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朝散歩

閉じた瞼は何度も開かれて、朝4時を迎えてしまった。翌日(当日)は休みだからいいものの、久々に眠りにつけなかった。理由は割愛。苛立ち、とだけ言っておこう。
窓からは明るみが入り込んできている。そうだ、散歩に出ようか。

半袖で一度はおもてに出るものの、さすがに肌寒くてカーディガンを取りに戻って、再出発。

ここは那須塩原。自然の世界。
鳥に、蝉にと、鳴いている。蝉の種類は何だろうか時になるも、調べるのも趣がないので、耳だけで楽しむ。
歩いてはすぐに、樹々の、緑が香り立つ。なぜだろう、昼間に歩いてもこうは匂わないのに。

歩いて10分もすれば、明るみを帯びた夜空は、立派な明け方に変わっていた。いつのまに。もう少し孤独な夜に浸らせてくれても良かったじゃないか。

ああ、ああ。思い出した。忘れていたわけではないけれど、随分記憶の片隅に放置していた。ボーイスカウトに所属していたわたし、キャンプで何度も嗅い匂いだ。または、子どもの頃に家族と叔父とカブトムシを取りに行った時も、この匂いだったと思う。少し湿っけもある。そりゃ川の町だもの。スズメとウグイスが鳴き散らす。

よくよく見れば、そびえ立つ山には雲がかかっている。へぇ、届きそうだと見上げつつ、今更ながらに塩原が深い山中だと思い至る。今、今朝一台目の車とすれ違った。4時23分。

最寄りのバス停である七ツ岩吊橋にやってきた。
何度渡ろうとも、わたしはこのアミアミで怖くなってしまう。写真を撮ろうもんなら、スマホを宝物のように握り持つ。高所恐怖症のわたしに、吊橋のまち塩原は相性が悪い。

見渡せば見渡すほど、樹々に、つまりは山に見下ろされている。そして雲は、はっきりと濃くなっている。

ああ、出てきて良かった。歩いたこと、気づいたこと云々、それよりは、嗅いだものが良かったのだと思う。お。二台目の車だ。帰路につこう。

スズメでもウグイスでもない、わたしが知らない種類の鳥が鳴いている。チーとピーの間のような声で、チーチーチー。強く噴きすぎで掠れそうなリコーダーの音みたいに。キーキーキーかもしれない。

当然ながら、行きと帰りでは景色が変わる。そんなことにすら、普段は気付けないらしい。何度も通るこの道で、初めて見る物、初めて見る景色がある。朝5時は尚のこと。と、思ったけれど、行きにだってまだまだ見えていないものがあるだろう。

雨上がりは土が匂い立って、散歩するには大変好ましい。ところで、新緑潤う5月と、日差し煌めく7月とでは、どちらの方が香るのだろう。
涼しげさな初夏の塩原は、もうしばらく紫陽花が咲いていてくれそうだ。

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