悟りを開いたかも。いやいや、せいぜい孫悟空
世界は完璧だ。人は完璧な世界の内に生きている。?^どうして気づかなかったんだろう。
この世に矛盾する現象なんて何一つ無いはずだ。生命は矛盾することなく循環していく。法則が働き、法則の内に運動をやめる。
誰が考えずとも、完璧な世界がここに構築されている。ゲームの話ではなく地球の話。星のではなく銀河の話。銀河ではなく宇宙の話。全体の話。
この世界が完璧ではない、未だ不完全な世界だと呼ぶものなどいるだろうか。?^全容が見えないので普通にいそう。
生命はここに収まっている。
なのにもかかわらず、ただ、人の世界だけが完璧さを感じさせない。生きるということが単なる隷属であるかのように思わせる。
悲しみや苦しさが続く限り、人の言う完璧や完全は訪れないだろう。
人というのはかなり不思議な生き物だ。
従うべきはずの摂理が人にとっての完全さや完璧さの障害となっている。なぜ反抗するのか。
人類から悲哀や苦痛を取り除きたい。そう願えば願うほど、摂理に反していくことになる。そもそも願うこと自体が摂理に反している。?^これはかなり不思議な現象だ。心的現象というものを認めなければならないかもしれない。
人が完全や完璧を見いだせないのは、摂理があるからだ。
人としての完璧さを求めるのなら、元より普遍を壊す以外に道はないというわけだ。なんたる道理だろうか。
しかし、人類にとっての不幸を取り除いたところで、内からでることはかなわない気がする。というより、適わないな。この言い方だと。人類にとっての不幸を取り除いただけだから。う~ん。むしろ、悲しさ・苦しさなんて初めから感じていない、錯覚なのだろうか。これは恐ろしい考え方だな。