か賞をもらったこともないし、絶賛されたこともない」と話してた。けど、ほとんどの人は「上手い」と感じる画力をその人は持ってる。そして一定数が必ず「好き」と言う。周りに何人もいたから間違いない。

談話を挟んで

 そこから好きなゲームの好きなシーンを、会話と到底呼べないレベルでしゃべったり、好きなマンガのキャラについてお互い話した。人が好きなものを語ってる姿は、いつみても楽しく飽きない。ずっと聞いてるとたまに疲れるけど、そのときは疲れたって言うので休憩をもらってた。

 僕自身もなにかを作ったり、文章を書いたり、歌を歌う上で、「うまい」と言われるより「すき」と言われるほうが、その何倍も嬉しい。

 もちろん上手いと言われることも嬉しい。めんどくさいかもしれないけど、どうしようもない感覚。褒められると不安になることも多いけど、褒められるのはやっぱり嬉しい。

 なにか作品を作る上で、上手いに越したことはない。けど、そこに個性がないならそれはただの代替のきくものでしかない。

 もちろん一般的に求められてるのは画力×個性だと思う。

 たとえば「アイシールド21」の村田雄介は、わざとパースを崩したりする上で、絵がとにかく上手い。画力と個性がどちらもある。「魔人探偵脳噛ネウロ」の松井優征は絵が上手いとは言い難かったが、彼にしか書けない絵の魅力があった。(松井優征にはさらに「話作りの上手さ」があった)

 個性と上手さのどちらの優先度が高いか、はっきり言えない。良い作品はそのバランスでなりたってる。どれかが欠けたり変わると、同じ作品でも違うものになる。ライブが毎回違うのは同じ曲でも違う曲だと体が判別してるからだ。

 先の先輩の絵は画力もあって、魅力もある。そのうち個展でも開いてくれないかなぁと思う。画像は本人の希望がないと見せられないのがもどかしい。また聞いてみよう。



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(ライター・文筆)言葉とカルチャー好き。仕事・趣味で文章を書いてます。専攻は翻訳(英)でした。興味があったのは社会言語学と哲学。留学先はアメリカ。基本的にふざけてるのでお気軽にどうぞ。

読んでくれてありがとうございます。
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戸鳴ひとと/トナリヒトト <住所不定、有職と無職>

無職と有職の狭間にいます。仕事がまばらです。専攻は翻訳(日英)でした。ウェブサイトを作ったり、記事を書いたりしています。音楽とマンガと抹茶が好き。興味を持つ学問は社会言語学 ・社会心理学・哲学です。 よくこちらで記事書いてます。(https://cotohato.com)
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