雑文「逃避王」(1999年)

逃避王(1)

 天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
 「私の百年貯蓄の力を破らぬ限りユーに勝利はありまセーン、モラトリアムボーイ!」
 「オレはどんな状況におかれようと逃げぬいてみせるぜ、ペニス(敵の大ボスの名前)! …とはいえあの傲然とそびえる現世の金を前にバイト程度の社会に還元されない自己中心的な労働で手に入れた小金をしか持たないオレにいったい勝ち目はあるのか…」
 「フフフ…どうしました、モラトリアムボーイ。早くその手札にある『就職活動中の戦士』を場に置いたらどうデスカ?」
 「クッ! そこまで読まれているのか! 『就職活動中の戦士 パワー100/タフネス20』を攻撃表示で場に出すぜ!」
 「(白々しく拍手して)お見事デス。就職活動は一に攻撃、二に攻撃……」
 「さらに魔法カード『ポジティブシンキング』を戦士にエンチャントするぜ…これでもまだ戦士のパワーは500、ペニスの場にある『重役面接』を倒すには及ばない。だが、オレには切り札がある(自分の場に伏せて置かれたカードをちらりとみやる)…攻撃だ、ペニス!」
 「Oh! 気がふれたとしか思えませんネー、モラトリアムボーイ。その戦士は重役連の餌食デース。早く楽になりたい気持ちはわかりマスガ、それは無謀すぎデス(おどけて肩をすくめてみせる)」
 「(腕組みして自信ありげに睨んで)そいつはどうかな。『重役面接』が『就職活動中の戦士』をブロックするのに応じて罠カード発動だ!(テーブルのカードに手をかけてめくろうとする)」
 「フ……ユーの切り札はずばり、『大学院進学』! ミーはさらにそれに応じて魔法カード『四年間の放蕩』を唱えマス!」
 「な、なに!(四年間確たる目標も無しに遊びほうけた学生が就職活動にも大学院進学にも失敗し奈落の底へと転落していく光景が場に写し出される) クソッ、魔法カード『不況の波』だ!(重役連が場から一層される)」
 「フフ、苦しまぎれデスネ。ユーの次のドローは『就職浪人中の戦士』デス!」
 「…その通りだぜ、ペニス。『就職浪人中の戦士 パワー20/タフネス100』を守備表示だ」
 「それではミーは『エリートサラリーマン パワー1000/タフネス2000』を攻撃表示デス。力の差は歴然としていマス。この攻撃でユーの二十数年の人生は粉々に砕け散るでショウ。降伏しなさい、モラトリムボーイ!」
 「オレは最後まであきらめはしない! さらに『親戚縁者という重圧 パワー0/タフネス200』を守備表示するぜ。来い、ペニス!」
 「愚かな、そんなクズモンスターをいくら積み重ねたところでまっとうに日本国の王道を歩む企業戦士の持つ社会的正当性をうち崩しはできません! 『エリートサラリーマン』攻撃デス!!」
 「待っていたぜ、この瞬間を! 魔法カード『語学留学という言い訳』を親戚縁者にエンチャント! 親戚縁者への負い目というくびきから解き放たれた『就職浪人中の戦士』は、『洋行帰りの性病持ち』へと化身する!」
 「しまった…! モラトリアムボーイはこのコンボを狙って『親戚縁者という重圧』を場に出したのか…!」
 「覚悟はいいな…ペニス…『洋行帰りの性病持ち パワー2800/タフネス1500』の攻撃! 滅びの呪文――淋・梅・ヘルペス!(両手に顔をうずめるもの、天を仰いで嘆くもの、病院のベッドで痩せこけて横たわるものの三つの映像が空中で交錯する)」
 「(直下からの爆風と光にあおられて)UWOOOOOO~~~!!」
 「(険のとれた顔で)ペニス、ボク達の勝ちだ」
 「(くぐもった声で)フフフ…それはどうでショウ」
 「何ッ!」
 「(積み上げた万札の壁の後ろから姿を現して)どんな哲学もどんな人生経験も積み上げた万札の前には説得力を失いマス。サラリーマンとは日本に住む万人が回帰すべき真なる安住の地…サラリーマンへと進化することで人類は暗闇を恐れなくなったのデス。(指をつきつけて)ユーの二十数年程度の人生はこの歴史的必然に歯向かう何を持っているというのデスカ!!」
 「(がっくりと膝をついて)オレの負けだ、ペニス…明日からはしっかり就職活動するよ…そして一流とは言わないまでも、まァ二流の会社にかろうじて縁故で入社して不況時にはボーナスをカットされたりしながら娘息子に毛虫のように嫌われながら四十年間無難に勤めあげ定年後は夫婦の会話の無いことを苦に毎日を送りながらある日女房の側から一方的に離婚されたりして人類全体の運行には塵ほどもの影響を与えない意味性の極端に不自由した人生を堅実に消費していくことにするよ…」
 「(優しく微笑んで)そうデス、それが人として生まれた幸せというものデス、モラトリアムボーイ」

逃避王(2)

 天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
 「(寝不足なのか隈取りなのかわからない両目を見開きながら)セメタリーに埋葬された三体のモンスターの魂を生贄にささげ、オレは新たにこのモンスターを召喚するぜ、猶予!(逃避王の本名”膣口猶予”の下の方の名前)」
 「(どんな整髪料が固めたものか、重力という物理を全く無視した髪型で)な、なに! バギナ(対戦相手の名前。尻上がりのアクセントで)がオレの攻撃を受けるままにしていたのは、このコンボをねらってのことだったのか!」
 「ダーク・ペドフィリア召喚!(数年来太陽に当たっていない引きこもりの未来人としか形容できない人型のクリーチャーが場に出現する)」
 「クッ…だが、まだオレの社会性の方がずっと上…このまま押し切ってやるぜ! 現在場にいるモンスターを生贄に捧げ、”赤ランドセルの小学生”を召喚だ!」
 「ケッ、そんな足りない脳味噌と足りない乳だけが特徴のキャラデザじゃオレのペド趣味はゆるがねーよ」
 「それはどうかな。おまえが罠カードではないかと警戒していたこのリバース・カード……その正体は、魔法カード”良識的コメント”だ!」
 「なんだと!?」
 「世間の最大公約数的良識にさらされ、窮地へと追いつめられた”赤ランドセルの小学生”のキャラデザはますます先鋭化する…!!(場の赤ランドセル小学生の頭身が下がり、胸がより薄くなり、もはや髪の毛のある赤ん坊としかいいようのない生き物へと変化を遂げる)」
 「バカめ、それを予想しないオレだとでも思ったのか! ”赤ランドセルの小学生”のキャラデザ先鋭化に応じて、”成立する幼女趣味規制法案”をキャストだ! ”成立する幼女趣味規制法案”は場にいるすべての幼女キャラをこのターン以降無力化し、幼女キャラ以外の攻撃力を倍増させる…ククク、猶予、墓穴を掘ったな」
 「(不敵な笑みで)ミスをおかしたのはおまえの方だ、バギナ。”赤ランドセルの小学生”を召喚する前にオレが生贄に捧げたモンスターのことをおまえは忘れていた……”幼女趣味規制法案”が影響を及ぼすのは、『場に存在するすべての幼女キャラ』だったな」
 「ま、まさか!(あわてて猶予のセメタリーからカードを拾い上げる)」
 「そう、オレが生贄に捧げたのは”設定上の矛盾”。世間からのごうごうたる非難を設定上の矛盾によって回避した”赤ランドセルの小学生”は、”18歳の小学生”へと化身した! いまや幼女趣味規制法案をかいくぐりつつ、ペド趣味者にはまごうことなき幼女キャラとして認識される……攻撃だ、バギナ!」
 「うおお…!!(赤ランドセルの小学生に腰抱きに抱きつかれた無表情の未来人が、全身から白濁した液体をとめどなく噴出しながら無表情のまま消滅する)」
 「”18歳の小学生”、”ダーク・ペドフィリア”を埋葬!」
 「ククク…ミスをおかしたのはおまえの方だ、猶予! おまえこそ忘れていたな、ペド趣味者は例え世間から弾圧され、どれほど社会より消滅したかに見えても、彼らは地下に潜伏し、その欲情と過激さを増して蘇るということを!(場に残された白濁した液体から陽炎が立ちのぼり、”18歳の小学生”の周囲を取り囲む)」
 「しまった、これがバギナの真のねらいだったのか! だが、バギナの社会性も残りわずかだ。”18歳の小学生”でバギナの本体に直接攻撃をしかければそれで勝負は決まる……このまま反撃の機会を与えず、最も卑劣な性犯罪者としての引導を渡してやるぜ! ”18歳の小学生”、攻撃だ!」
 「その攻撃に応じて、”18歳の小学生”につきまとっていたダーク・ペドフィリアの魂が、おたく的趣味の範疇に止まらない真の犯罪性を発露する!(ランドセルの小学生の短すぎるスカートの内側からエノキタケ状のものが猶予の顔面に向けて突出する)」
 「(両手で顔をおおいながら)ぐわ…! く…”18歳の小学生”の膣内から何者かがオレに攻撃してきた!」
 「ククク、いま”18歳の小学生”の膣内にはダーク・ペドフィリアの魂が憑依しているのさ。行き過ぎた抑圧に居場所を失ったペド魂は、いまや幼女とみればところかまわずストーキングするぜ!」
 「内向的な最悪の部類のおたくの魂が、この世でもっとも弱い人類に対して初めての威力を発現しているというのか!」
 「さらに社会的に未だ発信を持たない幼女へする日々のちょっとしたイタズラは、他の側面におけるおたくの魂の社会性をむしろ増大させるのさ(小太りの青年がさわやかな笑顔で近所の主婦に挨拶をしながらゴミ置き場にゴミを捨てている光景が場に映し出される)!」
 「(驚愕の表情で)おたくが、社会性を増大だと…!? 犯罪に荷担することが、おたくの社会性を逆に増大させるというのか!」
 「その通りだ、猶予。社会の形を皮膚感覚で規定できないことがおたくの内向性の正体だ! 犯罪という反社会的行為は逆説的におたくに自分を取り巻く周囲の環境、すなわち社会を知覚させるのさ!」
 「バカな…!」
 「そして猶予、”18歳の小学生”が攻撃をしたとき、オレの場にある罠カードが発動したぜ! 罠・永続性嗜好、”パイ盤(パイパン)”!」
 「パイ盤…!?」
 「パイ盤とは、古来より幼女の無毛の土手を意味してきた……埋葬されたダーク・ペドフィリアの魂がおまえにメッセージを伝えたいとさ! (青白いおたくの指が、縦長の窪みを境に左右二つに分かれた肉の上を執拗に愛撫し、ついにはL字形のミミズ腫れを生じさせる)」
 「割れ目にLの文字が浮かび上がった!?」
 「そう、これはL・O・L・I・T・AのLの文字……この6文字が場にそろったとき、貴様のペニスははちきれんばかりに膨張して、このパイ盤を無惨に貫く! そして貴様は完全に抹殺される……社会的にな!」
 「なんだって!? オレは、その気は無いとは図々しい言いぐさながらも、このままでは幼女暴行を6ターン後には法的に立証されてしまうということか! くそ、させるものか! 手札から”胸の薄い26歳OL(童顔と言われがち)”を召喚! ”18歳の小学生”とともに攻撃だ!」
 「おっと、幼女の膣は狭いぜ! パイ盤が場にある限り、一度に1体のモンスターしか攻撃に参加することはできない!」
 「なんだと、幼女の膣はそんなにも狭いのか…!?」
 「そして”18歳の小学生”に憑依したペド魂の反撃があることを忘れるなよ! 普段の人間関係が希薄なおたくは、一度少しでも親しくなったら、その執着はスッポン以上だぜ(電信柱の陰から集団登校途中のランドセル少女を執拗に眺めるスーツ姿の小太りおたくの映像が場に映し出される)! 猶予、ペド魂の反撃によりおまえのペニスはまた膨張する!」
 「(膨らんだペニスに前屈みの姿勢をとりながら)ま、まさか…!! お、オレはペド趣味者だというのか!」
 「認めてしまえ、猶予! どれほどあがこうとも自分が現代的ガラス細工の自我の持ち主、おたくに過ぎないことを! 社会集団より断絶された個という寂しさを、幼女の柔肉から、そして続く法の裁きから癒し、この世界のどこにも存在していなかった亡霊としての自己を、1個の社会生物として新たに再生させるんだ!」
 「(がっくりと膝をついて)わかったよ……とりあえず幼女の膣に文字通りチン入することで一時的な快楽と背徳に身をゆだねることにするよ。そうして、その後に訪れるだろう冷たい手錠と幼女の両親からの悪鬼を見る視線にさらされることで、どんなに引きこもりの孤立を気取ったところで自分はやっぱり現実の社会にしか存在していなかったことを痛感して、成人式の見かけ無頼な若者たちのように国家や法という厳格さを目の前に、それまで鼻高々に唱えていた革命論もどこへやら、たちまち縮みあがって飼い主からの不条理な暴力に脅えた子犬の如く尻尾を丸めて腹を見せ、おろおろ泣きながら赦しを哀願し、国家というシステムに一生涯隷属することを本当に心の底から誓うことにするよ…」
 「(優しいが、一抹の寂しさを含んだ微笑みで)連綿と続いてきた人の倫理の一形態が持つ不条理ではなくて、その妥当性をこそむしろ積極的に汲み取ることこそが、すべての国民にとっての幸せなのさ」

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