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「SCAPEGOAT(1WEEK短編小説)」

ペットに餌をあげると言って
彼女は画面上の男に餌代を投げ入れた。
この餌代が画面上の男の食べ物に変わるらしい。

これは、胃袋をつかむといったようなことではない。
食と排泄を管理することは、完全に支配したということだから。

画面の男に向かい、「何か食べなさい」と命令をする。

野生の動物は、自分達が食べたいときに食べる。
しかし、調教され、飼われた動物は、許可が出るまで食べられない。
常に飼い主の目があり、言動、行動ともに自由にならない。


飼われるということは、安全と同時に、自由を手放し、自分が自分であることを奪われる。

生かされている者と生かしている者との主従関係がここにあった。

画面という檻の中の男性は、大きな声をあげたり、喜怒哀楽を大袈裟にアクションで示し、疲れたら眠るという動物と同じ行動をした。彼にプライバシーは皆無だった。

画面の中の男に人権はなかった。
皆が現実の不満なんかを言葉を剣に変えて、男が死なない程度に切り刻んだ。男はそれでも笑っていた。

男は知っていた。自分が道化師であること、
大衆が求めているのが、自分の知能ではないことを。
彼にとっての太い客である金払いのいいスポンサーは、彼にそれを求めていることを知っていた。自分の檻を見ている人間たちは、言葉を話す人間的な自分ではなく、時々奇声をあげたり、奇怪な行動をとる動物的な自分を求めている。

そのことを経験から知っていた。
彼はそんな時、動物園の動物も実は知能が高いのかもしれないと感じることがあったという。

ある人が「知性は白目に宿る」と言った。
黒目は本能だ。鮫は御馳走にありつくときに、黒目が大きくなる。人に好まれる愛玩動物は黒目が大きいものが多い。黒目は知性とは遠い、欲望を表現したものなのかもしれない。

男性のすぐ隣の画面では、男とは対照的な小奇麗な男性が知的な発言をしているが、その檻の前には人は集まっていなかった。
動物が話すことが出来たら、可愛いという話があがったりするけれど。
そうでないことを、画面の中の男性が証明しているようだった。

人は動物を求めている。
自分より完全に下の生き物を見て、自分を安定させているところがある。
可愛いの語源は可哀相から来ているという説もあった。

自分が餌をあげることで、その人間を生かしているという役目と喜びを手に入れることが出来る。犬が可愛いのは自力で生きることができないからだ。


もらう側だけが得をしているわけではない。共依存の関係にある2つに共通してある利点は、「生きる目的を考えないで済む」という最も大きなものだった。考えの放棄ほど甘美なものはない。


自分がいなければ、この人はだめだと互いに思い合うことで、自分が明日も生きなきゃいけない理由を得ることができる。

私が死んだら、この人が生きていけないから。互いがそんな風に思っていれば、それほど強い生きる理由はない。

この人のためにと思い込むことで、自分ひとりの命ではないと思わせたい。
自分ひとりの命は軽く、今にも風にさらわれ、飛んでしまいそうだ。
錘(おもり)を足につけることで、地に足を無理矢理つけ、現世に自分を固定させる。錘は重ければ重いほうがいい。多ければ多いほど、容易には死ねなくなる。大企業の社長は、たくさんの錘がついているのだと感じた。


本当は、ただ、ただ寂しいだけなのかもしれない。


動物を飼うとき。「最後まで面倒を見る事」を約束させられる。
他の生物の一生を看取る事で、命(死)をもって、命を学ぶということを教えられる。

死をそばに置くことで、生きることを感じる。
自分よりも早く死ぬであろう生を囲うことで、目の前で「死」を飼っている。死を手中に収めているのだ。万能であると誇示したい人間の傲慢なのかもしれない。死さえも自分の匙加減なのだと、言いたいのかもしれない。

自分がいつ死ぬかはわからないが、
目の前の弱いペットは自分よりも早く死ぬ。

人と動物の違いは、人に飼われている人も同時に、自分がいつ死ぬかはわからないが、目の前の飼い主よりは自分は長く生きると想っている点だ。

死なない人間はいない。
だから足掻くことは無意味、死から逃げ回っても仕方ない。

熊に襲われた2人の旅人が、1人は早々に諦め、もう1人は靴紐を結び始めた。諦めたほうの旅人は言う。「無理だ。どうせ逃げられない」
もう1人は言う。「君より早く走れればいい」

死からは絶対に逃げられないが、
目の前の人よりは少しでも長く生きたいと望むのが人の性かもしれない。


「生きることが尊いと感じるのは、死を間近で見た時」というのは、皮肉が効いている。

そんなことを考えていると、
画面の中の男が手を使わずに食事をし、餌を食べ終えた。

女の手の平の上で飼われている檻の中の男の飼い主はひとりではなかった。男に餌をあげるものは、たくさんいた。

男にとって、誰からもらった餌も、特別ではなく、ただの餌だった。この女に捨てられたとしても、男には生きる術があった。

男は檻の中にいるが、野良だった。
誰にも本当は懐いてなどいなかった。
ただ、たくさん餌をくれる人間には、懐いているフリをした。

本当は自由に裏から出入りも出来た。
飼われたふりをしているのだ。

皆様の期待に応えられるよう、今日も満面の笑顔を浮かべた。
時折、白目が混じるその瞳を見て、女は出かける仕度を始めた。

女は餌代を稼ぐため、今日も大きな黒目のコンタクトをつけ、街に消える。


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KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)

「1WEEK短編小説」

毎週木曜日に更新される短編小説になります。毎週「単語」をランダムで選び、そこから想像される物語を綴っていきます。
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