第七話_えんむすびーちの鐘m

小説『すずシネマパラダイス』第七話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~六話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます!
連日「最新話まで一気読みした!」「映像化してほしい!」等のうれしい感想をいただいています。
こちらの投稿にも書きました通り、本作は映画化を目標に掲げた作品です。Twitter、Facebookでのシェアも大歓迎です!
よろしくお願い致します。

『すずパラ』は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただいており、本日は、第七話を投稿します。

☆第一話~六話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第六話までのあらすじ:

映画監督を目指して上京するも、挫折して故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄に、珠洲に暮らす老人・藪下栄一から「ご当地映画の監督を務めてくれ」と依頼が舞い込む。
一雄は栄一に、年齢差を超えた友情を感じ始めるが、その矢先、栄一が病気で余命いくばくもないらしいと知ってしまった。
ショックを受けながらも一雄は、かつて珠洲の映画館『モナミ館』で映写技師として働いていた栄一の青春時代をモデルに脚本を書く。
栄一は、その作品に映画界の大スター「吉原小織」に出演してもらいたいと言い、一雄は栄一の夢を叶えるべく映画の撮影準備に取り掛かるのだが、いざとなると、その責任の重さに苦しみ始める。

☆以下、第七話です。

【第七話】

 見付海岸から南下して、能登町の恋路海岸までの約3.5キロは「えんむすびーち」と呼ばれている。そこには縁結びの鐘があり、カップルが二人で鳴らすと恋が成就すると言われている。今日も、仲良さそうな男女が夕日を浴びながら鐘を鳴らしていた。

 一雄は近くのベンチに腰かけて、ぼんやりとカップルを眺めていた。
 さっきは、協力しようと集まってくれた人たちの前でいきなり怒鳴ってしまった。みんな、今ごろ腹を立てているに違いない。母とじいちゃんはきっと、頭を下げて謝っただろう。
 それを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だからと言って、自分がちゃんと映画を撮ってみせると言い切る自信もない。

 鐘をついていたカップルはいつの間にか去り、波音だけが聞こえている。一雄がため息をついていると、ふいに誰かが隣に座った。
「あっ……」
 隣にいたのは栄一だった。
「……年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎた。小織ちゃんのことんなると、どうもな……」
 照れくさいのか、栄一は見附島に目を向けたまま話していた。
「みんなには、『小織ちゃんの話は、まだ決まったわけでない』っちゅうて、わしからちゃんと説明する。もし小織ちゃんに出てもらえんでも、お前が責められるようなことはないようにするさけ、心配いらんぞ」
「いや……問題はそこじゃなくて」
 一雄が言うと、栄一は不思議そうにこちらを見た。
「うん?」
「じいちゃん……あの、俺……」
「なんや?」
「……俺……監督、辞めたい」
 目を丸くしている栄一に向かって、一雄は頭を下げた。
「頼む。誰か、他の人探してくれ」
「ほんな……お前のほかに、一体誰がおる?」
「……映画撮るなんて、俺には最初っから無理やったんや」
 どう話せばいいかと一雄が迷っている間、栄一はひと言も急かすことなく待ってくれた。
「……専門学校の授業で、ショートフィルム撮った。たったの十五分の映画……。でも、俺の監督としての第一歩やし、やる気もあったし、自信もあった。けど……上映会で、思いっきり馬鹿にされた」

 年に一度の上映会では、三年生がグループで撮った作品を全校生徒と全教員が鑑賞する。上映会は、学校最大のイベントだった。
 一雄の監督作への反応は、冷笑、嘲笑、ため息。それがすべてだった。
「先生の中にプロの監督もおって、その人から、才能ゼロって言い切られた。致命傷レベルやって……」
 制作中は、同じグループの仲間たちとずっと揉めていた。脚本の担当者が書いてきたシナリオを一雄が独断でどんどん変えて行ったからだ。
 「話の筋が通らない」「絵も繋がらない」「撮影スケジュールが狂う」と、みんなから猛抗議を受けたが、「監督は俺だ」とすべて突っぱねた。
 常識に捉われていたら、新しい物は創れない。俺は、俺の感性を信じて突っ走る。そうすれば、まだ誰も観たことがない、ぶっ飛んだ映画ができるはずだ。
 そう信じてみんなの意見を振り切ったのだが、出来上がった作品は、誰からも受け入れられなかった。
 「だから言ったろ」という顔で、グループのメンバーたちは冷たい視線を向けてきた。上映中、シリアスなはずのシーンで笑いが起き、カットが変わるごとに講師たちはため息をついた。

 その日のことを思い出すだけで、一雄は息が苦しくなる。
「就活も怖くなって……結局、一社も受けんかった」
 そう打ち明けると、涙がこみ上げて来た。
「どうしても、じいちゃんのこと映画にしたいと思った。だから、必死で脚本書いた。でも……みんなにあんなに期待されて、金も集まって……。俺、怖くてたまらん。だって、才能ゼロなんやもん。致命傷レベルなんやもん……。せっかくのじいちゃんの映画、めちゃくちゃにしたくない。大事な映画、俺が壊すがなんてイヤや……。だから、監督降りたい」
 ぬぐってもぬぐっても涙が出てきてしまう。
 気づけば日が落ちて、辺りは暗くなっていた。

「……一雄。お前、今いくつやった?」
「えっ……二十一」
「二十一ぃ? ほんなもんお前、まだハナ垂れ小僧やがいや!」
 急に荒っぽくなった口調に、一雄は戸惑った。
「ついこの前までおしめしとったような小僧が、自分がどれほどのもんか、勝手に決めつけんな! 才能があるやのないやの、ほんなもん、まだ誰にもわからなんわい!」
 本当にそうなのか? 俺にもまだ、可能性があると思っていいんだろうか?
 にわかには信じ切れなかったが、自分の四倍近く生きている栄一の言葉に、一雄の心は揺り動かされていた。
「それにな……わしは、お前に撮ってほしいんや。どんな巨匠連れて来られても、わしが、わしの映画を撮ってもらいたいがは、お前なんやぞ」
「……じいちゃん、俺……」
 やってみたい。がんばってみたい。じいちゃんが、ここまで言ってくれるんやから。
 その思いは口に出さずとも伝わったらしく、栄一はニカッと笑って言った。
「うちで飯食うてけ」
 立ち上がり、栄一は民宿やぶしたに向かって歩きだした。
 一雄も、黙ってその後に続いた。

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 翌日、一雄と栄一は再び商工会を訪ね、打ち合わせを行った。
 予算の満額とはいかないが、商工会は撮影費の算段をしてくれており、カンパと合わせると何とかまかなえそうだ。
 ボランティアで撮影スタッフをやるという人々も集まっていたので、一雄たちは正式に撮影準備を始めることにした。

 日曜の夜、民宿やぶしたで、第一回のスタッフミーティングが開かれた。
 食堂に集まった二十名程のスタッフの中に、一雄以外、二十代の姿はなかった。電気店を営む三橋隆弘や、カメラ店店主の田中健介ら四十代が”若手”で、定食屋の大将の遠藤幸成、魚屋の中尾修二ら、五十代後半から六十代の面々が中心だ。
 シャンゼリゼ美容室の理恵子や、化粧品店ロマンスの清美も来ており、ミーティングが始まる前から栄一や晴香と楽しげに盛り上がっている。

 一雄はまず、一同の前に立ち、あいさつをした。
「ええと、じゃあ第一回のミーティングを始めます。俺は、監督やらせてもらう浜野一雄です。よろしくお願いします」
 一雄の親や祖父母の年齢にあたるメンバーたちは皆、温かい拍手と声援で盛り上げてくれた。
「よっ、監督!」
「しっかり頼むぞ!」
「はい、精いっぱいがんばります! そしたらまず、この先の予定を説明したいと思います。えっと、脚本は一応できとるんで、これからロケハンして、絵コンテを作っていくことになります」
「あん? なんやって?」
 小柄で、ネズミを思わせる風貌の遠藤が、甲高い声をあげた。
「ちゃんと、日本語で説明してくれんか?」
 ほかの面々も戸惑い顔でこちらを見ている。一雄は、「ロケハン」や「絵コンテ」という言葉が通じていないのだと気づいた。
「あっ、すんません。ロケハンって、ロケーションハンティングのことです。シーンごとに、どこで撮影するか珠洲を回って決めていくってことです」
 「ああ」と納得の声があがり、恰幅のいい中尾のダミ声が響いた。
「わしの店も使うてくれや。いい記念になるさけな」
 すると声も体格も中尾とは対照的な遠藤が、すかさずツッコミを入れる。
「おいおい、脚本ちゃんと読んできたか? 魚屋の場面なんか、どこにもなかったやろ!」
 笑い声が収まるのを待って、一雄は話を続けた。
「ロケハンがすんだら、俺が絵コンテ描くんですけど、ええと絵コンテっていうがは、映像の撮り方を絵に描いたヤツで……なんて言ったらいいんかな? 見た感じ、ちょっとマンガみたいな感じで」
「マンガ!? ほんならこの映画、アニメやったんか?」
 目を丸くして聞いてきたのは、カメラ屋の田中だ。田中は190センチを超える長身で、一雄は子どもの頃から密かに「珠洲タワー」というあだ名を付けている。
「あっ、そうじゃなくて……とにかく、描いたヤツ今度見せます! それで、今日はとりあえず、みなさんの役割分担決めたいげんけど、希望のある人おりますか?」
 すると真っ先に田中が手を挙げた。
「はいっ! 俺、カメラマン」
「おお、さすがカメラ屋」
 中尾が言って、みんなが笑うと、三橋も手を挙げた。
「俺、照明!」
「さすが電気屋」
 またも中尾が合いの手を入れ、続いて遠藤が挙手した。
「わし、音声!」
「お前、定食屋やろ」
 拍子抜けした顔の中尾に、遠藤がキーキーと言い返す。
「それがなんや? わしの趣味、バードウォッチングやぞ」
 遠藤によると、バードウォッチングは鳥の姿を観察するだけではなく、鳴き声を楽しむことにも醍醐味があるのだという。集音マイクを持って野山を歩き、鳥たちのさえずりを録音することが遠藤の何よりの楽しみであり、珠洲広しと言えども、自分ほど音声にふさわしい男はいない、と遠藤は熱弁をふるった。

 遠藤の話を一通り聞き終えたところで、理恵子が一雄に尋ねてきた。
「ねえ、出演者のオーディションはせんの?」
「やります。スタッフも、もっと集まってほしいし、オーディションの方とあわせて募集のポスター作ります」
 オーディションと聞いて、清美が身をくねらせる。
「あーあ、私もあと二十年若かったら、ヒロイン役に応募したがやけどなぁ」
「二十年? ちょっと計算がおかしないか?」
 年の近い中尾がつぶやくと、清美がぴしゃりと言い返した。
「うるさい! 男のくせに細かい!」
 どっと笑いが起き、一雄も思わず吹き出した。

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 一雄は翌日パソコンでポスターを作り、市内の酒蔵や道の駅などに、貼ってもらいたいと頼んで歩いた。
 出演者オーディションの応募期間は二週間とし、エントリーしたい人はプロフィールを民宿やぶしたに届けてほしいと記載しておいたところ、四十八通の書類が集まった。

 審査員は一雄と栄一、理恵子、清美の四人と決まり、オーディション当日は民宿やぶしたの食堂で、一日かけてすべての応募者の面談をした。
 各自、自己紹介の後に特技を見せてもらったところ、カラオケを歌う人が多かったが、ギターやオカリナといった楽器、日舞やフラメンコなどの踊りのほかに、手品やパントマイム、リンボーダンスを披露する者もいて、珠洲にはこんなに芸達者がそろっていたのかと、一雄は驚いた。

 中でも一番驚かされたのは、農業を営む野村晃の特技披露だった。野村は精悍な顔立ちで、現在三十歳。いきなり清美のそばにひざまずくと、『ロミオとジュリエット』の台詞を暗唱し始めた。
「おお、ジュリエット、たいまつの光さえ奪うその美しさ。もし私の手が、あなたの美しい手をけがしてしまったのならば、その罪をこの唇に償わせましょう」
 ジュリエットに見立てた清美に切々と訴えかけていたかと思うと、野村は清美の手の甲にそっとキスをした。
 清美は「キャア」と喜び、一雄たちは堂に入った演技に拍手を贈った。
「芝居の経験、あるがですか?」
 一雄が聞くと、野村は爽やかな笑顔で答えた。
「はい。高校時代、演劇部でした」

 オーディション終了後、一雄たちはすぐに選考を始めた。
「青年時代の永吉役は、野村君で決まりやよねぇ」
 先ほどの求愛シーンを思い出しているらしく、清美はうっとりした顔で言った。
「俺もそれがいいと思います」
 一雄が言うと、栄一と理恵子もうなずいた。
「じゃあ決まり! 問題は、ラストシーンの方の永吉やねぇ」
「そうやねぇ」
 清美と理恵子は、そろってため息をついた。
 『珠洲シネマパラダイス』のラストは、年老いた主人公・永吉と、長年彼を待ち続けたヒロインとの感動の再会で締めくくられる。一雄たちは、そのシーンを演じる「老人となった永吉」も選ばなくてはならないのだ。

 理恵子は応募者たちの書類をめくりながら眉をひそめた。
「じいちゃんら大勢来てくれたけど、正直、みんなピンと来んかったなぁ」
「私、やっぱりこの役できるがは、西明寺のごぼうさんしかおらんと思う!」
 「ごぼうさん」というのは、寺の住職のことだ。浄土真宗では「お坊さん」でなく「ごぼうさん」と呼ぶことが多く、真宗王国と言われる北陸では日常的に使われる言葉だ。
 清美の意見に、理恵子も大賛成した。
「うん、うん! やっぱりそうなるわいねぇ!」

 西明寺の住職は、昔から「珠洲の加山雄三」と呼ばれているダンディーな紳士だ。もう少し若ければ、「イケメン過ぎる住職」としてネット上で騒がれていたかもしれない。
「ねえ、これ見て!」
 理恵子はスマホを取り出し、住職と撮った2ショット写真を披露した。袈裟姿の住職とワンピースでおめかしをした理恵子が西明寺の境内に並んで立ち、笑顔でピースサインをしている。
「七十代でこのカッコよさやよ! 他の人には真似できんよぉ」
キャスト募集を始めるときから、理恵子と清美からは住職の名が挙がっていたため、一雄は事前に西明寺を訪ね、オーディションを受けてほしいと頼んでいた。
「でも、『そういう派手なことはちょっと』って、断られてしまってん」
「んも~、奥ゆかしいげんからぁ!」
 身をよじらせる清美に、理恵子が提案した。
「ねえ、私らで改めてお願いに行かん?」
「そうやねぇ! ごぼうさん、紳士やもん! 女性の頼みならきっと聞いてくださるわ! 監督、この件は私らに任せて!」
「あっ、はい」
 二人の勢いに押されて一雄はうなずいた。

第八話に続く>

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※今回のトップ画像は、第七話に登場する「えんむすびーちの鐘」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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