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~美味しさをデザインする~

美味しいとは一体何なんだろう?料理を作るうえで絶対に必要なそれは、あまりに抽象的で表現しにくいもの。食べ手の趣味趣向で幅広く変化し、国籍や生まれ育った環境でも変わる。しかし世界中の人を魅了する特別な料理人が世界には存在するし、いくら払ってでも食べたいと思う人はいる。


そんな不確定で曖昧な『美味しさ』とは一体何なんだろうか。僕が十数年料理を続けてきた中で感じる事や思う事を考察していこうと思う。


そもそも美味しさとは何で作られるのか。日本人なら先ず『旨味』と答えるのではないだろうか?世界的に認知され『UMAMI』と表現される日本発祥のもの。成分的な要素で言えばグルタミン酸やイノシン酸などがあげられる。そして次に『五味』だろう。塩味、甘味、酸味、苦味、そして旨味。一般的にはこの五つが五味と言われる。ただ僕の中では少し違う。旨味ではなく辛味を五味の中に入れるのだ。旨味は五味の中の一つにするには要素が大きすぎるので、独立したポジションを与えている。


美味しさをデザインするときに大切なことは、味を平面ではなく立体で考える事。一般的な五味の表現は平面上で記され、五角形でバランスがとられる。僕は先ほど書いた五味を平面に置き、旨味で”深さ”を表現する。こうすることで美味しさのデザインに奥行きが生まれ、幅が広がるのだ。何故深さかというと、旨味や味わいは”深い”と表現するからだ。そしてこれは旨味が胃に落ちていくイメージから来ていると考える。ここまでは多くの料理人が強く意識して料理を作っていると思うのだが、僕はこの先が一番大事だと思う。


『香りという魔法』

僕は自分の一番の特徴として『香り』を掲げている。料理において香りを大切にするなんて当たり前だと思われるかもしれないが、本当の意味で香りの力を活かしている料理人を多くは知らない。それくらい身近過ぎて意識を向けにくい香りだからこそ、美味しさをデザインしブレイクスルー重要なポイントになる。

先ほどの話に戻ると、平面の五味に旨味で深さを与えた。そして僕は香りで高さを加えるのだ。香りは高い、と表現する。それは湯気や煙と共に上へと上がるからだろう。そしてもう一つの理由は鼻で感じるからだ。五味は口の中で感じる。旨味は口の中で感じた後胃に落ちる。香りは先ず鼻腔で感じ、その後口の中を通り鼻へと上がっていく。(後々詳しく説明するが、香りには鼻で感じるオルソネイザルと、口の中から鼻へと上がるレトロネイザルが存在する。)

五味に旨味で深さを、香り(風味)で高さを与える事で、美味しさを三次元の立体的な空間でデザインできる。旨味は一段一段階段を下るように積み重ねるイメージだが、香りはエレベーターで一気に高層階へと運ぶイメージ。美味しさの感じ方を掛け算で広げてくれる。相乗効果のある香りを掛け合わせることで、爆発的に美味しくなるのだ。

そして香りにはさらに特徴があり、脳に直接訴えかけることが出来、考えるよりも早く美味しさを感じる。意識を追い越して光のごとく速さで届くのだ。過去の記憶を呼び起こすプルースト効果というものもあり、過去の美味しかった記憶を香りで思い出し、その時の感覚が更に料理を美味しくさせたり、ノスタルジーな気持ちにさせ印象付ける事も出来る。

香りとは料理における最重要ポイントだ。

チーズケーキの美味しさのデザインの説明

ツイッターとインスタ内では、僕の作るチーズケーキが多くの人に食べて頂き、共感を得られていると思う。この誰もが知るチーズケーキというものに、どの様なデザインを施したのか?紐解いてみたい。


チーズケーキと言えど様々なタイプがある。ベイクド、ニューヨーク、スフレ、レア。この四タイプの中で一番美味しさを感じやすいのがニューヨークタイプだ。日本人は特に滑らかな食感を好む傾向が強い。コンビニの商品を見てもわかるだろう。ベイクドのしっかりした感じも好きだが、くちどけはあまり良くないので、飲み物が必要になる。スフレは食感は軽いのだが、口の中での滞在時間が少なく余韻を感じにくい。レアは食感は滑らかだが、焼いた旨味がなく少し物足りない。このことから、食感をうまくコントロール出来れば、滑らかで余韻が長く焼いた香りと旨みのあるニューヨークタイプが一番美味しさを感じやすくデザインできる。

そして焼くという事は温度が上がるという事。香りの要素を加えれば、温度が上がった時に香りが広がりケーキ全体に染み渡る。そして乳製品は香りを吸いやすいので最大限に閉じ込めてくれるのだ。一般的にレモンの香りがするのがチーズケーキ。せいぜいバニラを加えるまでだろう。ここにトンカ豆という杏仁の様な香りのスパイスを加える事で化学反応が起こる。レモンとバニラとも相性の良いトンカ豆。それぞれの良いところを繋ぎ高める。ホワイトチョコの香りもそれを更に後押しする。単体では馴染みのある香りでも組み合わせる事で、新しさと懐かしさの共存する印象的な香りへ。

もう一つのこだわりは型に塗るバター。通常はスプレータイプの植物油脂で紙を貼るのですが、必ずバターで紙を貼る。生地自体にバターを入れると重たくなってしまうが、型に塗り、焼き上げる時に溶けて香る事でバターの風味をケーキに添える。本当に些細なことですが、この一手間が仕上がりを左右している。

チーズ、バニラ、レモン、トンカ豆、ホワイトチョコ、バター。それぞれが混ざり合い織りなす香りが幸せへと導いてくれる・・・。


長くなってしまいましたが、美味しさをデザインするという事の触りはお話しできたと思います。チーズケーキを食べて下さった方は共感してもらえるだろうと勝手に思ってます(笑)


まだの方は是非食べてみてください。



僕の事や考えを書いていたブログも見てもらえたら嬉しいです。

koji-tamura0929.hatenablog.com


次回は料理人が考えるUIとUXについて書きたいと思います。


追記


この記事を書いてからもうすぐ一年が経つ。

レストランを離れ、より身近な料理と触れる機会が増えたことで、美味しさへの考え方がより深まってきた。

美味しいにはいくつかの種類があり

①単純に美味しいもの(旨味がある)
②お袋の味や大切な人との記憶の中の美味しさ(記憶の味、ノスタルジー美味い)
③人が美味しいと感じやすいように作られた美味しさ(ここは複雑なので後ほど)
④視覚的な美味しさ(本質的ではないが映えうまも含む)
⑤懐かしさと新しさが共存する美味しさ(ここ重要)

①は単純に美味しいものだ。チーズやベーコンのような旨みのあるものだったり素材レベルで美味しいもの。考えなくても美味い反射的な美味さとでも言ったところか。ここに関してはあまり説明はいらないだろう。敢えて言うなら味蕾で感じ取る美味しさか。

②これが基本的なその人の美味しさを決めている。小さな頃から食べてきた馴染みのある味。僕の場合は就職するまでの約20年間を母の手料理で過ごしてきたのでお袋の味だ。ただ現在ではお袋の味ってどれくらいの人が認識しているのだろうか?共働きが増え、料理の時間は減り、コンビニやファーストフード、冷凍食品が劇的に増えた世の中で、親御さんが毎日手料理を作る機会は圧倒的に減っているだろう。

僕の世代(85年生まれ)でも全て手料理で育った人はきっと多くないはず。お袋の味という概念自体が時代錯誤になる日も近いかもしれない。

ちょっと話は逸れたがこの記憶の味が美味しさのほとんどを決めている。味覚は3歳までに形成され12歳までにピークを迎えて構築される。それ以降は味覚の成長はなく、味の記憶(経験値)が増えるだけだ。

なので成人してから食べるものは、そのもの自体の味を判断しているというよりは、過去に食べたものとの比較になりやすい。食べ歩きをしていてもあの店より美味い、という比較で判断しがち。本質的な美味しさの判断は幼少期の食生活で何を食べてきたかによるので、僕は母に心底感謝している。僕は料理人の中でも本質的な美味しさの判断ができる方だと思う。そして更に嗅覚を鍛えたことで香りの判断を味覚と同時にできるので、美味しさへの理解度がかなり高いと思っている。

だからこそこの能力をもっと幅広く活かす仕事がしたいと常々思っている。

③これも複雑なのだが、美味しいと感じやすい味は存在していて、例えばニンニクの香りや香ばしい焼いた香り、醤油の焦げた香りや、焼きたてのパンの香りなど。脳にガツンと響く美味しい香りがや旨味が存在していて、これはナチュラルな食材同士の組み合わせでもできるが、ポテトチップスのような化学調味料と香料でも再現できる。

人が何を美味しいと感じるかはコンビニの商品を観察すると勉強になる。僕はこれを批判するわけではなく逆に素晴らしい知見だと思う。これをどう活かすかは考え方次第。

④インスタ映えはあまり好きではないが、視覚による美味しさの判断はとても大きいボリュームを占めている。人は見た目で様々なものを判断しており、美味しさもその一つ。見た目の悪さだけでその料理は美味しくなさそうに感じるので、見た目は綺麗に越したことはない。

気を付けないといけないのは、見た目に反して味がそれ以下だとマイナス補正がかかるので、見た目ばかりに気を取られると必要以上に不味く感じられてしまう事。何を伝えたいかを明確にしておかないと、見た目で大きな損をするので、必要以上に綺麗に見せないほうが良かったりもする。

⑤これは今僕が一番意識していることで、人は体験した事のない物に拒否反応を起こしてしまいがち。(最初のiPhoneが売れなかったように)これは味覚も同じで、馴染みのない味には一定数拒否反応が出る。その後経験を積む事で大好きになったりもするのだが、目新しすぎるものはスタートダッシュが切りにくい。

僕がシェフ時代に作っていた料理はまさにこの目新しいものばかりで(自分のテクニックや体験した事のない味を意識して作っていたから)食べ慣れた人(食べ歩きを日常的にしている人)の評価はすこぶる良かったが、初めてフレンチを食べるような人には伝わりにくかった。

自分がどんなに良いと思うものを作ったところでそれが伝わらなければ意味がなく、伝えるためには分かり易さも大切で。その為に新しさに懐かしさ(経験した事のあるもの)を足すことを意識した。記憶にあるようで無いような、新しいようで懐かしさを感じるような。

これは味わいだけじゃなく情景が浮かぶように作るのも大切なので、小学生の頃、落ち葉を集めて焼き芋をした時の香りや(今の20代は経験ないかも)夏祭りの屋台の香り、田舎の和室の畳の香り、夏の日の午後の日陰で感じる湿り気のある風の香りなど、記憶に残る香りを料理に落とし込むことでも感情に訴えかけることができる。

料理を食べることで情景を想起させることが出来ると、記憶に残る料理へと昇華される。

レストランの料理だけではなくどんな商品にも言えることだが、美味しさの価値を美味しさ以外でどう伝えるかが大切で、その為のコミュニケーションデザインをもっと考えなければダメだろう。

美味しさを伝えるのは美味しさ以外のところなのかもしれない。だから日々考え、行動し、次に繋げる。美味しいだけを突き詰めてきた人は沢山いる。だからこそ新しい価値の提案を僕はしていきたい。

皆様の優しさに救われてます泣