水の星

「SAVIOR(1WEEK短編小説)」

聖人とは、一般的に、徳が高く、人格高潔で、生き方において他の人物の模範となるような人物のことをさすのだそうだ。他の人々の模範となる生き方とは何か?他者のために自分の命すら犠牲にできることだろうか?


いや、自分の命を犠牲にするくらいは、大した行いではないのかもしれない。死は一瞬であり、実際は恐怖を感じる間もないかもしれない。一瞬で死ねるようにと考えられた温情の刑がギロチンであることをふと思い出した。自分の命を他者のために捧げるということは、そこまで難しい決断ではないのかもしれない。

聖人になるためには、もっと残酷な決断をしなければならないのかもしれない。

ある男が家族と食卓を囲んでいる。

テレビでは、今日も理不尽な惨事が報道されていた。
一体神は、何をしているのか。神の不在を嘆きながら、いつものように、家族と食卓を囲み、先刻、不平を言った神に対し、食事の前の祈りを捧げた。

男は家族を愛していた。彼には、愛する妻とひとりの息子がいた。裕福ではなかったが、何不自由なく、幸せに暮らしていた。いつも二人の幸せを想っていたし、家族が幸せに生きていける世の中を願った。男は怖かった。理不尽に奪われる命に、いつか自分の家族が選ばれてしまうかもしれない。

祈りの最後には、神に向かい、手を合わせ。              心の中で「正しい裁量を・・」とだけ呟いた。

食事が終わり、いつものように、眠りにつくと、
深い眠りが訪れた。

誰かにそっと触れられた気がして、目が覚めた。

目を開けると、男の目の前には、宇宙が広がっていた。
男は、宇宙から地球を見下ろしている状態にあった。
突然のことに、何が起きているのか理解に苦しんだ。

ふと目線を横にやると、そこには立派な翼を持った天使が立っていた。
天使は男に気づくと、男の脳に直接語り掛けた。

「あなたは、この度、救世主に当選しました。さぁあなたの『正しい裁量』で人類を導き、救ってあげてください」
天使は微笑んだ。

「あなたは、聖人になるチャンスが与えられたのです。ここであなたが人類を救うことで、あなたは聖人君子の仲間入りを果たすでしょう」

余りに唐突な話に戸惑ったが、『正しい裁量』という言葉がすぐに自分を冷静にさせた。

「具体的に、私はなにをすれば?」

「正しい決断です。あなたは聖人として、皆の模範になるような、正しい決断を行って頂ければよいのです。これから、神の代行者になったあなたには、1つの重要な選択をしてもらいます。問題自体は難しい問題ではありませんので、心配はいりません」

そういうと天使は男を、地球全体を見渡せる場所まで連れて来た。

「これがあなたの住んでいる星、地球です。とても美しい星ですね」
天使はそういうと、目線を地球からそらし、宇宙の果てを指をさす。

「あの小さい光が見えますか?あれは小惑星なのですが、このまま進めば地球に衝突をしてしまいます」
天使は、表情1つ変えず、淡々と説明をする。

「衝突?それは困ります。神は、一体、何をしてるのですか?」

「神はいません。今、神はあなただからです。人類の神は人類の中から選ばれます。当選で毎回、選ばれているのです」

「私にどうしろと・・」

「今回の衝突を避けることはできませんが、あなたは、軌道を変えることができます。軌道を変えることで、生き延びる数を大幅に増やすことが出来ます」天使は、まったく感情のない言葉で説明をした。

「人類はこの衝突で多大な打撃を受け、放っておけば、種自体が滅んでしまう程、数が減少します」

天使は、地球に再び視線を移した。

「滅亡・・?これは考えるような問題なのですか?たくさんの人達を救えるために、軌道をずらす。他に答えがありますか?」

「軌道をずらしても、全ての人が助かるわけではないのです。軌道をずらさなければ、助かっていた命は、代わりに失われます」

「救える命を意志で決めなければならない。とても大任です。正しくとも、みんなが躊躇して、出来ない決断を出来るのが、聖人だと私は思っています。そこに感情を挟んではいけない。理性的に冷静に決めないと、それが命に優劣をつけない模範的な正しい決断。私にはそれが出来る。だから、『正しい裁量』が出来る私が選ばれたのでは?」

「それは私にはわかりません。ただ言えることは、答えはあなたが持っています。あなたに決定権があり、あなたが神なのです。あなたが選んだ答えが、正しい裁量です。あなたが、たくさんの人を救いたいと思うのであれば、そこのボタンを押してください。軌道が修正されます」
天使が指を指す方向には、ボタンと照準のようなものが置かれていた。

その照準の先に、小惑星が飛んでいくことになります。

「本当に、このボタンを押せば、軌道が変わって、人類が多く助かるんですね?」

「はい。それは間違いありません。その照準の先の僅かな人達は亡くなりますが、人類は滅亡を避けれる可能性が大幅にあがります」

人類が生き残るためには、少ない犠牲は仕方がない。人類が滅亡してしまったら、意味がないのだから。きっとみんなも私のこの決断を理不尽だとは思わないだろう。男は意を決した。

男が照準をのぞき込むと、男は言葉を失った。
そこには自分の愛する妻子が幸せそうな顔をして眠っていた。

「・・・・・」
天使は、冷淡に男の顔を観察していた。


男が照準をのぞき込んでいる横で、
また別の男が別の天使に連れてこられていた。

天使は、史上最悪のテロが起きることを男に伝え、
これは、まだ防ぐことが出来ると告げた。

そのために、男は呼ばれたのだと説明を受けた。

天使は、男の脳に直接、凄惨な映像を見せた。
どんな兵器を使えば、こんな凄惨なことになるのかわからなかったが、
そこには死体の山が広がり、その中には、男の家族も含まれていた。

「これはひどい・・」
男はつぶやいた。

「ほとんど人類は死滅してしまうようなのです。でも、安心してください。まだこれは起きていないのです。だから、止めることができますよ」
天使は答える。

「実は、このテロを引き起こす人物の居場所を知っている重要な人物を捕らえています」

「そのテロリストの一味ということですか?」
男は人類を救える可能性に喜んだ。

「いえ、一味ではありません。困ったことに、その人物は、ただテロリストの所在を知っているというだけで、何か悪事に加担しているとか、悪事を働いたということではないのです。ただ、その人物しかテロリストの情報を知らないのです。テロリストの情報を聞きださなければ、先刻見せたように、あなたの家族も、また罪のない人達も、たくさん死んでしまうことになるでしょう・・残念なことです」

天使はそういった手前、少しも残念だという表情を見せなかった。

「話はわかった。それで、俺は何をすれば?」

「あなたが出来ることは決断です。そして、実はもう時間がありません。
テロリストは先刻、決断をしたようです。これから、あの凄惨な未来に向かって進んでいきます。あなたがあなたの大切な人たちを守るためには、どんなことをしてでも、情報を聞きださないといけないでしょう」

「どんなことをしてでも・・?」

「これが必要になるかもしれません・・」
天使は、無言で男にナイフを握らせた。

男の顔が一瞬、強張る。

「あなたは選ばれた聖人です。あなたには、未来を変えるチャンスが与えられているのです。あなたの気持ちもわかります。罪のない人間を拷問しなくてはいけない。ただその人物からテロリストの情報を聞きだせなければ、
あなたの家族は死にます。たくさんの罪のない人達とともに、さぁ、時間もありません。決断を・・」

「一人の尊い命の犠牲からたくさんの命が救える・・そう考えたら、きっと今から俺が拷問する人物も、許してくれるはずだ・・」
男は覚悟を決めた。

「・・・・」
天使は、男の覚悟が決まったと感じると、長い長い廊下の先の扉を指さした。男はゆっくり、天使が指し示したその廊下を歩いた。
その間に葛藤がなかったかと言えば、嘘になる。
ただ、扉の前にやってくる頃には、男の覚悟は決まっていた。

男は扉の前までやってくると、ナイフを強く握りしめ、部屋の中へと勢いよく入った。

部屋の中には、たくさんの拷問器具が置かれ、閑散とした部屋の中央には、とても幼い少年が、顔を青く腫らして椅子に縛られていた。


丁度、男が長い長い廊下を進んでいる時に、少年は天使と話をしていた。天使は少年に向かって、優しく語り掛ける。

「君のお父さんは、これから世界を救うヒーローになろうとしている。
とってもかっこいいお父さんなんだね。でも、1つ問題があってね。
それを阻止しようと、悪い男が君のお父さんの命を狙っているんだ」

男の子は驚いた。

「男は、君のお父さんの事をよく知らない。だから、君からお父さんの事を聞きだすために、この部屋にやってくる。もし君がお父さんのことを少しでも言ってしまったら、お父さんは、殺されてしまうだろうね、それでもいいかい?」

男の子は首を横に振った。

「とても悪い男なんだ。君のことを殴るかもしれない。殴るだけじゃない、もっとひどいことをするかもしれないよ。なんとしてでも、お父さんのことを君から聞きだしたいはずだからね」

男の子は怯えた。

「君のお父さんは、とても立派なお父さんで、みんなを救うヒーローになるわけだけど、君もそんなお父さんのこどもだからね。君もヒーローに選ばれたんだよ」

男の子は目を丸く見開いた。

「君がヒーローになるのは簡単なことなんだ。ただ、お父さんのことを言わなければいいだけなんだよ。君が言わなければ、お父さんは、助かるし、お父さんが助けようとしているたくさんの人たちも助かるんだ」

少年の目に少し勇気が宿った。                    

「でも、相手はとてもとても悪い男だからね。君が痛がることが大好きなんだ。だから、痛みに耐えられなくなって、お父さんのことを言ってしまったとしても、それは仕方がないことかもしれない・・お父さんもきっと許してくれるさ。お父さんの事を、言うか言わないかは、君が決めたらいいんだ。心が決まったら、1度強く頷いてくれるかい?」

男の子は、目をつぶると力強く頷いた。
次に目を開けた時には、もう天使はいなくなっていた。

男の子は、知らない間に、自分が椅子に縛られて身動きが取れなくなっていることに気づいた。

扉の外から足音が響き、勢いよく扉が開く。
外から鬼気迫る表情を浮かべ、手にナイフを持った男が入ってきた・・・。


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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)∴高熱に魘され体調不良中(11/14.現在)

「1WEEK短編小説」

毎週木曜日に更新される短編小説になります。毎週「単語」をランダムで選び、そこから想像される物語を綴っていきます。
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