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【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(20)明から暗へ

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 周囲も羨むほど仲が良く、明るい母子家庭であることは、誰もが知っていた。愛する母と2人で楽しく過ごす、明るい中学三年生だった。
 高校受験のため、家庭教師を招き日々奮闘中。成績は上位に近いレベルで、母も卒業した名門校を目指していた。

 3歳の時、母は離婚していた。父のことは全く憶えていないが、寂しいと思ったこともなかった。たった一人で手加減なく育ててくれた、大好きな母がいたから。
 それに、経営者としても成功していた、尊敬する大人の女性だった。離婚後すぐに勤めていた会社を辞め、立ち上げた事業が軌道にのり、成功。五年後には40人程度の社員が働く会社、になっていた。

 忙しくても母としての役割に手を抜かず、授業参観や発表会などは欠かさず見に来てくれた。勉強が分からない時は、厳しく教えてくれる先生でもあった。
 アウトドアライフが趣味の母で、近くの山や海でキャンプ、社員や友人を招きBBQすることも度々。経営が順調になり任せられる仲間が増えると、年に二回、母娘《おやこ》で泊まりでの温泉旅行へ行くようにもなった。

 自慢の母であり、憧れの女性。小学校での作文「私のお母さん」、中学校での作文「私の夢」でも、尊敬の念が溢れるほどに。

 そんな母との幸せな生活が続く、と疑わなかった。なのに……


『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』(聖書マタイによる福音書27章)


 12月24日 日曜日――
 受験勉強で忙しい毎日だったが、クリスマスイヴの夜だけは、母と楽しむことに。
 ショッピング後、イタリアンレストランでディナーを満喫。食後、賑やかな街中から少し離れた海の見える公園を目指し、おしゃべりしながら歩いていた。

 イヴの夜ということもあり、自分たちだけの時間と場所のように笑顔満開で歩いている、多くのペア。その集合体の中に、酔った若い男女4人のグループもいた。男は奇声をあげ、女は大袈裟に馬鹿笑いしている。おまけに酔って、フラフラだ。

 その4人組とすれ違う時。
 私の持つ大きめのショッパーバッグが、女に当たった……というより、ふらついて当たりにきた。
 その20歳くらいの金髪ショートヘアの女はバランスを崩し、尻もち。
 すると、彼女の男らしき鼻ピアスの男が、言い掛かりをつけてきた。私を守るために母が、言い返している。
 酒の勢いなのか激情した男は、制御不能。母の髪を引っ張り、仲間の茶髪セミロングヘアの女に、頬を殴らせた。尻もち金髪女は立ち上がり、母の脹ら脛《ふくらはぎ》を蹴る始末。

「やめてぇ〜! 誰か、誰か助けてくださーい」

 叫声は周囲の誰の心にも、響かない。野次馬根性で集まっていた、だけだった。

 母を助けようと、小柄な私は茶髪女を両腕で、突き飛ばしてしまった。倒れた女は肘をぶつけ、痛がっていた。激怒した首筋にタトゥーの男。ポケットから光る物を出し、襲い掛かってきた。

「このガキぃーーーっ!」

 この時、私は視野を塞がれた。母が私を正面から抱き寄せていた。母の胸に顔を埋めていたから何が起きたのか、見えていなかった。

 通報してくれたのだろうか。叫びながら駆けて来る、2人の制服警察官を片目で確認した。逆のほうへ走り逃げる4人組の男女が遠ざかるのを見て、安堵した。

「お母さん、逃げていったよ」

 その声に反応するように抱く力を抜き、腰を落とした母はそのまま、横向けに倒れてしまった。

「お母さん!? 」

 液状のモノが私の足下に流れてくる。それも限りなく……。
 薄オレンジ色の街灯で、その液体が血であることを理解できていなかった。無線で叫ぶ警察官の『出血』『救急車』というワードで、状況が整理されてきた。安堵から哀しみに、激変した瞬間だった。まさしく明から暗への没落。

 緊急手術中。廊下のベンチで、独りで、必死に祈った。

(主よ。彼等を、一瞬でも憎んだ罪深き私を罰してください。彼等をどうか、お許しください。だから、だから、どうか、母を助けて! お願いします!)


 翌日3人は、交番へ出頭していた。母を刺した21歳のタトゥー男は二日後、逮捕された。

 後々の公判で、男は『……憶えていない』『勝手に体が……』『脅すだけで、刺すつもりはなかった』と殺意を否定。記憶も証言も曖昧のまま。結果、懲役九年。
 他3名は執行猶予つき二年以内の懲役、となった。


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