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手相鑑定 碌々堂へようこそ。⑤

第5話 飛ぶ鳥跡を濁さず。
そう思っているのは飛び立つ鳥だけ。


グーッと大きなお腹の音。
ろくはその日
朝から何も食べていなかった。

師匠の時から
頼まれている
ある企業のコンサルティング鑑定で
朝から忙しく 
食事の時間を逃していた。

店による前に
パン屋であんぱんを
買ったのだが
これが粒あん。
ろくはこし餡が好きなので
腹は減っているが
うーん。と
食べるのを躊躇っていた。

しかし、背に腹はかえられぬ。
粒あんのあんぱんをがぶり。
うーん。
やはりあんぱんは
こし餡に限るな。

そんなことを思いながら
ぺろっと平らげたところで
男性がふらっと現れた。

「こんばんわ。
 ろくさんですか?」
と、話しかけてきたのは細身の男。

「いらっしゃいませ。
 ろくでございます。」
ろくが挨拶をすると

「よかった!
 いや、田中社長にろくさんのこと
 聞いてきたんです。
 あの、関西弁の元気な人なんですが
 わかります?」

「はいはい。
 わかりますよ。
 あれから、お身体は大丈夫ですか?」

「えぇ!早期発見の癌だったので
 手術して すっかり元気です。
 ただ、以前とは、雰囲気が変わり
 今はお母さんと一緒に住んで
 親孝行されてますよ。」

田中社長というのは
以前、金運を見てほしいと
強引に割り込んできた
あの男だ。

「そうですか。
 それはよかった。
 お母さま大切にされているんですね。
 これで安心。
 彼は暴走癖があったので
 お母さまが良いブレーキに
 なりますからね。」

と、ろくが嬉しそうに笑った。

「そこで、今度は僕を見て欲しいんです。」
そう言いよる男。

「わかりました。 
 では、料金のお話をしますね。」
と、言ったところで

「1万円ですね。
 ここに用意しています。 
 田中社長に聞いてきたので
 大丈夫です。
 実は、仕事のことなんですが。。。」

「お仕事のことですか。 
 どれどれ、手相を拝見します。」
ろくが手を覗き込むと

「僕、アニメーターをやっているのですが
 仕事は本当に楽しくて
 職場の仲間もいい人たちばかりで
 社長も認めてくださっていて、、、」
そこまで言うと、
男は急に頭をガックリと落とした。

「ふむふむ。
 なるほど。もっと高みを目指したい。
 と言ったところですかね?」
ろくのその言葉にドキッとした。

「そうなんです。
 まさに。いやー噂に違わぬ
 鑑定士さんだ。
 今の会社は その、
 アニメと言っても
 成人用のアニメで、、、
 それが嫌とかではなくて
 僕、アニメーターになりたかったのは
 あの スタジオくるりで
 仕事がしたかったからなんです!」

スタジオくるりとは
アニメ界の巨匠 山崎貴志率いる
日本最大のアニメ会社である。
出す映画は全て大ヒット。
世界からも尊敬される会社だ。

「なるほど。 
 スタジオくるりとはすごいですね。
 山崎さんの所となると
 これは競争率もすごいですからね。」

「えぇ、わかっています。 
 でも、諦めきれなくて。
 今度、イラストをくるりに
 送ってみようと思っています。」

「そうですか。
 それはいいですね。
 うん!知能線もアーティスト線が
 入っていますから
 自信を持って頑張ってください!」

と、ろくは男の肩をポンと叩いた。

「ありがとうございます。
 その自信を何とか付けたくて
 ろくさんのところへきたんです。」

男がしげしげとろくをみた。

ろくは手相筆をだし
男の手に線を書き出した。

「これはね、
 ヘッドハンティング線と言って
 仕事のキャリアが上がっていく線です。
  きっとうまくいきますよ。
 そして、その夢は必ず
 今の会社の社長さんに
 話すのですよ。」

「社長に!?
 とんでもない。
 うちの社長 
 めちゃくちゃ怖いんですよ。
 特に僕には厳しくて。
 いつも怒られっぱなしで。
 周りの仲間がフォローしてくれるから
 頑張れているんです。」

「そうですか。
 でも、必ず言いなさい。
 言えないならこの線は
 消してしまいましょう。」

そう言うと、男は、
慌てて手を隠し、
「わかりましたよ。
 気が重いなー。
 でも、自分のステップアップのため
 社長に話してみます。」

「大丈夫。
 きっとうまくいきますよ。」と
ろくが笑いました。

男はその笑顔に安心したのか
お礼を言って帰っていきました。

ろくはタバコに火をつけ
コーヒーを一口。

「だまれ、小僧っこ!」
そう、映画のワンシーンの
セリフをつぶやきました。

ミャーがビクッとなりましたが
にゃーと鳴いて頭を掻いています。


次の新月。

男はやってきました。
「こんばんは。
 ろくさん!やりましたよ! 
 スタジオくるりで働けることに
 なりました!!」
嬉しそうにろくに伝えました。

「そうですか! 
 そりゃーすごい!!
 才能が認められたのですね。」

「ありがとうございます。
 ろくさんに言われた通り
 社長に話したら
 お前にはまだ早いと
 一括されたのですが
 しつこく思いを伝えたんです。
 すると、社長も折れて
 応募だけしてみろと
 言ってくれたんです。」

「ほうほう。
 勇気をだしたんですね。」

「すると2週間後に
 くるりから連絡があり
 まずは 下積みからだけどと
 山崎さんが珍しく許可してくださった
 らしいんです!」

「それは、すごいですね。
 山崎さんもあなたに
 光るものを感じたのですかね?」

「山崎さんの元で働けるなんて
 本当に嬉しくて。
 ただ、社長にそのことを話したら
 よかったな。と一言だけで 
 あまり歓迎してないようでした。
 仕方ないですね。 
 お世話になった会社なので 
 ちゃんとお礼を言ってやめてきました。」

「ふーむ。
 社長さんの真意が気になりますね。
 まぁ、あなたの夢が叶ったんです。
 頑張ってくださいね。」

「はい! 
 ありがとうございました。
 あっ!これお礼に。」

大きめの封筒を受け取ったろく。
中を覗くと
「うわっ!なんですかこれは?」

「僕が書いてきた
 イラストの原画です。
 これもマニアの中では
 プレミアなんですよ。
 ろくさんに差し上げます。」

なんとも、
女性の裸体が描かれた
数枚のイラスト。

「わかりました。 
 こう言う趣味はあまりないのですが
 お預かりしておきます。」

そういうと
男はまた来ます!と
そそくさと帰っていきました。

その後、
暗闇からひょっこり顔を出したのは
田中社長だった。

「ご苦労さんやなー。
 ろくはん 久しぶり。
 その節はえろう お世話になりました。」

「あぁ、どうもどうも。
 お身体はいかがですか?」

「おかげさんでなー。
 この通り元気やわ。
 おおきにやで。
 いや、今日きたのはな
 あいつのことなんや。」

「あぁ、アニメーターの彼のことですか?」

「せや、あいつんとこの
 社長とは昔から懇意にしとってな。
 今回、あいつがスタジオくるりに
 行きたいっていいよったやろ。
 あそこの社長 元々
 山崎貴志の弟子やったんや。
 描きたい絵が違うゆうて
 半ば喧嘩別れで 出よって
 独立しよったんや。」

「ほう、そんなことがあったんですね。」

「でな、今回、
 社長が山崎さんのとこに行って
 土下座して うちの若いもん
 育ててやってくださいって
 頼みに行きよったんや。
 山崎さんも 初めは
 聞く耳持たんかったんやけど
 まぁ、元々、愛弟子やったやつが
 必死のパッチで
 なりふり構わず
 頭下げたもんやさかい
 社長の願いを聞き入れたんや。」

「彼はそのことを知っているのですか?」

「いや、知らんと思うわ。
 わしもな、関係者から
 聞いた話やさかいな。」

ろくは失礼と頭を下げながら
タバコに火をつけた。

「男だねー。」
「ほんまやなー。」

2人が吐いたタバコの煙が
闇に消えていく。

「いつか彼も気づくでしょう。
 そうやって、
 みんな一人前に
 なっていくんでしょうね。」

「まぁ、そういうことやさかいな。
 この話は胸にしまっといてや。」

田中社長がろくにそう言うと
ろくは封筒を渡した。

「なんやこれ?」

「情報料ですよ。」

今宵も新月。
静かな闇夜に
2人の笑い声がこだました。

おしまい。

ワンポイント手相

切れ切れで左上がりに上がる線を
ヘッドハンティング線といいます。
転職を考えている方や
キャリアアップを考えている方は
この線を金のペンで書くといいですよ。

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