レイニー

雨がはじまるのを待ってた
洗濯物はとりこんである
迷い猫はひさしの下
廃墟に遊ぶ子らはとうに帰った
機影は低い雲の向こうで声をひそめ
立ち木が天へ葉をひろげ
そこへ蜘蛛が巣を編みあげ
駅舎の隅に忘れられた傘が
にわかに心躍らす
(とばりをくぐり響く枕木)
道はほどよく渇いていた

上空で冷やされた風が吹きおりるなら
ぬくもり液化する前に
ほうぼう巡って
焼きつき染みついたものものを
どうか届けて

すべての山脈の呼び名を教えて
それらを越えていった流浪の民が
頂で迎えた冷たい朝日を
かぞえて
山肌に身をひそめる雷鳥の
尾羽に織り込まれた時のうつろいに惑い
海を渡る蝶々の鱗粉に眩み
追っていったまま帰らなかったひとびとと
待ち続けたひとびと
叫ばれ呟かれ黙された
その名前をきかせて
たったいま絶滅した獣の
瞳がとらえた最後の景色
気づかれぬままひそと涸れた泉について
死にゆく言語で語って
分たれた国のむかしの歌
失われた夕餉の祈りを
奏でて
はじまりだけではないかずかずの朝
終わってゆくことの安堵
終わらない満ち引き
ずるいまま生き延びる賢さ
惜しみないあまりに愛は偏るということ
呼吸していることがどんなに不安か
育ってゆくことがいかに寂しいか
(そしてどんなに嬉しいか)
話して

そしたらそれらを
いまにも降り出しそうな気配を孕み
垂れこめた雲を見上げ
ひとりたたずむ
知らないあの子に
ぜんぶ伝えて
透明な幹のつるりと清新で
自由な若木になるところらしい
広げた両手の指先から
歌われるように葉が茂る
雨が上がる頃にはきっと
きれいさっぱり忘れてしまう——

もしも思い出したくなったら
何度も何度もやってきて
声をかぎりに叫んでみせる
乾ききっているようでも
葉脈にわずかに溜まったままの
まっさらな水面で弾むだろう

雨は晴れにくらべて
ずっと儚い
アスファルトを砕いた
都会の大樹に寄り添って

すこしだけ未来の話をしよう

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