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私だけが知る、約束の行末。

「35歳になってもお互い独身だったら、その時は結婚しようか」 

未練を残しながら別れたカップルの、別れ際のありふれた口約束。本気になんてしていないけれど、心の片隅にずっしりと居座っている、あの日の約束。

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彼と出会ったのは、23歳の春だった。女ばかりの職場で出会いもなく、職場と家の往復ばかりの日々だと嘆く私に、みかねた友達が引き合わせてくれた。友達が職場の同期や大学時代の友達を集めて開催したお花見で、ビール片手に話ははずみ、同い年の私たちはすぐに意気投合した。中でも彼とは好きな音楽が合い、たばことお酒が苦手なところ、寒がりなところ、スイーツが好きなところ、好きや苦手が共感できて、あっという間に居心地の良い存在となっていった。

不器用な彼の遠回しな告白に、鈍い私は気が付かず、それでも一生懸命に想いを伝えてくれて、晴れて恋人同士になった夏。あれから何度も過ごした誕生日やクリスマスは、プレゼントのバリエーションも尽きるほどで。プレゼントはお互いさりげなく探るのは諦めて、リクエスト制にしようと決めた3年目の秋。


もうダメかな。そう思ったのは、5年目の冬だった。

27歳。結婚したい私と、まだ結婚はしたくないという彼。次第にすれ違うようになっていった。周りの友達が次々に結婚していってラッシュ真っただ中の私と、仕事で脂が乗り始めた時期の彼。ただ好きという気持ちを大事に出来たら良かったのに、私は”結婚”へのプレッシャーから、彼を追い詰めるようになっていった。

「結婚する気がないのなら別れて」

マンネリ化するふたりの関係と、時折やってくるどうしようもない不安。結婚への執着から、よからぬエンディングへと走り出す。

「俺にとって、結婚は今じゃない。もし、”俺との結婚”じゃなくて、今この時期に”結婚”を望んでいるのなら、引き留めることはできないなって思うよ。このまま続けて、必ず結婚する保証もないし。」

彼の言葉がふわふわと耳を通り過ぎて行った。


お互い好きじゃなくなったわけではないけれど、いつの間にか、どこかでレールを別ってしまったようだ。そう思うと、もう戻れなかった。悲しい別れにはしたくなかったから、精一杯強がって茶化しながら、私たちは別れを選んだ。

「35歳になってもお互い独身だったら、その時は結婚しようか」

小さな希望を残すように、笑って交わした最後の言葉。彼が少し寂しそうに力なく笑うから、妙に忘れられずにいた。

+++

この春、私は35歳の誕生日を迎えた。

結局あのまま今も独身だ。あの日の約束とも言えない小さな希望の言葉を思い出す。

“私、35歳になったよ。まだ独身だよ。君もあの日の約束を、覚えていただろうか。”

彼も独身でいたはずだ。相手がいるなんて、噂にも聞かなかった。昇進してバリバリ頑張っているらしいとの噂は聞いたことがあったから、相変わらず仕事に精を出していたのだろう。


「ねぇ、35歳になったよ。ひとりぼっちだよ。あの日の約束、覚えてた?」


私は35歳になった。
けれど君は、永遠に33歳のままだ。

私たちはもう、彼が35歳になった姿を見ることは叶わない。


「あの日の約束、35歳じゃなくて、30歳にしとけばよかったな。」

そんなどうしようもないことを考える。
別れてから、お互い恋人は作らなかった。もしかしたら、もしかしたのかもしれない、なんて。懐かしい写真を見ながらなんの足しにもならないタラレバを量産して、かき消すようにビールを流し込む。

34歳の私も、35歳の私も、何も変わりはしなかった。34歳の私にも、35歳の私にも、隣に君はいない。君を超える誰かも、いない。アラサーと呼ばれる時期にどこか心の支えになっていた約束も、もうとっくに消え去ってしまった。その事を私は未だ受け入れられずにいたのかもしれない。


いつまでもこのままじゃいられない。35歳の誕生日でけりをつけると心に決めたのだ。もう君の亡霊は追わないよ。

写真の前に飲みかけのビールを置いて、冷えたビールをカツンと合わせた。



23歳の春、桜の下で乾杯したあの眩しすぎる日を、私は生涯忘れないだろう。
23歳の夏、不器用だけど一生懸命に想いを伝えてくれたあの暑い夜を、私は生涯忘れないだろう。
25歳の秋、私達らしい関係を築けることに将来を夢見た日を、私は生涯忘れないだろう。
27歳の冬、約束とも言えない言葉と共に力なく笑った君の顔を、私は生涯忘れないだろう。

35歳の春を、私は生涯、忘れられないだろう。



けれどもう、縛られることなく35歳の今の私を生きていくことにする。

君が教えてくれた、愛することの尊さを忘れずに。



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ワクワクすること、考え中〜*
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サカエ コウ。

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2019年8月のnote

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