第6話_道の駅すず塩田村の塩釜m

小説『すずシネマパラダイス』第六話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~五話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます!
連日「面白い!」「一気読みした!」「続きが気になる!」等の感想をいただいており、能登のご出身の方や、珠洲にお住いの方もTwitter、Facebookでシェアしてくださっていて、本当に嬉しく思っています。

本日は、第六話を投稿します。
第六話以降は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただきます。
引き続き、『すずパラ』をよろしくお願い致します!

☆第一話~五話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第五話までのあらすじ:

映画監督を目指して上京するも、挫折して故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄に、珠洲に暮らす老人・藪下栄一から「ご当地映画の監督を務めてくれ」と依頼が舞い込む。
気難し屋の栄一に一雄は反発を覚えるが、今は廃墟となった珠洲の映画館『モナミ館』で日本映画黄金期の話を聞くうちに、栄一に対して年齢差を超えた友情を感じ始めた。
その矢先、一雄は、栄一が病気で余命いくばくもないらしいと知る。
ショックを受けながらも一雄は、かつて映写技師だった栄一の青春時代をモデルに脚本を書いた。
すると栄一は、その作品に映画界の大スター「吉原小織」に出演してもらいたいと言い出す。

☆以下、第六話です。

【第六話】

 脚本第二稿を書くことになった一雄はまず、珠洲(すず)でも撮影が行われたという映画『電光石火の風来坊』を観ようと、栄一にDVDを借りた。

 『電光石火の風来坊』の主人公の名はリョウ。青木翔一郎演じるリョウは射撃の名手で、金沢では「電光石火のリョウ」として知られた凄腕のヤクザだ。親分である出島組の組長から、敵対する長田組の組長を銃殺するよう命じられたリョウだったが、長田の肩に向けて発砲し、追いつめたところで警察に捕まってしまう。

 その後、傷害の罪で三年の刑期を終えたリョウが、恋人ミキが待つ金沢へ戻ると、出島組と長田組の勢力争いは一層激しくなっていた。
 リョウは出所後、足を洗うつもりでミキに会いに行くが、ミキは亡くなっていた。リョウはミキの友人から「ミキはタクシーに轢かれて亡くなった」と聞かされる。警察も事故と判断していたが、リョウはミキの死を、長田組から自分への報復だと確信する。

 二つの組の抗争と騙し合いに巻き込まれながら、リョウはミキの死の真相を追う。そんなリョウの前に、「スナイパー豪」と呼ばれる男が現れた。西田潤が演じる豪は早撃ちの名人で、リョウとの一対一の勝負を望んでいる。
 豪は、リョウが危機に追い込まれると、どこからともなく現れ、
「俺以外のヤツに、あんたを殺させるわけにゃいかねえ」
 と銃をぶっ放す。リョウのライバルでありながら、時に窮地から救ってもくれる、謎めいた男だ。派手なスーツを着こなし、気障なセリフが様になる豪に、一雄はすっかり魅了された。

 吉原小織は、栄一から聞いていた通り、リョウの妹、春子を演じていた。クレジットでは名前の後ろに(新人)とあり、「わしは日本で最初のサオリスト」という栄一の言葉が嘘ではないと分かった。
 今見ても充分きれいな人だが、『電光石火の風来坊』の中の吉原小織は可憐そのものだ。肌がまっ白で、頬がふっくらとし、瞳がキラキラ輝いている。
 じいちゃんが一目ぼれするのも無理もないなと、一雄は思った。

 脚本第二稿に取りかかると、一雄はあることに気づいた。栄一が言っていた「二つのヤクザの組が、飯田の商店街の利権争いで抗争中」というアイデアは、『電光石火の風来坊』を真似たに違いない。映画の中では、出島組と長田組が、金沢の片町商店街の利権を争っているのだ。

 じいちゃん、パクってたのか。
 そう思うと、妙に気が楽になった。
 一雄がオリジナルのアイデアを捻り出したつもりのプロットも、タランティーノの真似でしかなかった。それに気づいて落ち込んでいたが、誰でも好きな作品の影響は受けるものなのだと思うと、開き直って、いろんな作品からアイデアをもらおうという気になった。
 パクリがなんや。別に、全国ロードショウの大作を撮ろうってわけじゃあるまいし。
 俺らは所詮、素人や。
 開き直って腹を決めると、書くのが楽しくなってきた。

 『電光石火の風来坊』の舞台は金沢だが、見付海岸や、珠洲の南に位置する能登町のロケシーンもある。
 終盤に、リョウが妹と一緒に祭りを見て歩くシーンがあるのだが、そこに映し出されているのは能登町の夏祭りだ。
 ところが次のシーンでリョウが金沢に行くと、まるですぐそばで祭りが行われているかのように、お囃子が聞こえている。能登町と金沢は100キロほども離れており、土地勘がある者が見ると不自然に感じるが、映画の中では、能登町の祭り映像が、金沢の祭りとして使われているのだ。同じように珠洲の見付海岸の映像も、金沢の海岸として使われていた。
 編集次第で、100キロ離れた場所をすぐそばのように見せることもできる。映画の中では、そんな魔法が使えるのだと、一雄は今さらながらに感心した。
 自由に書いて、自由に撮ればいい。
 一雄の中で、その思いが強くなった。

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 脚本の初稿を届けに来てから一週間後、栄一が夕飯の支度をしていると、一雄がやって来た。
「これ」
 と、一雄は第二稿を差し出した。
「まあ、上がれ」
「いや、今日は帰るわ。読んだら連絡して」
 おそらく、また無理をして書き上げたのだろう。一雄がずいぶん疲れた顔をしていたので、栄一は引き止めなかった。

 その晩のうちに二稿を読み終え、翌朝、栄一は一雄の家に電話をかけた。出たのは母の晴香で、一雄はまだ寝ているとのことだった。
 脚本を読み終えたと伝えてほしいと頼むと、はしゃいだ声が返ってきた。
「あらぁ、もう読んでくださったんですか? ありがとうございます!」
「いや、どうせ暇な年寄りやさけ」
「私ぃ、映画のことはよくわからんがですけどぉ、プロデューサーさんと監督って、いろいろと相談せんなんこと、あるがでしょう?」
「うん、ほうやなあ」
「そしたら是非、うちにいらしてください! 今からあの子起こして、用意させときますんで!」

 晴香の勢いに飲まれて栄一は了承し、出かけるついでに散歩も済ませようと、犬のゴローを連れて浜野家に向かった。
 また一雄と映画の話ができる。
 それが楽しみで、心なしかいつもより足取りが軽かった。途中、近所に住む中年男性にあいさつをされ、会釈を返した。いつも仏頂面の栄一が笑顔で頭を下げたため、相手はギョッとしていた。

「藪下さん、お待ちしてましたぁ。一雄が大変お世話になりまして」
 晴香は玄関で丁重に栄一を迎えると、ゴローにまで「一雄のことよろしくね」とあいさつして頭を撫でた。
 玄関前にゴローを繋がせてもらい、晴香が用意してくれた水と煮干しをやってから浜野家に上がると、客間に通された。そこでは、一雄が待っていた。
「おう、読んできたぞ」
「うん……」
 栄一の感想がよほど気になるらしく、一雄は顔色がさえない。

 晴香はお茶を出しに来て座り込み、栄一たちの話に加わった。というより、その場を仕切りだした。
「藪下さんのおかげで、この子すっかりやる気になってぇ、ホントにがんばっとるんですぅ」
 一雄がにらんで見せても、晴香は一向に構わず話し続けた。
「ほんでぇ、脚本ですけどぉ、どうでしたかねぇ?」
「うん、なかなか良う書けとったんでないか」
「マジで?」
 一雄のつぶやきは、晴香のよく通るソプラノにかき消された。
「ですよねぇ! 私も読んだんですけど、面白くってびっくりしてしまってぇ、うちの子に、こんな才能あるんかと思ったらうれしくてぇ」
「ちょっと、もう止めてや」
「あら、カズちゃん照れとるがぁ? 何も恥かしがらんでもいいがいねぇ。藪下さんも褒めてくださっとるげんからぁ」
 そして晴香は、栄一の方に身を乗り出してきた。
「脚本できたがですから、次は撮影の準備ですね?」
「ほうやな」
「まず、何から始めたらいいがですか?」
「うーん、とりあえずは予算を考えんならんやろうなぁ。この脚本で撮るとして、いくらほどかかるがか、商工会に報告せんならんしな」
「なるほど、予算! カズちゃん、全部でどれぐらい?」
「いや、そんないきなり言われても……」
「じゃあ何にいくらって書き出して! ほら早く!」

 晴香に急き立てられて一雄はノートを開き、予算を計算し始めた。
 まず必要なのはカメラに三脚、マイク、照明、レフ板といった機材だ。一雄は、中古でなるべく安く買うという前提で金額を書きこんでいった。
 キャストとスタッフ、エキストラは、町の人たちからボランティアを募って出費を抑える。衣装や小道具も、出演者の自前で済ませたいところだが、昭和三十五年を舞台にしたストーリーなので、それらしく見せるために購入しなくてはならないものもあるだろう。『珠洲パラ』には銃撃シーンもあるので、モデルガンや火薬、血のりも大量に必要だ。
 また、ほとんどのシーンがロケになるため、スタッフの移動車も要る。車は町の人に借りるとしても、ガソリン代は当然、制作側が払わなくてはならない。
 脚本の長さから考えると、映画の上映時間は約一時間。撮影期間は二週間ほど。
 あれこれと頭を悩ませ、一雄が書き上げた予算書の合計金額欄には、七桁の数字が並んでいた。

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 翌日、一雄と栄一は予算書を持って、商工会議所を訪ねた。会議室では、栄一に映画制作を依頼した織田、清水、広岡が待っていた。三人は予算書を見るなり、そろって渋い顔をした。
「……意外と、かかるもんなんやなぁ」
 つぶやいた清水に、一雄が言った。
「それでも最低限なんです」
 栄一は、眉根を寄せた三人ににらみを利かせた。
「今さら出さんとは言わせんぞ」
 すると、織田がきっぱりと答えた。
「いや、珠洲の活性化は我々の急務ですから。ただ、想定しとった額より多いがは事実です。早速、商工会からカンパの呼びかけもしてみます」

 一雄は栄一と別れて帰宅し、商工会の反応を母に話して聞かせた。
「わかった。そしたらお母さんも、婦人会のみんなに協力してってお願いしとくね」
 母はすっかり意気込み、夕飯の席で父にも状況を説明した。
「お父さんも助けてね。カズちゃんも藪下さんも、一生懸命ねんから」
「なんでわしが?」
「市役所の課長さんやからできること、いろいろあるやろぉ? 市長さんに応援してくださいってお願いするとか」
「ダラ臭い。わしゃ関係ないさけな」
「えぇ~、なんでそんな意地悪言うがぁ?」
 むくれる母に、父は冷たく言い放った。
「こんな金髪ニートに映画なんか撮れるわけないやろ。協力やらカンパやら頼んだかて、誰も相手にしてくれんわい」
「またそんな言い方……」

 母は、また親子喧嘩になるのではないかと心配そうな顔をしている。だが、一雄は父に刃向う気にはならなかった。父の嫌味も耳に入らないほど、頭の中は、予算書に書いた金額のことでいっぱいだった。
 栄一のためにも、なんとかして映画を撮りたいと思った。その気持ちに嘘はない。だが、本当に制作するとなると、あれだけの大金が監督である自分に託される。
 もし、失敗したら……。
 考えただけでぞっとした。やる気になったり怖気づいたり、コロコロと気持ちが変わる自分が情けなかった。
 父と母は、口答えをせず食事を続ける一雄の顔を不思議そうに見ていた。

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 数日後、一雄は飯田商店街の化粧品店「ロマンス」を訪ねた。金髪が伸びて根もとが黒くなって来たため、ブリーチ剤を買おうと思ったのだ。
 店のカウンターには、店主の新出清美がいた。五十代後半と思しき清美は、茶色く染めた髪をアップにし、クジャクの刺繍入りの真っ赤なセーターを着ている。ピンクのフレームの眼鏡とあぐらをかいた鼻、そしてド派手なファッションが、昔から清美のトレードマークだ。
「ブリーチ剤ねぇ……」
 清美はヘアケア製品の棚を確認してくれたが、ブリーチ剤は見つからなかった。
「白髪染めなら、いくらでもあるんやけどねぇ」
「いや、それはちょっと……」
「アハハ、脱色と染めるがとじゃ、話が逆やわねえ! ほら、うちのお客さん、白くなったがを黒くしたい人ばっかりやから! アハハハハ!」
 自分の言ったことで大笑いし、清美は一雄の肩をバシバシと叩いた。
(痛い。結構、マジで痛い……)
 ダメージを受けている一雄に、清美が「そう言えば」と尋ねてきた。
「映画、いつから始めるが?」
「えっ」
「撮るがやろ? 藪下さんと」
「あっ、まぁ……」
「がんばらし! おばちゃんも協力するしね!」
 そう言って清美は、また一雄の肩をバシッと叩いた。

 店を出ると、近所のおばちゃん三人組が、おしゃべりに花を咲かせていた。
 止めておいた原付に一雄がまたがっていると、おばちゃんの一人が声を掛けてきた。
「あらぁ、一雄君!」
一雄の方はおばちゃんの名前を思い出せなかったが、向こうは親しげに笑っている。
「お母さんに聞いたよぉ。映画、頑張ってねぇ」
 清美といい、このおばちゃんといい、映画の話はすっかり広まっているらしい。一雄はプレッシャーでまた気が滅入り始めたが、おばちゃん三人組は、お構いなしで盛り上がっている。
「すごいねぇ。さすが東京まで行って勉強して来た子は違うわぁ」
「本当に楽しみやわぁ。小織ちゃん、出てくれるんやってねぇ」
「えっ!?」
 どうやら「吉原小織の出演が決まった」という噂が広まっているらしい。激しく動揺する一雄に、おばちゃんたちは口々に「がんばってね」と言い、楽しげに去っていった。

 帰宅した一雄は玄関に入るなりギョッとした。ざっと見て二十足近い靴が並び、奥からざわざわと話し声が聞こえてくる。
 嫌な予感を覚えながら家に上がり、客間の襖をそっと開けると、晴香と栄一、そして近所のおじさん、おばさん、じいちゃん、ばあちゃん連中が集まっていた。
「カズちゃん、お帰り!」
 母は、いつもにもましてテンションが高かった。
「みなさん、映画に協力してくださるって! ほら、他にもこんなに沢山!」
 晴香は協力者の名簿らしき物を見せてきた。ずらりと並んだ名前を目にすると、一気に不安が膨らんだ。
 そこに、栄一が追い打ちをかけた。
「小織ちゃんが出るっちゅうたら、カンパもあっという間に集まったぞ」
 厚みのある封筒を見せられ、一雄は目の前が暗くなる気がした。
「……じいちゃんが触れ回っとったんか。小織ちゃんが出るなんて……」
「うん? なんか、まずかったか?」
「まずかったかって? まだ頼んでみてもないがに」
「ほやけどお前、伝手あるって……」
「吉原小織やぞ? そんな簡単に出てもらえるわけないやろ! いい加減なことペラペラ言いふらさんといてくれや!」
 そう叫んで、一雄は家を飛びだした。

第七話に続く>

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※今回のトップ画像は、「道の駅すず塩田村」の塩釜です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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