見出し画像

「PLEDGE(1WEEK短編小説)」

ある時、私のお気に入りの青い熱帯魚が
水槽の中で浮いているのを発見した。

絶命していた。
もう水面に波紋1つ立てることもなかった。
昨日まであんなに元気に泳いでいたのに。

綺麗な青い鱗とバレリーナのような尾ひれが特徴的な子だった。
もう何年も一緒に時を過ごしてきた。

水槽の中を優雅に泳ぎ回るこの子に何度となく助けられた。
言葉を交わせるわけではなかったけれど、私にとってこの子は家族同然だった。

他人からしたら、魚の死なんて微々たるものかもしれない。
それでも、私にとっては、この子の命は重かった。

私はとても悲しんだ。

それを見ていた母が言う。

「どうして泣いているの?」

「どうしてって、私がこの子をすごく可愛がっていたのを知ってるでしょ?」

「そうね。でも、もう死んでしまったのだから、諦めなさい」

「ママにはわからないの?私とこの子の絆の強さが・・そんなに簡単に・・」
そう私が言いかけると、ママは冷淡に口を開いた。

「それで4匹目よ?あなた、全然気づかないじゃない?一体、今まで泳いでいた4匹のうちのどの子をその子だと思ってるのかしら?」
ママは笑った。

「あなたにとって、その子はただの色と形よ。あなたが悲しむと思って、毎回、死んだ魚をわからないように、生きたものと、すり替えておいたのよ。
出来るだけ似た形のものを見つけてきてね。あなた全然気づかないから、可笑しかったわ」

「そんなのってひどい」

「どうして?実際、魚が死んで、今あなたは落ち込んでるし、絶望的な気持ちになってるでしょ?それなら騙されてた方が幸せだと思うんじゃない?ママが間違ってるの?」

「・・・・」

「あなたは私が今日も間違えずに、魚を取り替えていたら、ずっと気づかなかったのよ?どっちが良かった?あなたは死んでる魚が見たいの?それとも生きてるのが見たいの?今日のあなたの反応を見たら、答えは出てるように思えるけどね」

「ママはそんなことをして、何がしたいの?」

「何って?ママは、あなたを悲しませたくなかっただけよ?でも、そうね。あなたにとっての絆ってなにかしら?その魚も可哀相よね。あなたはその子たちの誰も理解していなかったわけでしょ?」

私はママが魚をすり替えていたことに気づけなかった手前、言い返すことが出来なかった。

「でも悲しむことはないわ。そんなものよ?ただの魚だわ。話せないのだから、わからないのも無理はないわね。だからもう忘れなさい。傷つくことなんてないのよ。ずっと騙し続けることは出来なかったと思うし、いい機会だったわ」

私は、この子たちと心で通い合っていたと思い込んでいたし、想い出を重ねていたと思い込んでいた。でも実際は、この子は4匹目の子で、私は最初の子をずっとこの子に重ねていたんだ。なんだかとても切なくなった。私はなにも見えていなかった。                    

この子をこの子として愛さず、この子として見てあげれず、ずっと最初の子の亡霊をまとわせて愛してしまった。
それがなんだかとても罪悪感を感じた。

それでも、もう戻らない。動かなくなった死体を見て、大切なものを完全に失ったという動かない事実だけが私を震わせた。
今まで当たり前のように、毎日一緒にいたものがいなくなることの喪失感を到底受け入れられないと思ってしまった。

マジックはタネを知らなければ、同じマジックで、ずっと楽しむことが出来る。事実はとても静かで温度もない。ただ淡々と事象があるだけで、そこには、もう何もないんだ。

ママの言うように、この「大切なものを失った」という事実を受け入れるくらいなら、嘘でも、ずっと騙し続けて欲しいと思った。
動いてさえいてくれれば、中身が変わっていても、わからない。本当は気づいていたとしても、気づかないフリを出来ると思った。喪失という事実に気づかないためには、どこまでも鈍感になれる。そんな気がした。

死んでしまった家族の死体としばらく暮らしてる人や愛するペットの死体を何か月も抱き続けたという話を私は知っている。
その気持ちが少しだけわかる気がした。形がなくなって灰になってしまったら、本当にもういなくなってしまった気がするから。

縋ってしまうんだ。形に。
人は忘れてしまう生き物だから。
亡骸でもいいから一緒にいたいと切に思う。
冷たくなってしまっても、そこに有形で存在してくれているだけで、まだ一縷の望みが残されてる気がするから。
一緒に自分の時間も止めてしまえたら、どんなに楽だろう。
死を受け入れるのには、亡骸が完全に朽ちて、自然に灰になるくらいの時間がかかるのかもしれない。そう思った。


「騙されていたい」
残される悲しさに耐えきれない。
形だけでいい。形だけ取り繕ってくれれば、後は自分を騙していける。
その嘘を抱いて生きていける。そう思った。

ふと、その時、愛されながら死んでいった側はどうだろうと考えた。

「生きてるあなたは好きだけど、死んでるあなたは好きじゃない。あなたの死は認めない」それは酷く、ひとりよがりが過ぎると思った。

都合の良い所だけ欲しい。それは片側しか見えていないことだと思った。
愛していない。それは都合が良い愛し方だと思った。
ずっと私の片思いだったんだ。

そんな私だったから、本当のこの子たちが見えなかった。

私を愛してくれた人がいたとして、私が私として愛された時間は、私が死んだとき、私と共に消えていく。
それでいい。それがいい。

それは、私が私として生きた証。私として生きたLIVE感だと思った。
その大切な想い出が誰かに上書きされて、引き継がれて、独り歩きしてしまうことは、なんだか切ないと思った。

私に似た人に、私の名前をつけて、私に接したように接すること。
そんなひどい扱いはないと思った。そんな相手の姿を見てられないとも思った。

私にしたように、私に似た人に接すること、愛することは、私に対しての冒涜のような気もした。

だから、私は、死をしっかり受け入れることにした。
ちゃんと、キミをキミとして、埋葬したい。
終わりをちゃんと見届けるからね。

死を受け入れることまでが、その人との愛を全うしたことになる。
終わらせること、そこまでが、きっと本当の愛の形なんだ。

生命は感謝して、残さず食べる事。
それは有形無形に限ったことじゃない。

「死」は、2度は訪れない。決してコピーできない。1番大事で大切な1度しか訪れないドラマ。だから、愛すべき想い出なんだ。

その日、4匹分のお墓を作って弔った。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

12

KOTORI

短編小説家@山梨在住の03年生まれ。人の中にある「闇」世の中の「影」にライトを当てる点灯屋。尊敬する作家「芥川龍之介」【告知】新作→1WEEK短編(※毎週木曜日に更新中)

「1WEEK短編小説」

毎週木曜日に更新される短編小説になります。毎週「単語」をランダムで選び、そこから想像される物語を綴っていきます。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。