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自己紹介12。

パリからTGVで約2時間。Sa.Qua.Naのあるオンフルールまでやってきた。

港町らしい活気の中、潮風に懐かしさを感じながらレストランへ向かう。

日本にいる時に1度、フランスに来てからもう1度CV(履歴書)やモチベーションレターのやり取りをしていた。その時の返事はNO。現状スタッフが満員だという事で断られていた。しかし、諦めることも出来ず一縷の望みにかけて足を運んだのだ。

自分で手に入れられる情報は全て目を通し、シェフの考えや人柄、料理などとても心惹かれ、フランスで働くならこの店しかないと思っていた。

しかし、その夢はあっけなく終わりを告げた。食事の後に話をすることもあまりできず、やはりスタッフが満員だということであっさりと断られた。そこに介入の余地がなかったことを僕は悟った。情熱だけではどうにもならず、僕はオンフルールを後にした。

フランス行きを決めてから、ずっとSa.Qua.Naで働く事だけを考えていた僕は途方に暮れた。正直他に当てなどなく、数日間は無駄に時間を過ごすことしかできなかった。それくらいショックが大きかったのだ。

フランスでも海の近くで生活したい。その事だけを頼りにレストランを探し、その候補に挙がったのは『LA MARINE』と『Mirazur』の2つだった。ただなんの当てもなく、どうしたら良いかわからなかった僕は、日本で出会った渋谷シェフの働く『Clandestino』へ気分転換に行くことに。

1度しか会ったことのない僕の事を覚えてくれていた渋谷シェフは、食事の後に僕の話を聞いてくれた。一番働きたかったSa.Qua.Naで働けなかった事、仕事の当てがなく途方に暮れている事、働くなら海の近くが良く『LA MARINE』か『Mirazur』のふたつを候補にしている事。フランスに知り合いが少なかった僕は、藁にもすがる思いで相談した。

「Mirazurなら働いていたから紹介できるかもよ?」

渋谷シェフの言葉に耳を疑った。

「ただ、俺より長く働いていた女性がいるから、彼女に頼んだ方がいいと思う。連絡してあげるから行ってきなよ!」

昔からのお付き合いのお客様が紹介してくれたシェフが、自分の働きたいお店で働いていた。さらに、1度しか会ったことのない僕に親身になってお店と繋ごうとしてくれている。仕事が決まらず意気消沈していた僕に一条の光が見えた。

すぐさま教えてもらった女性のお店の予約を取り、次の日に伺った。

フランスで一番お世話になった『神崎千帆』さんとの出会いだ。







パリから約7時間。

TGVに揺られながら、初めての南仏マントンへ到着した。夏の日差しに照らされながら、ミラズールのスタッフが着くのを待つ。

昨日の朝までは、自分が南仏に来るとは思わなかった。

昨日、紹介してもらった神崎千帆さんの働くLa Ferme Saint-Simonへと足を運んだ。会ったことがないフランスへ来たばかりの料理人に、とても素晴らしいサービスをして頂き、僕の話にも親身になって聞いてくれた。ミラズールでは7年近く働きスーシェフまで勤め上げ、シェフのマウロとの信頼関係も勿論深い。

そんな彼女が僕の話を聞いてすぐにマウロへと電話をしてくれた。話をしてからそこまで時間は経っていなかったのにもかかわらずだ。電話を終えた彼女は僕にこう言った。

『明日からお店に行って!』

『マウロが明後日から海外に出てしまうらしいの、だから明日行って少しでも話した方がいいから。』

とても嬉しい事なのだが、この時は正直頭が回らなった。いきなり明日から?

『あとは、一週間働いてみて、仕事が認められればお給料も出るわ!頑張って!』

会ったばかりのどこの馬の骨とも分からない人にここまで出来るだろうか?信頼関係など皆無。出会った時のインスピレーションだけだ。

『とても嬉しいしありがたいのですが、どうしてここまでしてくれるんですか?まだあったばかりなのに』

ふと聞いてしまった。

『私はフランスに来た当初何も仕事が出来なかった。それでも沢山の人のお陰で今もこうしてフランスで働けている。誰かが困っていたら助けになろうと決めていたし、きっとあなたなら大丈夫でしょ?(笑)なんとなくそんな気がするの、雰囲気というか空気感というか。』

日本でもそうだったが、フランスでも人とのご縁で進むべき道が見つかるのかと、とても不思議に思いつつもこうやって育ててくれた両親に心から感謝した。

話し終わった後、僕はすぐにチケットを買いに駅に向かった。券売機で買おうとするも、クレジットカードが反応しない。カードの磁気がすれていて読み取れなかったのだ。同様の理由でフランスのATMのようなものでも現金が出せなかった。(海外に行く人はカードを確認してから行ってください)

すぐに千帆さんに連絡し、その旨を伝えた。ここまでしてもらったのに最悪だ。

チケット売り場は閉まるのが早く、少しでも時間を過ぎたら対応してくれない。(他の機関やスーパーでも割と冷たい)どうしたものかと思っていたら千帆さんが、

『もう一度お店に来れる?お店の近くのチケット売り場へ行きましょう!』

お店の仕込みもある中で、ここまでしてくれるなんて。すぐにお店に向かい合流した。

歩いて近くのお店は潰れてなくなっていた。

次に向かった場所は、もう閉店だと断られた。

ここまでくるともう縁がなかったのだなと思ってしまったが、千帆さんが『今このタイミングでお店に空きがあっただけでもすごいラッキーなの。だから絶対に行くべき。何としてもチケットは取りましょう。』と。

何から何までお世話になってしまった。最終的に何とかチケットを買うことが出来、代金まで立て替えてもらった。ここまでしてもらったチャンスを逃すわけにはいかない。

次の日、初めて乗るTGVにオロオロしながらも、なんとかマントンまでたどり着き僕はスタッフを待っている。

一台の車が止まり、男女が下りてくる。

陽気そうで人懐っこい顔をしたカラーラとエミリーセだ。

イタリア人とスペイン人と共に車に乗りお店へ。最初からフランス語が通じず英語での会話になったが、やっと海外に働きに来た実感が沸いた。

夕焼けに暮れるマントンの海を眺めながら、期待と不安の入り混じる何とも言えないこの気持ちを忘れることはないだろう。

ミラズールでの戦いが始まる。





※追記 当時お世話になった神崎さんは現在日本人女性シェフとしてミシュランの1つ星を獲得されている。本当にこの人と渋谷さんのおかげで僕は成り立っている。渋谷さんは今、渋谷のソンデコネというお店でシェフをしている。パリをそのまま持ってきたかの様なレストランだ。



皆様の優しさに救われてます泣