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冬乃くじさん『サトゥルヌスの子ら』感想

今年も泣きましたよ。
1・2で泣いたんだから、お外で感想書いちゃいけないってわかっていたはずなのに、うっかり・・・

まずはこちらはお読みください。
冬乃くじ 「サトゥルヌスの子ら」 https://note.com/p_and_w_books/n/nab8f58f37dd3

冬乃さんの作品でBFCにひきずりこまれた読者として
BFCは、冬乃くじさんっていう宝石を研磨していく最高の場だなって
思います。

くじさんの作品は
主人公たちの苦しみも
きっといままでの のたうちまわったかもしれない
不格好かもしれない人生の何もかもが無駄じゃなかった
たとえ いままでの苦しみが消えないにしても
いまこの瞬間 何かが救われたって
読者に思わせる力があります。

たぶん お話が書かれること
お話を読むことでうまれる
一番幸せな瞬間って
こういう気持ちになることだと思うのです。
ことばには、世界を変えるちからがある。
くじさんのお話を読むと、そう思えます。

以下、私は、こんなふうに『サトゥルヌスの子ら』を読みました。

主人公の父は
姉の生み出した音楽を
ことばをもたない(それは年齢でもあり、親子という不均衡なパワーバランスからでもあり、すでに死去していた(かもしれない)からでもあり、事故でことばを失っていたからでもあり得ると思います)のをいいことに
一番大切なフレーズを自分の曲の一部として発表し、名声を得ています。
 ↑ クライマックスで、曲に妹があらわれたことに主人公が驚愕していたことから、父はこの曲の白眉が妹のものであることを、公表はしていないだろうと読みました。

しかし、父は、この姉のつくりだしたフレーズをついに超えられなかった。
 ↑ もっとも著名な曲が上記のものだったことから、そう読みました。
焦りがあったと思います。
母/配偶者の音楽を切り刻んで混ぜ込んでもだめだった、
もうひとりの娘には、彼が求めた形での作曲家としての才能がなかった。
想像なのですが
娘の作品を自らのものだと偽って発表したことで
二度とは出会えない不世出の才能によってつくられたフレーズに匹敵するなにかを生み出すことを期待され
それが決して敵わないことを知りながら作曲を続ける人生は
自業自得ではあるのですが、とても辛かったと思います。

そのつらさは、おそらく家の中、妻やもうひとりの娘に向かったのだと思いました。
 ↑ 主人公がおびえる父の手や、母の才能がばらばらにされて曲内にのみこまれていることを主人公が納得していることから、そう想像しました。

父からの抑圧(精神的に、そしてもしかして肉体的にも)に
さらされた主人公にとって
姉は、父親が自分を殴る理由であり、
同じ音楽というフィールドで戦うにあたって
お前に姉のような才能があれば=お前には才能がない、と言い続けられたのであれば、どうしても姉も姉の才能も疎ましくなるでしょうし
もういないからこそ気持ちのぶつけ先もないですから
鬱屈を晴らすことはできなかったと思います。

おそらく
主人公にとって、父の一部でしかなかった姉と
父親には否定されてきた才能、
長く続けてきたピアノで
老いてから邂逅する、

父の道具としてではなく
自分とはまた違ったかたちで 父親に飲み込まれていた姉と
父を介さない わたしとあなたとして
きっとこの瞬間にはじめて 出会ったんだ
本当はあたりまえに与えられていたはずの わたしとあなたとして
この姉妹は いま生まれなおしたんだな、と感じました。
 ↑ だからこそ最後の1文に血とにおいが言及されたのだと思っています。

父の曲に主人公が全くいないということは
父が彼女の才能を取り込み飲み込むに値しないと判断したことに
残酷なくらい示されていますが
父が全く価値を置かなかったちから、彼女が重ねたであろう練習、過ごした人生こそが
父から姉を切り離す強さになったことに
もうこう、衝撃をうけて、わんわん泣きました。

あと、私はそこらへんのオカンなのですけれども
この母親は
娘にこんな思いさせて
才能はパートナーに使い潰されて
あああもう考えるの辛い、と最初は思ったのですけれども
でも、バラバラにされて消費された才能のかけらが
最後の最後で妹を姉のところに導いたんです。
もし、母のかけらが父の曲から見いだされなかったら、主人公は父の最高傑作、姉のねむる曲を弾かなかったかもしれないもの。
そう考えると、もう母には知りえないことではありますが
彼岸でどれだけ救われただろう、と思いました。
(そしてまた泣きました)

さらに
おそらく最後まで盗作したことで苦しみ続けた父も
それが露になったことで
彼岸でそれはもう恥ずかしかったかもしれませんが
やっぱり救われたと思うのです
嘘はつき続けるのが一番苦しい。

そう考えると
主人公は意識しないところでーーー物語の外側で
こちらの話は、ありとあらゆる登場人物を救ったのじゃないかな、と思っています。