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「クモノイト(短編小説)」

穏やかな昼下がり。学校をさぼって、幼稚園からずっと一緒に育ってきた幼馴染の親友とモールに買い物に来ていた。お揃いの洋服を買ったり、映画を見たりして過ごし、ベンチに腰掛け、クレープを食べながら、今日の戦利品なんかを自慢しあった。


「ねぇ、私たちって本当に仲良いよね。これからもずっと、このまま友達でいようね?」


「なにいってんの?恥ずかしいじゃんか」


先ほどまでクレープを食べていた親友が私の方に向き直り、突然、まっすぐな目をして、そんなことを言うもんだから、私は思わず顔を伏せてしまった。


「ねぇ?どうなの?私は、真剣に言ってるんだよ?茶化さないで?」


「う、うん・・私もそう思ってるよ?ずっと友達だよ」


彼女は眉間に皺を寄せて、少し不安そうな顔をしていたけれど、私の答えを聞くと安堵の表情を浮かべた。


このモールの中庭には、こどもが遊べるようなちょっとした広場があり、母親に連れられたこどもが遊具で遊んだりしている。昼下がりの長閑な風景が広がっている。


クレープを食べていると、私たちくらいの若者が募金活動をしているのが目に付いた。


「ごめん、ちょっと募金してくる」


「やめなよ」


親友は募金をすることをよく思っていないようだった。


「どうして?」


「地球の裏で何が起きてるのかなんてさ、実際わかんないでしょ」


「でも貧困で苦しんでいる人を救うことになるんだよ?」


「救う・・そういうのやめなよ?見たこともない人たちのことなんか・・それよりも大切なことって、もっと近くにあるんじゃない?」


親友の言うことも一理あると思う。私たちの住んでいる場所からは遠い世界の話だし、実際にこの募金が何に使われるのかだってわかっているわけじゃない。それでも人のために何かをしようって気持ちって理由がないものなんだと思う。


「ごめんね、でもどうしてもしたいの」


私は募金箱の中に小銭を入れた。募金活動をしている若者たちから感謝の声があがる。


私たちはそれからモールをもう1周すると、再び中庭の同じベンチに仲良く腰掛けた。夕暮れが迫っていた。先ほどまで遊具で遊んでいたこどもの声は聞こえない。帰宅したのだろう。私たちもそろそろ帰らなくちゃ。


「私たちもあんな風に年を取っていけたらいいね」


私たちの丁度対角線上にあるベンチでは、老婆が二人仲睦まじく座って談笑をしている。


「どうしたの?今日、なんか変だよ?何かあったの?」


彼女は私の方を向かずに老婆を見つめていた。今日の彼女は少し変だった。感傷的っていうのかな。なんだか情緒が不安定だなって思った。夕日の赤い光が彼女の横顔を射す。なんて声をかけていいのかわからなかった。


「私ね、自分より大切だって思ってるんだよ?本当だよ」


「それは私もだよ、私たち親友でしょ?そんなのいちいち言わないでよ?本当にどうしたの今日?恥ずかしいことばっかり言って・・」


「ごめんね」


親友は少し照れながら謝った。


 広場では、先ほどの募金活動をしていた若者が老人の重そうな荷物を持ってあげたりしている。これから私たちの時代は高齢化社会になると言われているけれど、希望が持てると思った。


ベンチに腰かけて2人で談笑をしていると、杖をついた一人の老婆が話しかけてきた。


「仲良しだね。若いって、とってもいいことだからね。これからはあなた達の時代だからね。精一杯生きるんだよ?私たちなんかはこのまま死んでいくだけだけどね」


「そんなこと・・」


「いいんだよ、私たちだって若い頃は楽しんだんだからね、あなた達はこれから色々楽しむんだよ?年寄りはその犠牲で構わないんだからね」


そういうと老婆は、モールの中へと消えていった。私と親友は顔を見合わせると、首をかしげた。


「ねぇ?もう1度、6階のお店見たいんだけど・・」


「うん、いいよ」


6階には、彼女のお気に入りのブランドのお店がある。私は快諾した。モールの中心に、若者の好きなブランドを集めた高層ビルが1つだけ塔のようにそびえ立っていた。そのビルの中へ親友と2人で入っていった。もう随分日も暮れ、暗くなっていた。

ショップにつくと、タイムセールをやっていた。50%割引と書かれたワゴンには、たくさんの人だかり。まるでお菓子に群がる蟻のようだった。


「これじゃ、難しいね」


「うん、そうだね。諦める。こんなところで競っても仕方ないもん」


彼女は少しだけ残念そうな顔をした。

突如、館内にサイレンが鳴り響いた。


ワゴンセールに夢中になっていた人々の手も止まる。その後、緊急のアナウンスが流れた。所々雑音が混ざりよく聞き取れなかったが、テロリストによってビルに爆弾が取り付けられた可能性があるという内容だった。

 先程まで、タイムセールの服を取り合っていた人たちも、大切そうに持っていた洋服をワゴンに戻し、館内放送に耳を傾けている。


「うそでしょ・・」


「大丈夫・・」


親友は、私の手を強く握った。

 すると、地鳴りと共に、階下で爆発音がした。非常口より警備員が走り込んできた。


「このビルはテロリストの仕掛けた爆弾によって、炎上しています。ここより下の階はすでに崩れ始め、もう下には戻れません。自衛隊の救助ヘリがやってきます。急いで非常階段から屋上に向かってください」


みんな突然の状況に、ポカンとしていた。まだ半信半疑という状態だった。


次の瞬間、非常口付近にいた警備員が爆発で吹っ飛ばされた。それを合図に、悲鳴が絶叫に変わった。


もう1つ設けられた非常口へ、蜘蛛の子を散らしたように、みんな一斉に走り出した。


「なにしてるの?私たちもいくわよ?」


状況が飲み込めず、唖然としている私を親友の手が強く引っ張った。

 親友に手を引かれながら非常口へと向かう途中で、幼いこどもが泣きながら座り込んでいた。迷子かもしれない。誰もそのこどもに気づいていない様子で目の前を走りぬけていく。見てみないふりをしているのか、まったく目に入っていない大人達。


「どうしたの・・」


「なにしてるの!そんな暇ないでしょ!」


声をかけようとした瞬間、親友が私の手を力強く引っ張った。彼女はこどもの存在に気づいているようだった。親友はそのまま強引に私の手を引く。彼女は非常口の方を真っ直ぐに見つめている。泣きじゃくる子供は人混みの中に飲み込まれ、どんどん距離が遠ざかっていく。

違う。これは間違ってる。そう思った。私は遠ざかっていく、泣きじゃくるこどもを見過ごすなんてできなかった。


「ごめん、先に行って?」


強く握られた親友の手を強引に振りほどくと、人を掻き分け、非常口とは反対の方向になる子供のもとへと向かった。いつまた爆発するともわからない中、戻るのは自殺行為かもしれない。それでも私は見捨てることはできなかった。


「大丈夫?」


私が声をかけると子供は安心したのか、私に抱きついてきた。


「・・・・」


親友はその様子を静かに見つめていた。そして私と先ほどまで繋がれていた手をしばらく見つめていたが、次に私が顔をあげた時には、人混みの中に消えていた。


私は母親と逸れ、迷子になってしまったこどもと一緒に、屋上を目指した。非常階段は螺旋状になっていて、上を見上げても限りは見えず。いつ辿り着くともわからない不安な状況の中、こどもに声をかけた。


「大丈夫、きっとお母さんも屋上にいるはずだから」


子供は何も言葉を返さなかったが、私の腕に強くくっついた。


 どのくらいの時間が経ったのかわからない。目の前に屋上へと続く扉が現れた。私は助かったと思った。しかしそんな私の思いはすぐに消えることとなった。


屋上にたどり着くと、そこは熱気に満ちていた。たくさんの人が溢れ犇めいていた。例えるなら、朝の満員電車のような状態。一歩も先に進めず、座ることも出来ず、ただ上空に現れる救助のヘリを顔をあげて待つだけだった。


この人たちを全員、ヘリで救出するのに、どのくらいの時間がかかるんだろう。私たちの番まで回ってくるのかな。私は1番最後でもいい。でもこの子だけは早く救出してあげて欲しいな・・そんなことを考えていた。


「おねえちゃん・・」


心配そうに子供が顔を上げ私を見つめた。


「大丈夫、きっと助かるから」


私はこどもの手を強く握った。こどもも強く握り返した。


「おい、火がどんどん階下から迫ってきているぞ、救助ヘリは、まだなのか?」


「もう何時間待ってると思ってるんだ」


長時間待たされていることや、動けないストレスなんかで、辺りには大人たちの怒号が鳴り響く。私はこどもの耳を手で塞いだ。


熱気を帯びた風が吹くようになっていた。階下から火が迫ってきているようだ。暑い。私は額から汗が流れていた。

 もうみんなの我慢も限界に達したかと思った頃、ヘリコプター独特のプロペラの音がしはじめた。雲間から救助ヘリが現れた。みんなの顔が一瞬にして安堵の表情になる。私もこどもにヘリが来たことを伝えるとこどもも笑顔を返した。


やがてヘリコプターから一筋の梯子が垂らされる。これを伝っていけば、この地獄のような場所から救助してもらえるのだから、まるでお釈迦様から垂らされた糸のようだと思った。


これでみんな助かる。そう思っていたのも束の間。昼間のワゴンセールの時のように、今度は誰がその梯子に最初にのぼるのかということで、もめはじめた。私は無意味なことだと思った。


ロープで出来た縄梯子は、風の影響で揺られていて、安定しない。なかなかその梯子を掴むことはできない。また身動きが取れない今の状態では梯子が運良く自分の上にやって来るのを待つ以外に方法はなかった。誰がのぼるのかは運次第だと思った。


最初にロープをつかんだのは、昼間に私と親友に話しかけてきた老婆だった。これからは若者の時代だと私たちにエールを送ってくれた老婆だ。簡単に梯子に上らせてもらえるはずはなく、老婆の足にはたくさんの人の手が伸びる。


「私は老人だから、最初に上る権利があるんだよ」


「年齢なんて関係あるか」


老婆は足を掴む若者を持っていた杖で力いっぱい殴りつけた。しかし、その杖を掴まれて老婆は梯子から下ろされ、群衆の中に消えた。


その後は代わりばんこに自分こそが、梯子に最初に乗るべき人間なんだと、宣言し合う状態が続き、至るところで喧嘩になっている。


まるで地獄絵図のようだった。


すると天の助けか、私とこどもの頭上に梯子が来た。みんな言い争っていて、そのことに気づけていない。私はチャンスだと思った。

私は子供を抱えると、梯子に上るように伝えた。子供は首を振り言うことを聞かない。そうしてる間に梯子は私たちの場所から離れていった。


もう順番は回ってこないかもしれない。落胆する私を呼ぶ声が響いた。


声の先には親友がいた。彼女が梯子を掴んでいる。


「なにしてるの!はやく来て!」


親友は叫んだ。私は安堵の表情を浮かべ、こどもと一緒に人を掻き分けて、彼女のもとへと向かった。言い争っていた人々も、親友の持つ梯子に気づくと一斉に雪崩れ込んだ。


親友は、彼女の持つ梯子に手を伸ばす人たちをどこで手に入れたのか、サバイバルナイフのようなもので容赦なく刺した。そこには一切の躊躇はなかった。


私とこどもが人を掻き分け、なんとか梯子に辿り着くと、彼女は返り血で真っ赤になっていた。


「おねえちゃん・・こわい」


子供は私に強く抱きついてきた。


「・・・・」


親友は血のついた頬を血のついた手で拭うと、射殺すような目で子供を見つめた。


「さぁ?梯子をのぼって?」


親友は私に上るように促した。私はこどもを持ち上げて梯子に上らせようとした。


「ちょっとまって!なにしてるの?その子は置いていって」


彼女はそれを制止した。


「え?なにいってるの?」


「これは、私の梯子だから、誰を上らせるかは私が判断する。あなたは私の大切な親友だから、1番最初に上らせてあげる。でもこの子は違う、私たちとは、まったく関係のない子でしょ?」


親友は冷たい表情で淡々と言い放った。


「関係ないって・・そんなことない・・」


私が言い返すと、彼女は少しムスっとした表情を浮かべた。


「ごめんなさい。言い方を間違えちゃった。私とは、まったく関係ないから、上るなら置いていって?」


彼女は幼馴染で、付き合いが長いから、彼女の今の言葉が本気かどうかわかる。彼女は本当にそう思っているのだと思った。


「ねぇ?どうしたの?私たちずっと友達だって言ったよね?忘れたの?今日会ったばかりのその子と私とどっちが大事なの?」


彼女は苛立ちを隠せないという感じだった。その間も梯子を狙って手を伸ばす人たちがいたが、すべて彼女が撃退した。彼女にとって自分と私以外は人として映っていないのかもしれないと思った。


「6階でのこと、忘れてあげる。あなたが私の手を振りほどいて、その子を選んだこと、過ちだったって認めるなら、私、忘れてあげる・・その子がいなくなれば、私たち、またやり直せる」


彼女は、満面の笑みを浮かべ、梯子を掴んでいない方の手を差し伸べた。すると、黙って私と彼女の話を聞いていたこどもが、話の内容がわかったのだろうか、掴んでいた私の手をそっと放した。


「どうしたの?」


「おねえちゃんは、そのおねえちゃんと行って?ぼくはおかあさんをさがさないといけないから」


私はこどもの気遣いがいじらしかった。そしてこんな小さな子に気を使わせてしまった自分が恥ずかしかった。ここでこの子を残すことは、死を与えることと同じだ。そんなことは絶対できない。私は決心した。


「ごめんなさい、私、行けない。あなたのこと、親友だと思っていたけど。違ったみたい・・一緒にいけない」


「そう・・」


親友は悲しそうな顔を一瞬すると、ゆっくり私に差し伸べていた手を引いた。そして彼女はとても冷酷な顔をした。射殺すような視線で私を見つめた。今まで私に1度だって見せたことのない顔だった。私は彼女を失望させてしまったんだと思った。


それでも、私の出した答えに後悔はない。私は子供の手を強く握り、梯子から遠ざかった。彼女は梯子を器用に上っていった。他の人間も彼女に続く。梯子の周辺は混雑していたが、梯子から離れるにつれて、人の数は少なくなっていった。生存率が下がるからだろう。そんなことはもうどうでもよかった。今はただ、あの場所から遠ざかりたかった。


私とこどもは屋上のフェンスにもたれるように座った。

「もうあんなに高く上ってる」


こどもが指差す先には、親友だった彼女が他の人間を足蹴にしながら高い所まで上っていた。


後少しで、ヘリコプターに届くかというところで彼女は、1番最初に梯子を手にした杖の老婆に背後から刺され、まっさかさまに落ちていった。

それからも次々と梯子を代わる代わる人が上っては落ちていく。その繰り返しだった。私はそれを黙って見つめていた。そこには、もうなんの感情もなかった。こどもがそんな私を見つめると、こう言った。


「おねえちゃんはたすかるよ」


こどもはそう私に告げると、声を出さずについて来るようにと私の手を引っ張った。こどもについていくと。火災の時の救助用のすべり台を発見した。これで下へ降りることができる。


ふと他の人たちに目をやる。みんなは梯子に気をとられ、まだ、我先にと梯子を上っている。みんな上空を見上げていて、私たちに気づく様子はない。私はこどもを抱えると、すべり台で階下へと降りていった。


その後、保護された私とこどもは、倒壊していくビルと、コントロールを失い、山の方へ墜ちていくヘリコプターを見つめていた。


生存者は私とこどもだけだった。

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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)

「短編小説(~2018)」

短編小説家KOTORIによる2018年までの過去作品。
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