第5話_聖域の岬空中展望台

小説『すずシネマパラダイス』第五話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~四話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
「珠洲に行ってみたくなった」
「面白くて、四話まで一気読みした!」

といった嬉しい感想を、次々いただいています。

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皆さまどうぞお気軽に!

本日は、第五話を投稿します。
毎週火曜、金曜の週二回、最新話を投稿していきます。
引き続き、『すずパラ』をよろしくお願い致します!

☆第一話~四話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第四話までのあらすじ:

浜野一雄は「映画監督になる!」と東京の映画専門学校に進学したが、夢の糸口さえ掴めず、故郷の珠洲(すず)に帰ってきた。
そんな一雄に、民宿を営む老人・藪下栄一から「珠洲のご当地映画の監督を務めてほしい」と依頼が舞い込む。
一雄は渾身のプロット(あらすじ)を栄一に読ませるが、栄一は「意味不明だ」と一蹴した。
落ち込む一雄を、栄一は商店街に残る廃墟に呼び出す。
そこはかつて珠洲の人々に愛された『モナミ館』という映画館で、若き日の栄一が、映写技師として青春の日々を過ごした場。
二人はモナミ館で、夜通し映画談議に花を咲かせるのだった。

☆以下、第五話です。

【第五話】

「カズちゃん。……カズちゃん!」
 母に肩をゆすられて一雄は目覚めた。いつの間にかキーボードの上につっぷして寝ていたため、目の前のディスプレイには暗号もどきの文字列が並んでいる。
「いい加減、朝ごはん食べてよ。片付かんから」
 返事をしようとすると、大きなくしゃみが出た。
「あら、大丈夫?」
 母はすかさず一雄のおでこに手を当てた。
「熱い!」
 言われてみれば、悪寒がする。
「お医者さん行こう。ね!」

******************

 付き添うと言う母を振り切って、一雄は家から徒歩十分ほどの宮田診療所に向かった。
 足取りは重く、着くまでの間にも悪寒が酷くなっていった。
 まだ肌寒いこの時期に、暖房もないところに一晩いたのだから、風邪を引いても仕方がない。

 診療所の前に着くと、見覚えのある老犬が繋がれていた。栄一が飼っているゴローだ。
 栄一も診療所に来ているのかと気づくと、一雄はにわかに心配になってきた。夕べは自分が質問攻めにしたせいで、栄一に徹夜をさせてしまった。そのせいで具合が悪くなったのだと悔やみながら、一雄は診療所の扉を開けた。

 待合室に患者の姿はなく、シンとしている。一雄は受付を済ませて長椅子に座った。そこに、診察室から栄一の声が聞こえてきた。
「先生、頼むさけ、はっきり言うてくれ!」
 切羽詰った声音に、胸の鼓動が速くなる。
「わしゃ、もう覚悟は決まっとるがや。残りの時間があとどんだけか、はっきり言うてくれんか?」
 残りの時間?
 何や、それ。じいちゃん、そんな大変な病気なんか?
「藪下さん、そんな後ろ向きなことおっしゃらんと……」
 とりなそうとする医師の言葉を、栄一の声が突っぱねる。
「何も後ろ向きなことなんかない! わしゃ、悔いの残らんようにしたいがや。わしのできること、せんならんことをちゃんとしたいさけ、こうして頼んどるがや」
 医師は答えに窮したようで、しばらく沈黙が続いた。一雄は、ひと言も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
 すると医師が、低い声で言った。
「きちんとした治療をすれば……おそらく半年は……」

 ごまかさずに答えた医師に、栄一は礼を言っている。そろそろ診察室から出てくるだろう。
 俺、どんな顔をすればいいんや?
 話聞かれたってわかったら、じいちゃん、ショックなんじゃないか?
 でも知らんぷりなんて、うまくできるんか?
 混乱したあげく、一雄は待合室から逃げ出した。

******************

 家に戻ると自室に直行して、PCを起動した。ログインしようとすると手が震え、パスワードの入力に手間取ってしまった。
 診療所からの帰り道、一雄はふらつく頭で必死に考えた。
 じいちゃんは、あと半年でおらんくなる。
 この町に、映画のことしゃべり合える人がおるってわかって、あんなにうれしかったんに。
 年なんか関係なく仲良くなれたと思ったとたんに、なんでこうなるんや……。

 だが栄一は、泣きも喚きもしていなかった。残された時間にできること、やるべきことをするのだと言っていた。
 それなら、俺はどうすればいいのか? じいちゃんのために何ができるのか?
 答えは一つだと思った。じいちゃんと一緒に映画を撮ること。じいちゃんが面白いと思ってくれる映画を作ること。

 ノックの音がして、母が入ってきた。
「カズちゃん、宮田先生なんて?」
「ごめん、俺、やることあるし出てって」
「えっ? 駄目やよ、ちゃんと寝とらんと。お薬は?」
「いいから出てって!」
 強引に母を追いだすと、ドアに鍵をかけ、机に戻った。

 まずはストーリー創りだ。独りよがりじゃなく、じいちゃんが喜んでくれて、俺も本気で撮りたいと思えるストーリー……。
 それは、栄一が夕べ目を輝かせて話してくれた物語だと一雄は直感した。
 映画の黄金時代、モナミ館で映写技師として働いていた藪下栄一の青春。それを、俺は映画にしたい。

 その第一歩として一雄は、原稿を書き始めた。今度はプロットでなく、脚本の形で栄一に読んでもらおうと決めて取りかかったが、なかなか思うように進まない。専門学校時代、脚本の書き方を学ぶ授業もあったが、一雄は「俺は脚本家じゃなく、監督になるんだから」と、まじめに取り組んでいなかった。
 今さらそれを悔やんでも仕方がない。とにかくやるしかないんだと、一雄はひたすら書き続けた。

 トイレ以外は部屋から出ず、キーボードを叩き続ける一雄のために、母がおにぎりやサンドイッチを作ってくれた。
 書くことに集中していると驚くほど腹が空き、食べながら書き進めていったが、いくらか進むと「これじゃ駄目だ」と削除して、また頭をひねる。その繰り返しだった。

 熱で頭がフラついたが、休もうとは思わなかった。
 じいちゃんには時間がない。
 そう思うと、横になる気などしなかった。時おり、机に向かったまま事切れたように眠りに落ちてはいたが、目覚めると、壁や机に頭を打ちつけて睡魔を追い払った。

 そして五日目の朝、一雄は脚本に『了』の文字を打つことができた。

******************

 その日は晴天で、栄一は朝食を済ませた後、庭で洗濯物を干していた。すると玄関が開き、バタッと音がした。
 何ごとかと出ていくと、玄関に一雄が倒れている。
「おいっ!」
 慌てて掛けよると、うつぶせたまま、紙の束をこちらに差し出してきた。
 意識があることにホッとして、栄一は紙の束を受け取った。表紙には、「『珠洲シネマパラダイス』脚本 作:浜野一雄」とある。

 栄一は居間に布団を敷いて、一雄を休ませた。
「脚本は、寝とる間にちゃんと読んどくさけ」
 そう言うと、一雄は安心した顔になり、すぐに寝息を立て始めた。熱があるようなので、額に濡れタオルを乗せてやってから、栄一は脚本を読み始めた。そこには、殺し屋も強盗団も登場せず、荒唐無稽などんでん返しもなかった。

 最後まで読み終えて、お茶でも淹れようかと立ち上がると、一雄がぱちりと目を開けた。
「どやった?」
 切羽詰った顔で起きあがった一雄に、栄一は答える。
「だいぶ進歩したんでないか?」
 とたんに、一雄の顔に笑みが広がった。屈託のない笑顔につられて栄一も破顔しそうになったが、なんとか堪えて真顔を作った。プロデューサーとして、言うべきことはきちんと言っておかなくてはならない。
「ほんでも、これでは映画にはならんな」
「ええ~っ? なんで?」
「しゃあないわい。舞台は昭和三十五年で、主人公は珠洲の映写技師の山下永吉。どう読んでも、この前聞かせた、わしの昔話そのまんまや」
「それじゃだめなん?」
「わしゃ、お前に面白い映画を撮れと言うたはずや。面白いっちゅうがは、昔モナミ館でみんなが指笛吹いて盛り上がっとったような、ああいう映画のことや」
 一雄の顔が見る見る曇っていくので、栄一も切なくなったが、心を鬼にして言葉を続ける。
「この話にはな、山もなけりゃあ谷もない。ふつうの男の、ふつうの日常やがいや」
「でも……俺はこれ撮りたい!」
「なんでや? お前の好みの話とは思えんけどな」
「えっ……いや、この前のじいちゃんの話、意外と面白かったし……」
「うーん……というてもなぁ……」
 栄一は眉根を寄せて考え込んだ。

 一雄は、脚本を書き続けるうちに気づいた事実を、栄一に打ち明けた。
「……前にじいちゃんに見せたプロット、どれも、俺が好きなタランティーノ作品のまんまやった。ただ、舞台が珠洲になっとるだけで……。書いとるときはノリノリで、真似しとるつもりなんてなかってんけど……」
 そんな自分には、面白い映画のアイデアなんて思いつかない、と言おうとすると、栄一が意外な言葉を返してきた。
「いや、好きな映画に憧れて、『ああいうもんを撮りたい』と思うことは、間違っとらんと思うぞ」
「……そうかな?」
 栄一がしっかりとうなずくのを見て、一雄は少し安堵した。
「じいちゃんの憧れの映画っていうと、やっぱり『渡り鳥シリーズ』か?」
「ほうやなぁ。……よし! こうなったら思い切って『渡り鳥シリーズ』やら『風来坊シリーズ』ぐらい、大胆な設定にしてみるか?」
「大胆って?」
「例えば……二つのヤクザの組が、飯田の商店街の利権争いで抗争の真っ最中、とか」
「え~? それやと映写技師、全然関係ないやろ」
「そこはお前、なんとか考えて……あっ、あれ、どうや? お前が前に言うとった、潜入捜査官!」
「潜入って……ああっ! 永吉は、ヤクザの抗争収めるために映写技師のふりして珠洲に潜入しとるってことにすればいんか!」
「おおっ! それや、それ!」
 うれしそうな栄一を見て、一雄は気分が乗ってきた。
「『渡り鳥シリーズ』みたいに、ヒロインもおった方がいいよね?」
「ほうやな。永吉が、そのヒロインを命がけで守るんや」
 一雄はアイデアを書き留めようと、慌てて鞄からノートとペンを取り出す。
「ええと、潜入捜査官とヒロインの恋……」
「ヒロインが危険な目に合うたんびに、永吉が颯爽と現れて助け出すんや! いいぞぉ、盛り上がって来たがいや!」
「うん!」
「永吉の活躍のおかげで、珠洲に平和が戻る。ほんでも、愛し合う二人は離れ離れになってしもうて……」
「えっ、なんで?」
「なんでって、そこは監督のお前が考えんかい! とにかく、なんやかんやあって、二人は離れ離れや!」
「あっ、はい」
「それからまた、なんやかんやあって、何十年か後に二人は再会する! よし、ラストシーンは夕暮れの仁江海岸で、感動の再会やな!」

 珠洲市の北西に位置する仁江海岸の夕景は、「日本の夕日百選」に選ばれている。そこでのラストシーンを思い描いて、栄一はすっかり悦に入っていた。
 一雄の方は、栄一の話が「なんやかんや」だらけなので、また不安になりつつあったが、ともかくメモを取り続けていた。
「なんやかんやで、再会……」
「ヒロインは、愛する男を何十年も待ち続ける健気な女なんや……。こういう役、小織ちゃんがやってくれたら、最高ながやけどなぁ」
「ああ、まあねえ」
「お前、小織ちゃんになんか伝手ないんか?」
「ええっ!?」
「三年も東京におったがやろう? なんとかならんがか?」
「いや、そんな無茶な。俺にそんな伝手なんか……」
 あるわけない、と言いかけたとき、一雄の頭に一人の男の顔が浮かんだ。専門学校時代の講師、香川だ。サオリストだという香川は、吉原小織の主演作のスタッフを務めたのが縁で、今も付き合いが続いていると度々自慢していた。
「どうした? 誰か思いついたか?」
 栄一が期待に満ちた顔でこちらを見ている。
「専門学校の先生が……小織ちゃんと、結構親しいようなことは言っとったかな」
「よし! ほんなら頼め、頼め!」
 栄一は顔を紅潮させ、すっかり興奮している。
「まさか小織ちゃんが、また珠洲に来てくれるとはなぁ! こりゃあ最高の冥土の土産や!」
 その言葉に、一雄はギクリとした。
 冥土の土産――。そうだ。じいちゃんには時間が限られている。少しでも可能性があることなら、試してみるべきなんじゃないだろうか。
「ほんならまず、お前はうちに帰って、脚本直して来い!」
 栄一は、一雄の腕を取って無理やり立ち上がらせると、背中を押して玄関に向かわせた。
「ほれ! 急げ急げ!」

第六話に続く>

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※今回のトップ画像は、聖域の岬の空中展望台「スカイバード」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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