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「DeepSea-深海-(短編小説)」

深い深い海の底に沈んでゆく感覚

これは夢?


いいえ。息苦しさを感じるから
これは現実に起きていること。


力を抜いているのに
浮力がないのか、ちっとも浮き上がらない
どんどん深く沈んでいくのを止められない

やがて海の底に足がつくのを感じた。


図鑑でみた深海の世界が広がる
海の底は、想像よりも遥かに明るい。


光源はなに?
わからない。


「お嬢ちゃんは、上から来たのかな?」

振りかえると、そこには老人が立っていた。


優しそうなおじいさん・・
そう思った。


海の底でしゃべれるんだ?
いいえ。そんなことよりも、海の底で人に出会う奇跡ってどのくらいの確率?

酸素が足らない私は考えることを放棄した。


「できれば、上でのことを聞かせてくれないかな?」

海の底で出会った老人は、私に世間話をしてくれと頼んだ。


「上は、とても息苦しい世界です。ここと変わらないですよ」

そう答えた。


「今、苦しいかい?」

老人は微笑むと、私に問いかけた。


変だ。少しも苦しくない。


呼吸ができているの?
それとも私は魚になったのかな・・
そうなったのならいい。


自由に泳ぎ回ることができるから
そんな妄想をした。


「苦しみを感じないのなら、上での話を続けてくれないか?」

「たいして面白い話はできないですけれど・・」


私はそう前置きをして、当たり障りのない話などをし、やがて学校でのいじめのことなどを老人に話した。

「それは大変だったね。それでこの海の底に逃げ出してきたってわけだね」


一瞬、息苦しさを感じた。
私は大事なことを思い出そうとしていた。


「私、もう帰らなくちゃ・・」


「どこへ?」


老人は、そう私に問いかけた。


どこだっけ?
私にもわからない。
でも帰らなくちゃいけないという想いだけが、強く込み上げてきていた。

「もう少しだけ、ここにいてくれないかな?お嬢ちゃんのお話を聞きたがっているのは、こんなにいるんだよ」


老人が視線を横にやると
たくさんの人たちが、私と老人を囲んでいた。
老若男女、今までこんなにたくさんの人がどこに隠れていたんだろう。

私は息苦しさが限界に達していた。
ここは間違いなく海で、私は間違いなく人間に違いなかった。

「ごめんなさい、一度上に戻ります・・」


そう伝えて上にあがろうとする私の腕を青年が掴む。


「なにするの?」


「掴めたってことは、もう君は戻れないってことなんだよ。あきらめたほうがいい」


私には彼の言っていることがまったくわからなかった。ただ気になるのは、彼に掴まれている私の手首には切り傷があるということだ。


「気づいたみたいだね。君はね、この海に身を投げて自殺をしたんだよ」


老人は私に事実を伝えた。
それは私が思い出したくはないけれど、思い出さなくてはいけない記憶の欠片だった。


パチパチと海の中で乾いた音が鳴る。
一斉に群衆が拍手をはじめたのだ。


「おめでとう、苦しみからの解放」


「それじゃ、私はもう苦しまなくていい世界に来れたということ?」


ここは天国かもしれない。
思い出してみれば、地上は地獄に違いなかった。姿形は違うけれど、この人たちは天使なのかもしれないと思った。


「いいや、君は終わりのない苦しみが、これからはじまるんだ」


「え?」


「君は、もう死ねないから、終わりがない」


私は彼らの言ってることが理解できずにいた。


「君の心が痛むんだよ。僕たちも同じ痛みを感じている。君の仲間だ」


私の手を掴んでいた青年が言う。


「でも、あなた達は、そんなに辛そうじゃないけど・・なんで?」


彼らの表情には余裕があった。苦しみとは縁遠いように思えた。終始、笑顔を絶やさない。それは満たされているような悦の表情だった。


「君が来てくれたからだよ」


青年が救世主を見るような目で私をみる。


「君の命が一時、僕たちを痛みから解放してくれるんだ」


私には彼らの言ってることが半分ほどしか理解できなかった。

「私の命であなた達の苦しみが和らいだってこと?」


「そうだよ。一時的だから、またすぐ痛む」


恐ろしいことを言うやつらだと思った。こいつらは、ピラニアのように海に落ちた肉を貪るような連中なんだ。


そんなことを考えていると、急激に苦しさが増した。まるで過呼吸がずっと続くかのような苦しみ。


「苦しいだろう?楽になりたいなら、君の家族、友達、恋人、誰でもいい、連れてこれそうなのはいるかな?」


老人の笑いがこだまする。
深海は再び暗い闇に閉ざされた。


この海岸は、自殺の名所として有名だった。

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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)∴高熱に魘され体調不良中(11/14.現在)

「短編小説(~2018)」

短編小説家KOTORIによる2018年までの過去作品。
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