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さよなら涙、また会う日まで。

うわぁぁぁぁぁぁん!

転んでひざ小僧を擦りむいたこどものように、部屋でひとり、声を出して泣いた。蒸した部屋に、冷たい炭酸の泡がシュワシュワと音を立て、じわじわと部屋の温度と混ざっていく。缶の底には水滴が溜まっていった。まるで一緒に泣いているみたいだ。


泣かずにはいられなかった、というわけではない。一度泣いたほうがいいのではないかと思ったから泣くことにしたのだ。何が、ということもない。
ひとりでいると、強がることが増える気がする。強がって、歯を食いしばって、涙がこぼれないようにじっと目を見張って、自分で自分を鼓舞する。だって、誰も助けてはくれないから。なんとかするしかないから。ひとりで生きるって、そういうこと。


大丈夫、まだやれる。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。

大丈夫のおまじない。


大丈夫って、まるで蓋みたい。大丈夫じゃないのに、大丈夫で蓋をする。完璧な蓋なんてないから、たまにコポッと溢れてくるのだ。

そういう時は、こどもみたいに「うわぁぁぁぁぁぁん!」って泣いてみるのも良いかもしれない。たまに大丈夫の蓋を外して、半分くらい流してしまおう。そしたらまた蓋をして、何食わぬ顔して日常に戻るのだ。



って思ったのに。


思うような大人にもなりきれず、こどもにもなれない私は、泣くことすら上手にできなくて、笑えないテレビをぼんやりと眺めながら、ただ細い涙を流してた。わんわん泣き続けられるのは、元気がないとできないのかもしれない。

それでも、ぽろぽろとこぼした涙は確かに何かを洗い流してくれて、溢れた痛みを逃してくれて、ほんの少しの余白を空けてくれた。またしばらく"大丈夫"で大丈夫そうだ。


ぬるくなった炭酸は、気が抜けてもうシュワシュワもいわなくなっていた。冷蔵庫からもう1本出して、勢いよくプルタブを引く。プシュッと景気のいい音をたて、涙だらけのもう1本にコツンとあわす。

過去の自分への、弔いの乾杯だ。



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秋に手持ち花火がしたいです。
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サカエ コウ。

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2019年8月のnote

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