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「ORANGE TEA(短編小説)」

「カシャンッ」

目の前に食器を置く音で私は目覚めた

辺りを見渡してみると

そこは広い喫茶店のような場所だった

木で出来たお洒落な円形のテーブルがいくつか並んでいる

そのうちの1つに私は座っている

外はファミレスの外観のように

ガラスばりで外の景色が見えるようになっていた

窓の外の景色は

見慣れない住宅街のような場所で

私の知らない場所だった

ここは一体どこなんだろう?

そんなことを思っていると


女の店員さんが私の前で

持ってきたカップの位置を直していた

淡々と私の前に、お茶の用意をしていく

先程の音は、彼女が陶器のカップを置いた音だった

カップの中には、やがて温かい紅茶が注がれた

オレンジの香りが湯気と共に立ち上っていた

私はその様子を黙ってみつめていた

一連の作業が終わると

彼女は、私に声をかけることなく

そのままカウンターの方に行ってしまう

愛想のない店員だと思った

私は辺りを見回してみた

私の他にお客さんはいない

彼女はカウンターにつくと

退屈そうに、肘を立て

その上に顔を置いた

そして、つまらなそうに

窓の外の景色を見ている

外はあいにくの雨のようで

灰色に濁った空が窓越しに見えていた


「雨かぁ・・」


私は小さく呟いた


私は彼女が持ってきてくれた

オレンジティーを口にした

彼女の無愛想な反応とは違い

とても体が温まるのを感じた


(カランカラン)


ドアの開く音がして、中年の男性が店の中に入ってきた

体中、びしょびしょに濡れている

「いや~降られちゃったよ、すごい雨でね、娘の誕生日なのに・・参ったよ」


男はそう言うと、無口な店員に声をかけた

しばらく彼女と話しをすると

男性は私の方にやってきた

小脇に何か包装されたものを大事に抱え

ハンカチでコートについた雨の雫を落しながら

彼は私の前までやってくると

「ここ、座ってもいいかな?」と聞いた


私は、他にもたくさん席が空いているのに

どうして相席を望まれたのかわからなかったけれど

断る理由も特になかったため

小さく頷いた


「ありがとう」


男性はコートを椅子にかけると、私の目の前に座った


「いい香りだね、オレンジティーかな?僕もそれと同じのをもらおうかな?」

彼はそういうと

無愛想に空を見つめている店員を手をあげて呼び

私と同じものを注文した

「いや~参ったよ、いきなり降るもんだからねぇ、天気予報もあてにならないよ、今日は降らないはずだったんだ」


男は荷物についた雫をハンカチで拭っていた


やがて、彼の前に私と同じオレンジティーが運ばれてきた

彼女は先程とまったく同じ動作で、紅茶を注ぐと

そのまま、カウンターへ戻っていった


「生き返るようだね、こんなにおいしい紅茶を飲んだのは、はじめてだ」


男はそう言った

私は少し大袈裟だと思った

「紅茶っていうと、女の子の飲みモノって感じがするだろう?だから今まで飲まなかったんだけどね、体に温かさが染みわたるねぇ」

私は彼のみすぼらしさと、小刻みに寒さで震える仕草なんかから

冬の山小屋で遭難した人間に出された温かい紅茶のイメージを頭の中に勝手に膨らませていた

それならば、彼の大袈裟な表現もわからなくないと思ったからだ


彼はカップから手を離さなかった

そこから暖を取っているようだった


「外は大雨で、すごく寒いよ?お嬢ちゃんは傘を持ってきたかい?」


私は首を横に振った


「傘は大事だよ、いつ降ってもいいように持っておかなきゃ?」


彼はそう言うともう一口紅茶を飲んだ


私はひょんなことから


この中年の男性と


時間を共にすることになった

私は彼が大事そうに小脇に抱えていた

包装された箱のようなものを見つめた

「あぁこれかい?娘が今日、誕生日でね、君と同じくらいの年齢なんだけどね、本当はこんな所で油を売ってる時間はないんだ、家では家族が待ってるからね、けどこの雨だろう?道がわからなくなっちゃってね」


私は、そんなはずはないと思った

道が見えなくなるほどの大雨なんてありえないと思ったからだ


それに先程まで、確かに雨は降っていたけれど

男が言うほどの大雨ではなかった


私は、確認するため、再び窓を見た

しかし男の言うように

先程、自分が見た時とは違い

窓の外は雨がまるで槍のように降り

窓ガラスに弾丸のように撃ち付けていた


「驚いたかい?凄い雨だろう?こんな雨の中、傘がなきゃとても帰れやしないよ・・プレゼントも濡れちゃうしね、だからこうして、ここでお嬢ちゃんのように雨宿りさせてもらってるのさ」

私は頷いた

男は再び紅茶を一口含んだ

私も同じように飲んだ


もうだいぶ冷めてきてしまっていた


「もし、この雨がずっと止まなかったら、お嬢ちゃんはどうする?」

私は男の質問の意味がわからなかった


止まない雨なんてないと思ったからだ


私は、眉間に皺を寄せた


「止まない雨はないって?そんな顔つきだねぇ・・でも本当にそうかな?」

男はテーブルの上で手と手をつけたり離したりしながら私に語りかけた


「今までが間違いだったのかもしれない、当たり前なんていつ変わるかわからないよ、ひょっとしたら、雨が降り続くかもしれないんだ」

私は男の言ってることがよくわからなかった


「何が言いたいのかわからないって、そんな顔だねぇ?そんなに難しいことが言いたいわけじゃないんだ」

私はまだ、何も言ってないと彼に言いたかった

男は私のそんな反応など

お構いなしと言った具合に、話しを進めた


「つまり僕が言いたいのは、雨は必ず降るってことがいいたいのさ、ずっと雨ということもないが、ずっと晴れということもないだろう・・そんな所だ」

彼は当たり前のことを言ったように思えた

そんなことは彼に言われなくてもわかっていることだった


「つまりそうだなぁ・・晴れだってそう長くは続かないということが言いたいのさ、また雨は必ず降るだろう?・・長い目で見たら雨は止まないことになる、休止しているだけなのさ」

晴れと雨が交代でやってきていると彼は言いたいのだと思った

私は小さく頷いた


「雨が降り続くような時は、じっとこうして雨宿りをして、晴れるのを待ったらいい、人生はきっとその繰り返しだよ」

彼は窓の外の激しい雨を見ながら、話しを続けた


「ただ、気をつけなきゃいけないのは、順序よく晴れと雨が交代で来るとは限らないという所なんだ・・だから大きな雨の後にまた大雨が来ない保証はない、そんな時、人はリズムを崩しやすいんだ」


私は少し複雑な顔をした


「わからないかな?いいかい?お嬢ちゃん、安心の後というのが1番危ないんだ、安心仕切ってしまっていると、途端に足元を掬われるものなんだ、注意しておかないといけないよ」


彼は天気のことを日常的に考えているようだったし

私は彼がひょっとしたら気象予報士なのかもしれないと思い始めていた


「なんだか悪いね、こんな話、つまらないだろう?本当は娘に話しておきたかった話だったんだけどねぇ、話す機会がなくてねぇ、困ってるんだ」

彼は娘との関係が上手くいっていないのだと言った

それは私と同じだと思った


「大切なものは言える時に言っておかなきゃいけないし、いつでも当たり前に存在しているものなんてないんだ、大事なものは常に目を配っておかないといけないね」

男は私に多くのことを語りかけたが

私の答えなどは、一切求めていない気がした

ただ一方的に語っているだけのように思えた

そのため、私は相槌を打つことくらいしかできなかった


「天気は気まぐれだよ、人生と同じかな?先のことはわからないんだ」


「だからね、わかるだろ?降ってから後悔しても、遅いんだ、僕みたいにね・・」


彼にとって、予報と違う雨が降ったということが


そんなに重要な問題なんだろうかと私は思っていた


「いや、本当にね、後悔しているんだ、降るはずじゃなかったんだ、雨なんて・・」


目の前の男性は小さなことを大袈裟に話す傾向があると思った


「僕は傘を持っておくべきだった・・ずっと雨から守れるくらいの傘をね、僕は雨の後は必ず晴れるなんて嘘を言ってしまったものでね・・後悔しているよ」


男は落胆した顔をして窓の外の雨を見つめた


「まぁお嬢ちゃんにこんな話しをしても仕方がないかなぁ、お嬢ちゃんはどうだい?雨が好きかい?」

私は首を横に振った

私は雨が大嫌いだった

雨が好きだという人間を私は見たことがなかった

しかし気分が落ちた時なんかは

晴れの日は逆に気分が悪くなり

雨の日を好む傾向があった

最近の私はそういえば

ずっと雨だったらいいのにとすら思っていた


「僕も同じだよ、雨が嫌いでね、雨は人を憂鬱な気分にさせるだろう?」


「ただそんな時、こうしてお嬢ちゃんのように話しを聞いてくれる人間がいたら、いいだろうね、温かい飲み物なんかもいい」


「・・今日の雨はいつになくどしゃ降りだね?止まないかも・・」


私は再び窓の外を見た

さっきにも増して雨の勢いが強くなってきていた

これでは家に帰れないかもしれないと思った


「これは、お嬢ちゃんに、止むように願ってもらわないとダメかな?」


彼はそう言うと再び紅茶を口にした


「雨の日になると嫌なことを想いだしてしまうんだ・・もうだいぶ前の話しなんだけどね」

私は彼のその嫌な想い出とやらをひととおり聞かせられるのかと思って覚悟していたが、意外に彼はそのことには触れなかった


彼は饒舌に自分の家族の話なんかをした

大半は私と同じくらいの娘の話だ

私はその話を聞きながら、少しだけ羨ましいと思った

彼は娘と余り上手くいっていないと語ったが

彼の娘は彼にとても愛されているのだと感じた


「生きていれば嫌なこともある、けれどなんとかやり過ごすのさ、雨宿りをして・・雨が通り過ぎるのを待つんだ、雨がこの世からなくなることはないのだから、そんなことを娘に教えてあげたかったなぁ」

ここまで話すと彼は少し黙った

何かを思い返しているようだった

空白の時間が流れる

私は気まずかった

どのくらい経ったかわからないけれど

男が沈黙を破るように発言した

「さてすまない、雨も小ぶりになってきたようだし、そろそろ僕は行かないといけない・・家で・・娘が僕の帰りを待っているからね・・」


そう言うと彼は席を立った


「変な話しに付き合わせてしまって悪かったね、おかげで気分が晴れた気がするよ、ありがとう」


彼はコートを着込むと

娘のプレゼントを来た時のように小脇に抱えると

そのまま、会計をすることなく

店の外へ傘を差さずに飛び出していった

私はその姿を店の中から見守っていた

まだ雨は少し降っている


私に紅茶を運んでくれた店員さんは

カウンターに座ってぼんやり外の景色を眺めている

男がお金を払わずに店から出て行ったことも


特に気にしていない様子だった


「家ね・・」

私は自分の家のことを思いだしていた

思えば最近は両親とも喧嘩ばかりで

関係がうまくいっていなかった

いっそのこと家出をするか死んでしまいたいとすら思った

家に帰りたくなかった

けれど、今日、両親と同じくらいの年齢の知らないおじさんの話しを聞いていて

両親も私の帰りを待ってるのかもしれないと思ったりした

私がいなくなれば、きっと後悔するのかもしれないと思った

思えば、彼はとても悲しい顔をしていた

あんな顔を両親にはさせたくないと思った

私は急に家に帰りたいと思った

「雨、止んだわよ?」

無愛想で無口な店員が初めて口を開いた

外を見ると雨はあがっていた

私は、喫茶店の扉から勢いよく外に出た

(カランカランッ)

私は喫茶店から外に出たはずだったけれど

鉄橋の上に1人で傘を持って立っていた

「危ない!」

私は背後から声をかけられた

声のする方を振り返ると

見慣れた中年の男性が

小脇に包装されたプレゼントを持って立っていた

おそらく彼にとって私は初対面に違いなかったけれど

私は彼を知っていた

そして、その包装紙に包まれた中身を知っていた

娘へのプレゼントだ


私は現実の記憶を急速に取り戻し始めていた

そうだ、私は今日

両親との喧嘩や学校のことなんかで

生きることに、嫌気がさして

大雨の中、家を飛び出して

この鉄橋から飛びおりて死ぬはずだったんだ


彼は私を心配そうに見つめていた

きっとなんて声をかけたらいいのか考えているんだと思った

しばしの沈黙の後・・


「雨はもう止んだよ」


彼は私にそう優しく声をかけた


私は晴天の中、1人傘をさしていた

死ぬには適していない天気だと思った


彼は私のすぐそばで腰を降ろすと

包装紙に包まれたプレゼントを地面に置いて、手を合わせた

そばには、花のようなものが手向けられている


「今日は娘の誕生日でね・・」

その先は言わないでも私はわかった

「すぐ近くに紅茶のおいしいお店を知っています、良かったら」


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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)∴高熱に魘され体調不良中(11/14.現在)

「短編小説(~2018)」

短編小説家KOTORIによる2018年までの過去作品。
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