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できること、やりたいこと、生きること。

相も変わらず揺らいでいる。

6月後半から、派遣でのお仕事をしながら、インテリアのメディアでライターのお仕事をする生活が始まったのだけど、まだまだチューニングが十分ではない感じ。腰の据えどころを探っているというか。

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派遣先は大手の設備メーカーで、派遣で事務職だからしばらくはのんびり働けるだろうと思っていたのだけど、ちょっと想像と違って。。正社員と並んで数十社の担当をもたされ、商品の問い合わせ対応やら取引先への見積作成やら、結構責任重大な仕事を任されてしまった。

私が間違った品番を案内してしまえば、間違った注文が入り、間違った商品が現場に届いてしまう。自ずと、電話をひとつ取る度に身体にきゅっと緊張が走る。たくさんの電話や注文処理、見積作成を、それぞれ決められた時間までに捌いていくという、マルチタスクと瞬発力を要する仕事。

「あぁ、これはちょっと自分に合っていないかも」と思っているのだけど、持ち前の責任感や、これまで対人の仕事で培われてきた電話応対のスキルが評価され、たちまち「期待の新人」ポジションに持ち上げられてしまった。「ゆくゆくは契約社員、正社員へ」という見えないレールに乗せられようとしているのを感じる。

きっと、客観的にみたら喜ばしい状況なのだろう。自分の仕事が評価され、期待を掛けられているなんて。けれど、当のわたしはちっとも嬉しく思えないのです。期待を感じ取れば取るほどに、「うぅ・・・」と心が重くなってしまう。

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傍から見れば「出来る人」なのだから、実際に自分が思っている以上に仕事も出来ているのだろう。その期待に応えてゆけば、晴れて大企業の社員の仲間入りで、今より安定した収入が得られるようになるのだろう。

けれど、どうしようもなく、それを拒んでいる自分がいる。

建築・インテリアの世界に対する未練が、ものすごくある。想いを汲み取り、自分なりに咀嚼し、それを形にしてゆくプロセス。きっと、私がやりたいことって、そういうことなのだと思う。

「できること」と「やりたいこと」って、違う。いくら事実として出来ていても、やりたくないことを頑張るのはしんどい。というより、もはや頑張れない。それが「生きるため」だとしても、「だったら生きていたくない」とか駄々をこねてしまうくらいに、頑張れないのだから困る。

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そこを救ってくれたのが、メディアのお仕事の存在だった。派遣の仕事に比べれば収入なんて微々たるものだけれど、そこには熱の巡る感覚がある。

 ・インテリアという自分の好きなテーマを扱えること
 ・構成に沿って伝えたいことを、ことばに翻訳していくこと
 ・その過程で、さまざまな物事の本質に思いを巡らせること

そういった体験が、心を満たしてくれているなぁと思う。

昨日、編集さんから「ぜひ構成もやってみませんか?」とオファーを頂いたのだけれど、そのときの感じ方が、派遣先で「期待してるよ」と言われたときのそれと余りに違うことに気づいて驚いた。素直に、「嬉しい」と感じていたから。

それでようやく、「派遣のお仕事は生きていくための手段」と割り切ることが、少しだけ出来るようになったように思う。(きっと、周りの期待とどう向き合うかでまた悩むのだろうけど・・・)

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生きるためには、自分が「できること」(で、収入につながること)をやっていくしかないのだろうけど、それだけだと人生ってしんどい。そこに、どんなに小さくても「やりたいこと」が加わるだけで、頑張ろうって思えるから人って不思議だなぁ。

「できること」と「やりたいこと」のバランスを上手くとってゆく。それが「生きること」なのかな、って思った最近の出来事でした。


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