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「好きな漫画を教えて」と先生は言った

昨晩のこと。
「先生が亡くなって、今日お通夜に行ってきたよ」
と、郷里に暮らす高校の同級生が連絡をくれた。

高三のときの担任の先生は、世界史の担当で、私たちの親ぐらいの年齢だった。
当時の私は毎日マガジンハウスのファッション誌「Olive」を読み漁り、
「高校を卒業したら、なんとかして憧れの東京に行かねば……」
ということしか考えておらず、授業なんてろくに聞いていないダメ生徒だったけれど、それでも先生の世界史への情熱は、はっきりと伝わってきた。
「カノッサの屈辱」も「ナポレオンの戴冠」も、私にとっては「教科書に書かれていること」でしかなく、どこか絵空事のようだったけれど、先生には「自分と地続きの時空のなかでおきた、まぎれもない真実」なんだということが、授業中の熱い口調に現れていた。
授業の後、友だちと、
「『戴冠式、見て来たんか?』って勢いで語るよね」
と笑い合っていたのが懐かしい。

不義理な生徒で、年賀状すら出していなかったくせに、あの先生が亡くなったのだと聞くと、自分でも驚くぐらい悲しくて、恥ずかしながらちょっとだけ泣いてしまった。
葬儀場に弔電は送ったのだけれど、なんとなくまだ足りない気がする。

それほど多くはない先生との思い出を振り返るうちに、三年に進級してすぐの頃の個人面談のことを思い出した。
面談の前にはアンケートを提出させられた。
自分のプロフィールや進路の志望などについて書くことになっていて、先生は、そのアンケートを見ながら私たちと面談をした。
アンケートの一番最後には、「自分の好きな漫画」を書く欄があり、これは、先生が私たちとの心の距離を縮めようという意図で作った質問だったらしい。
面談の場で、
「先生は休みの日に漫画なんかも読むんや。面白いのがあったら教えてほしいと思って、みんなに書いてもらった」
と言っていた。
”親ぐらいの年”だった先生は、青春ドラマの熱血先生みたいに私たちとキャッキャするタイプでは断じてなかった。
その先生が、「私らと仲良くなる糸口を探しとるわけやな」と私は思い、そういう先生のことを、「ちょっとかわいいな」と思ったりもした。

私が「好きな漫画」の欄になんと書いたかというと、『お父さんは心配症』であった。
同世代のみなさんにしかお分かりいただけないだろうが、娘を溺愛するあまり常軌を逸した行動をとり続けるパパが主人公のギャグ漫画で、どう考えても担任の先生にお勧めするタイプの作品ではなく、あらすじを説明しても、先生はまったくピンと来ていなかった。
いまひとつ話が盛り上がらないまま面談が終わろうとする頃、先生は自分のお勧め漫画も教えてくれた。
「手塚治虫の『アドルフに告ぐ』がおもしろいぞ」
だが、ダメ女子高生はタイトルを聞いただけで、
「歴史のヤツや。漫画っていっても勉強っぽいヤツや」
と決めつけてしまい、まったく興味を引かれなかった。

その『アドルフに告ぐ』のKindle版をさっき買ってみた。
読んだら、その分だけ先生と仲良くなれるような気がして。
今さらだけど。
でも、こういうことに「今さら」っていうのもないような気もして。
amazonであらすじを読んだだけでもめちゃくちゃ面白そうで、先生に「ありがとう」って言いたい気持ちです。

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