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「桃太郎(短編小説)」

絶海の孤島である鬼ヶ島に小船をつけると、桃太郎は鬼の島に上陸した。
お供の犬、猿、雉もそれに続いた。


 桃太郎はその目で生きた鬼を見たことがなかった。村には伝承として伝わり、祀られている鬼の首があった。もう何年も前に子供を浚いに来た一際大きな鬼を村人たちが総出でかかり、討ち取ったのだという。鬼の力は強力で、大の大人が10人でかかっても仕留めることが難しかったと聞く。


 鬼は人を食うとされていた。中でも赤子の柔らかい肉を好み、桃太郎もまた赤子の頃に鬼に連れ去られそうになったのだと、爺と婆から聞かされていた。桃太郎は鬼ヶ島を一望しながら、出立前に見た、討ち取られた鬼の首を思い出していた。

 鬼の顔は人より大きく、また赤く紅潮していた。表情は造形が深く、まるで仁王様のような作りをしていた。牙を剥き出しにし、睨み付けるような目でこちらを見つめるその憤怒の形相からは、人間たちへの憎悪や敵意が伝わってくるようだった。下手をしたら、首だけでも動きだしそうだと桃太郎は感じていた。


 犬が帰るための舟を海岸に結びつけると、周囲を探っていた猿が戻ってくる。猿は近くに鬼はいないと手を振って合図をした。


 この鬼ヶ島と呼ばれる鬼の島は、入ったものは生きては帰れないと言われていた。鬼ヶ島の近くには海産物などを取る漁場があり、そこで作業をしていた者たちが鬼に捕まり、その後帰ってこなかったという話を爺と婆から聞かされていた。

 桃太郎は、拍子抜けだと感じていた。桃太郎の想像では、鬼ヶ島に入るなり、村に伝わる鬼の首のような顔をした恐ろしい鬼たちが島についた瞬間に、わらわらと出てくるのを予想していた。


 しかし、鬼の島は静まり返っており、噂に聞いていたような鬼の姿はどこにもなかった。お供の猿、犬、雉も同じ気持ちだったに違いない。周囲に鬼がいないことがわかると、黍団子を食べ始めた。


「どこかに隠れているのかもしれない、警戒を怠るな」と桃太郎はお供に伝え、島の中心部に進んでいく。


 島は荒れ果てていて、鬼の住んでいる様子はどこにもなかった。道中、肉食と聞かされていた鬼の島には、田畑のようなものがあった。そのことが桃太郎には不思議だった。しかしどの畑も焼き討ちにでもあったかのように、燃やされ黒く灰になった畑が一面に広がるのみで、ここに作物は育たないことが予想された。


 桃太郎一行が、島の中心部に辿りつくと、そこには、ひときわ大きい屋敷があった。鬼も人と同じように、田畑を耕し、家に住むのかと桃太郎は少し驚いた。

「ここが鬼の主の家に違いない」
 桃太郎は呟いた。猿、雉、犬にも緊張が走った。


 鬼の屋敷の外観を見渡す。所々損壊していた。きっと鬼が酒にでも酔って暴れたのだろう。鬼の性格の荒々しさが垣間見えると桃太郎は思った。


 桃太郎は、刀を強く握った。きっと、この中には、噂に聞く屈強な鬼たちが待ち構えていて、入った瞬間に、襲いかかってくるに違いない。桃太郎達は、臆せず館の中に入っていった。


 館の中には、桃太郎たちの予想通り、村で見た鬼の首と同じ顔の屈強な鬼たちがいた。鬼の背丈は大きかったが体格では負けていない桃太郎は手にした刀で出てくる鬼たちを一刀の元に斬り伏せていった。お供の猿、鳥、雉も後に続く。


 鬼たちは噂に聞くような好戦的な様子はなく、鬼たちは桃太郎を見るなり、全く抵抗する素振りを見せなかった。瞬く間に、屋敷の中は鬼の死体で溢れた。おそらく島中の鬼がこの屋敷に潜んでいたのだろう。


「鬼ども、恐れをなしたか。噂ほどではないな」


 桃太郎の噂は、鬼の島に事前に伝わっていて、その前評判を聞いていた鬼たちは、桃太郎の力を過剰に恐れ、足が竦み何もできない状態だったのだろう。傷1つつかずに、はじめての鬼退治に勝利した桃太郎は、婆が持たせてくれたお守りを握り締め感謝した。


 桃太郎はその後も、お供と共に、なんともいえない表情を浮かべている鬼どもを構わず斬り殺した。鬼は人とさして変わらず、老若男女いたが、鬼には代わりないという理由で、全て桃太郎一行は、駆逐していった。


 故郷では、桃太郎を待つ優しい爺と婆、家族がいる。桃太郎が鬼ヶ島を滅ぼしたという、この吉報を早く知らせたいと心が躍った。


 鬼をすべて殲滅したかのように思えた折、犬がやかましく吠えはじめた。犬の吠える方へ向かうと、そこには台座の裏に抜け穴のようなものが作られていた。


「鬼は根絶やしにする。ついて参れ」
 桃太郎は、宣言すると、薄暗い洞窟のような小さい抜け穴の中にお供と共に入っていった。


 穴は、入り口こそ小さかったが、中に入ると鬼のために作られているのか、天井は高く作られていたため、身長の高い桃太郎でも容易に通ることができた。やがて奥に進んでいくと、遠くに明かりが見えた。この中に鬼の最後の残党がいるに違いない。桃太郎は勇んだ。


 明かりの奥からは、女のすすり泣くような声が聞こえてきた。近づいてみると、赤い着物を着た鬼の女が蝋燭に向かい、なにやら祈りの言葉を呟き震えている。鬼の女は綺麗な艶やかな黒髪をしていた。


 周りに他の鬼はいない。おそらくこの鬼の女が最後の鬼に相違なかった。鬼の女は、その着ているものの華やかさなどから、鬼の頭領の奥方だと察することができた。

 桃太郎は、鬼は姑息な生き物だと爺と婆に教えられていた。まだ隠れている仲間を呼ばれては分が悪いと思い、声をかけることもなく、啜り泣く鬼の女を背後から斬り伏せた。

「鬼の頭領はどこだ」
桃太郎はひときわ大きな声で叫んだ。


 鬼の奥方は、その場に力なく倒れた。奥方は致命傷を受けていたが、ゆっくり状態を起こすと、桃太郎に向き直り言葉を発した。


「その声は・・桃太郎、桃太郎ですね、会えて嬉しいですよ」


 鬼の女の声は、桃太郎が想像していたよりも、とても澄んだ綺麗な声をしていた。桃太郎は鬼が同じ言葉を話せることに驚いていた。知恵も感情も無い獣のような存在だと教えられていたからだ。とまどいを隠せなかった。


「大きくなりましたね」
 鬼の女は笑顔だった。


 一族を殲滅させた桃太郎を前にしながら、時折、苦悶の表情を浮かべるものの、まるで愛しいものを見るかのような表情を浮かべていた。


「おまえたち鬼はなぜ、人を襲う」
 桃太郎は、鬼が言葉を交わせると知り、鬼のことが少しだけ知りたくなった。

「それを伝える前に、あなたには大事なことを伝えておきましょう」
 目の前の鬼の女から、笑顔は消え、桃太郎を凛とした目で見つめた。


 鬼の女に敵意がないことがわかったのか、先ほどまで臨戦態勢に入っていた、猿、雉、犬もその状況を見守っていた。


「桃太郎、あなたは私がお腹を痛めて、生んだ子なのです」
 猿が怪訝そうな顔で、桃太郎を見つめた。猿が疑うのも無理はなかった。桃太郎は確かに鬼の容姿によく似ていた。また、鬼であったのならば、その鬼神のような強さも頷ける。


「なにを言うか。桃太郎は人間だ」
 桃太郎は、鬼の女の言うことを認めるわけにはいかなかった。


「いいえ。あなたは私たちと同じ鬼です。ある時、ひとりの人間がこの島へ現れ、幼いあなたを連れ去っていきました。あなたは、まだ物心もつかない赤子でしたから覚えてはいないのでしょう」
 鬼の女の桃太郎を見る目には曇りがなく、また、その眼差しは、子を見る母のものであり、自身を母だというこの鬼の女の話が嘘でないことは桃太郎にもわかった。


「なぜ、人を殺す」
 桃太郎は、とうてい呑み込めない話だと、話を摩り替えた。自分はあくまで鬼ではなく、人なのだと自分に言い聞かせるように。鬼の女は悲しい表情を浮かべ桃太郎に言う。


「先に私たちを殺したのは、人間の方なのですよ。私たちは何度もあなたを返すように交渉を続けました。しかし人間たちはあなたを返してはくれませんでした」
 奥方の目には涙が浮かぶ。鬼の目にも涙という言葉がこの時、出来たのかどうかはわからない。しかし鬼の涙は、桃太郎たちと遜色はなかった。

「桃太郎、あなたの父はとても勇敢な人でした。あなたを返してもらうために、何度も人間の島に出向いては交渉を続けていましたが、ついに帰ってくることはなかったのです」


 鬼の女は着物の裾で涙を拭いた。

「人の島から帰ったものの話では、あなたの父は人間の汚い罠にかかり、むごたらしく殺されたと聞いています。今では、鬼の首として、見世物にされているとか。亡骸を返してもらうことも叶わず、弔ってあげることもできないのです」
 この時、桃太郎の脳裏には、村に伝わる憤怒の表情をした鬼の首が浮かんでいた。

「もっとそばにきておくれ、桃太郎。母にその姿を見せておくれ。あなたが今日来るまでの間に、人の迫害を受け、鬼の数は減少し、私たちの集落を残すのみとなってしまいました。それも今宵で終わるでしょう」
 桃太郎の前の松明がめらめらと燃えている。


「良いのです。私たちは人を、あなた達を恨んでいません」
 鬼の女は、猿、雉、犬を見つめて言う。


「これから続く長い歴史の中、鬼はここで滅ぶべきものだったのでしょう。母はとうに覚悟を決めています。ただ死ぬ前に、ずっと気がかりだったあなたの姿を一目でも見れて良かった」
 桃太郎は、自分の母かもしれない鬼の女の話を黙って聞いていた。

「私があの時、浚われたあなたのことを忘れ、はやくに見切りをつけていれば、一族を巻き込まず、こんなことにはなっていなかったのかもしれません。もうあなたはとうに死んでしまっているんじゃないか。そんな風に思い込もうとしたこともありました。しかし母にはあなたが生きていることはわかっていましたよ。信じていましたから。そして今日、会えましたね。大事に育てて頂けたんですね。よかった」
 雉が痺れを切らしたかのように鬼の女を始末しようと、動く。桃太郎がそれを静かに制止する。

「あなたに殺されるのなら、私も本望です。人間の手にかかるくらいなら、こうしてここで自害するつもりでいました」
 鬼の女は自決するための短刀を地面に置いた。桃太郎の放った一刀が致命傷だったようで、いよいよもって死が近いのか、呼吸が荒くなりはじめた。

「強く優しい子に育ちましたね。人間たちを守るために、ここへ来たのでしょう。母として、あなたにしてあげたかったことはなにもできませんでした。許してください。それでもあなたを愛していました」
 鬼の女は、その目に焼き付けるかのように、真っすぐ桃太郎を見つめた。それを横目で見ていた猿が今度は動いた。

「人間から巻き上げた財宝は?」
猿が発言した。

「ここには、もう財宝の類いはありません。全て人間たちとの交渉で使ってしまいました」

「そんなはずはない、どこかにあるはずだ。報奨も無く命をかけたとあっては、恥だ。このままでは帰れない。」
 猿は苛立ちを隠せない様子だった。猿は財宝目当てで、鬼退治に参加をしていたのだ。

「桃太郎、私の首を持ち帰りなさい」
 鬼の女は桃太郎の刀を自分の首に当てた。

「財宝はありませんが、私の首には価値があるでしょう。持っていきなさい。桃太郎、よく聴きなさい。あなたは人です。良いですね?あなたは鬼ではありません」
 鬼の女は、ここにきてから、見せたこともないほどの鬼気迫る表情で桃太郎に詰め寄った。

「ここで聞いた話は全て忘れなさい。鬼があなたを貶めるためについた戯言です。私のことも他の同胞たちと同様、けだものを斬るようにして、斬り捨てなさい。あなたの一族はもうこの世にありません。あなたは人として生きなさい。あなたは人として幸せになりなさい」
 鬼の女は、そう告げると、刀を放し目を閉じた。


 桃太郎は躊躇し、母を斬ることができずにいると、鬼の女は、そんな桃太郎を愛しい目で一瞥すると、自ら刀で首を斬ると、その場に倒れた。地面には鬼の女の赤い血が流れでた。


 桃太郎は、しばらく考え込んでいたが、振りかえるとその場で、猿、犬、雉を斬り殺した。そして乗って来た小舟に静かに乗りこむと、どこかへと消えていった。


桃太郎の行き先は誰も知らない・・。

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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)∴高熱に魘され体調不良中(11/14.現在)

「短編小説(~2018)」

短編小説家KOTORIによる2018年までの過去作品。
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