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「Angel lie(短編小説)」

私の家の庭には、たくさんの彫像が置かれている。


いつしか置かれるようになった様々な彫像たちは、全て母の趣味であった。


母は綺麗なものに目がない。
ここは、母の秘密の楽園であるらしかった。
庭には侵入者を拒むように薔薇が育てられ、茨の城と近所では噂されていた。


庭に出てみると、見慣れない彫像が置かれていた。
それは、人に羽の生えた「天使の彫像」だった。


私は、はじめて見るその姿に、しばらく目が止まってしまった。
神々しさのようなものが、そのフォルムからは感じられた。
人に羽が生えているだけなのに、どうして美しいのだろう・・
そんな風に思った。


それから月日が経つと、「天使」は珍しくないものとなった。
母の集めている「彫像」が、いつの頃からか「天使」だけになったからだ。


そういえば、父は母の彫像を集めるという趣味を気味悪がっていたっけ・・。


父との思い出を振り返っていると、視線の端で何かが光っているのが見えた。私は光のある方へ急いで向かった。


そこには、もう珍しくなくなった「天使の彫像」があった。
しかし、この天使はどこか違っていた。

私は、天使を注意深く見つめると、天使が涙を流している事に気づいた。
実際は、昨日の雨の滴が目の窪みから流れ落ちたに過ぎないのだが・・。


私は、とっさに自分の背丈より高い天使の胸の辺りに耳を押し当てた。
すると、石の中から声が響いた。


「私を解放して」
辺りを見回したが、どこにも人はいない。


この天使の彫像から聞こえているのかもしれない・・。
そう思った私は、もう1度耳を押し当てた。
再び声が響く。


「ここに閉じ込められています・・解放してください」


天使の切実な訴えが、私の骨を伝って響いてきた。
聞こえるかどうかわからなかったけれど、私は天使の彫像に向かい言葉を発していた。


「どうしたらいいの?」


「彫像を壊してください」
天使は答えた。微かに、彫像から光が洩れている。そんな風に感じた。


私は、母が大切に集めている彫像を壊すことに躊躇いがあった。
きっと悲しがるに違いない。そう思った。


それでも、天使の悲痛な声を聞いていると、このままにしておけないと思った。
庭には、まだたくさん天使の彫像がある。
1つくらいなくなっても、母には気づかれないだろう。
そう思った私は、意を決して、近くに置いてあったハンマーで天使の彫像を思いきり叩いた。


「ピシッ」と音を立てると、彫像は丁度、真ん中で真っ二つに割れた。
すると中身から、射すような眩い光が一瞬溢れでた。
次の瞬間、空間には、ソフトボールほどの光の玉が浮かんでいた。


しばらく宙に浮かんでいる光の球体を見つめていると。
テレパシーのように心の中に声が響いてきた。
それは先ほど響いていた天使の声に相違なかった。


その声は私にお礼を言うと、自らを天使だと伝えてきた。
人間に捕まり、石像に閉じ込められているのだと言う。


天使を捕獲するなんて、一体誰がそんなことをしているのだろう。
とても気になった。


「この庭を、天使で埋め尽くしたいの」
母が庭先で、優雅に紅茶を飲みながら、私に言っていた言葉を思い出す。

天使は私に向かって言う。
人間は、五体が満足であるが故に争いが起きていると。


視覚があるから見た目の差別があり、
耳が聞こえるから、言語の違いを感じ
口があるから他人を批難するのだと。


天使には、そういった機能がなく、彼らはただの光であり、違いがないことを教えてくれた。

天使は、大昔、言語は1つだったことや、底知れない人の闇の歴史について語ってくれた。


どのくらいの時間が経ったのかわからない。

私はたくさんのことを天使から教わった。
そして最後に、天使は助け出してもらったお礼をしたいといい。
私に「天使にならないか」と問いかけた。


私は母と幼い弟を残してはいけないと答えた。


天使は光であるため、その表情を伺い知ることはできなかったが
光を見ているとなんだか気持ちが伝わってくるような気がした。
私の答えに対し、天使は、とても残念がっていたようだ。


私は、天使に、もう2度と人間に捕まらないようにとだけ伝え、お別れをした。


天使は、名残惜しそうに、私の前を何周か回ってみせると、光の柱のようになり、天空へ昇っていった。


しばらく天使の入っていた彫像の残骸と、天使の消えていった空を眺めた。
先ほどまでとは違い、そこには静けさだけがあった。

私たちのよく知る天使の姿と、実際の天使とは違っていた。
天使とは羽の生えた人の姿だと思っていたけれど
それは人が天使(光)を押し込めるために作った仮の姿なのだと知った。


私は天使に出会ったんだ。
母にも、今度、教えてあげようと思った。


天使の入っていた彫像の残骸を片付けながら、石の重さを実感する。
この中に押し込められていたのかと思うと、なんだか窮屈さを感じた。
私も天使のように光の球体だったとしたら?
そんな疑問が浮かんできた。


今、私は石の体ではないが、肉の体の中に押し込められている。
そのせいで鈍いのかもしれない。今まで、不自由さを感じたことなどなかったが、光になって飛び回る天使を見てから、なんだかとても居心地の悪さを重さとして感じた。


はじめて天使を目撃してから、月日が経った。
私はそれから、母の隙を見ては、天使を救う活動を続けていた。
具体的には、天使の彫像を破壊することだ。


私が出会った天使のように、光を発したり、声を発するものに出会うことは、もうなかったけれど。それでも、解放をしてあげたいと思った。

そんな私の凶行に、母も気づいていないわけではなかった。
母は私と幼い弟を呼び出し問いただした。


「最近、庭の天使の彫像を壊しているものがいるんだよ。
のら猫か何かだと思っていたけれどね。どうも違うみたいなんだよ。
あなた達じゃないわよね?」


私も弟も知らないと言った。
弟の知らないは本当で、私の知らないには嘘が含まれていた。


母は、私と弟の瞳を交互に見た。


「嘘は言っていないようだね。
嘘をつくような子になってはいけないよ?
神様はちゃんとご覧になっているんだからね」


母は神様の存在を信じていた。
そして嘘をつくということは、なによりの大罪だと私たちに強く諭した。


そんな折、庭にでた私は、見慣れない真新しい天使の彫像を見つけた。
微かに光が洩れている。そんな気がした。


この天使は、まだ生きているかもしれない。
そう思った。


そばに近寄ると、天使の彫像は、珍しいこどもの天使の形をしていた。
まるで先程まで生きていたかのような柔らかい表情をしていた。


本当に石なのかな。私は疑った。
私は自分の背丈と変わらない幼い天使の心臓部に耳を押し当てた。


「ドクン・・」
脈打つ音が聞こえてきた。


私はひどく驚いた。この天使は、まだ生きている。
今、まさに石像にされたばかりの天使がここにいるのだと思った。


そして小さい頃に、父が読んでくれたギリシャ神話の本にでてきた
「メデューサ」という見たものを石に変えてしまう怪物の話を思い出していた。


すると、幼い天使の彫像から、光が一瞬発せられた。天使特有のあの光だ。
私はもう1度、天使の胸に耳を押し当て、安否を確認した。
音は弱くなりはじめていたが、確かに鼓動していた。


私は、声に出して聞いた。
「天使さん、大丈夫?」
しかし、反応はない。


私は、柔らかい表情をしている顔の部分にそっと触れてみた。
まだ柔らかい。石がまだ固まっていない。そう感じた。
やはり作られたばかりなんだ。


私は急いで、手で力強く彫像の顔の部分を拭った。
顔の石膏がはげていく度に、中のものが露になった。
私は、はじめて会った天使のように、石の中から光の球体が飛び出てくることを予想していた。
しかし、この幼い天使は違っていた。


顔に塗られていた、石膏を拭い去ると、天使の正体があきらかになった。


それは、私の弟だった・・。


すると、「スコーン」という音がしたかと思うと、私は自分が地面に倒れていってるのを知った。
しかし身体の自由が効かない。そして気が遠くなるのを感じていた。


気を完全に失う前に、私の足元に見慣れた長靴が見えた。
力無く、瞳を動かすと、スコップを持った母が立っているのが見えた。


「なんだ、やっぱりあんたの方だったんだね」


母は彫像を壊していた犯人を見つけたことに、安堵の表情を浮かべ笑っていた。


今、私は弟の隣に並べられている。


そばには、行方不明になっていた父の像もあった。


私もここで、母のお気に入りの天使となるんだ・・。

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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)∴高熱に魘され体調不良中(11/14.現在)

「短編小説(~2018)」

短編小説家KOTORIによる2018年までの過去作品。
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