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深夜散歩第六夜

昨日、正確に言えば今日の午前1時に家を出た。

寝るとその前にあったことは昨日になって、本日中であっても昨日と思ってしまう。

西へ行こうと思った。

亀甲堂の常連さんより、「今度は西やな。嵐山。」と言われたので西に西に歩いた。

目的地が決まっている時は楽なものである。

ただ、登山と一緒で、目的地に着いても帰らないといけない。

これが面倒だ。

同じ道を帰ってくるつもりであったが、それでは面白くないなと思いながら、歩き出した。

家を出る前に、@ayumi884 にはメッセージを残しておいた。

「はーい」という返事が来た。

千本三条より歩き出して、すぐ人気は消えた。

車すらほとんど走っていない。

何かあったかもしれない。

しかしほとんど覚えていない。

昔からあるラブホテルが綺麗になっていた。

潰れているわけではなかったようだ。

ずっと歩いている。

人がいない。

車もない。

たまにパトカーが通る。

何もない。

猿田彦神社が見えた。

なんだか、知っている道ではなかった。

知っていると言っても、もう20年は前のことである。

道も変わる。

せっかくなので、神社の中を通り抜けて行こうと思った。

小さい神社である。

ご利益が何か看板に書いてあったようだが、忘れてしまった。

中に入って見たが、他に抜けられるようなところが見つからなかった。

暗いから見えなかっただけかもしれない。

ガラガラを鳴らす近くに行くと、ピカッとライトが光った。

最近よくある、人が近寄ると光るタイプの外灯である。

気分が削がれた。

すぐに入って来たところに戻り、出た。

神社は人の気配がなく、寺には人の気配がある、だから家のない人が寺には泊まるが、神社には止まらないのだと聞いた。

けれども、神社から道に出ると人の気配がない。

実際にいないことも確かであるが、さらに人の気配がない。

ぼさっと歩いている若者がいた。

100mほど先を歩いている。

やや僕の方が歩くのが早いようである。

徐々に差が詰まって行く。

彼は西へ西へ歩いていた。

僕も西へ西へ歩いている。

なんとなく、すれ違うのが気まずいなと思った。

それから、ずっとどこかで何か音が鳴っている。

音楽というのか、なんなのか何か音が鳴っている。

彼との差が詰まるたびに音が大きくなる。

彼がスマホか何かで音を鳴らしているようだ。

太秦まで来た。

広隆寺がある。

弥勒菩薩の半跏思惟像がある寺である。

朝鮮から伝来して来たとされている、要は盗ってきたものである。

最近では日本で作られたの、といろんな説があるようで定かでない。

彼は相変わらず、音を鳴らしながら、ぷらぷらと歩いている。

道が分かれた。

商店街に続く道と、路面電車の線路沿いとに分かれていた。

僕は、商店街沿いを行きたかったが、彼が商店街沿いを行ったので、線路沿いの道を行くことにした。

商店街を歩きたいわけではなかった。

線路沿いは何もないだろうと思っただけなのだ。

やはり、線路沿いは何もなかった。

今日は汗をかかない。

9月に入って、昼間は暑いままであったが、夜は全く違う。

じっとしていると寒いくらいである。

台風が近いせいかもしれない。

なんとなく、さっきまでは前を歩いている彼のことばかり気にかかって、他のことに気付かなかった。

白い月が半月で、端が少し黄色くなっていた。

太秦を越えると、嵯峨美の近くに来たと思う。

嵯峨美というのは、嵯峨美術短期大学のことで学生時代を過ごしたところだった。

雰囲気はあったが、周囲の建物が違う。

全く違う。

全く違うのに嵯峨美の近くであるとは感じた。

これは、雰囲気は変わらないということなのだろうか。

嵯峨美は車折神社を抜けて行けば見えてくる。

神社も見て行こう。

パンパンと手を打ってから母校を見、嵐山に行こうと思った。

しかし、間違いであった。

僕の歩いている道は、神社を抜けてしまったところに出るので、神社を通るにはわざわざ神社に入らなければならない。

今思えば、そこに鳥居があるのだから入れば良さそうなもんであるが、通り抜けて母校に行きたかったのである。

結局神社には入らず、嵯峨美の横を通った。

今は嵯峨芸である。

嵯峨芸術大学というのだそうだ。

略した時に言いにくいい。

私からすれば、嵯峨美で十分である。

裏門の横を通った。

看板が出ている。

「ん?」と思った。

嵯峨美術大学と書いてある。

「ん?」と思って見直したが、嵯峨美術大学と書いてある。

嵯峨芸ではない。

やはり嵯峨美というごろは捨てがたく、戻したのかと少し嬉しかった。

中に入りたかったが、当然入れるはずもなく、壁づたいに正門前に出た。

以前の通り、正門近くに電話ボックスがあった。

よく行っていた駄菓子屋もあるようである。

店内にアメリカ雑貨がぐちゃぐちゃに置かれている喫茶店もまだあった。

トマホークがあったかを見るのを忘れた。

カフェバーである。

やけに大きい鉄の灰皿をよく覚えている。

おしゃれなカフェもいくつか増えていた。

桂川沿いに出て歩いた。

下校の時もよく川沿いを歩いた。

家を出る前に「透明人間」という曲を聞いた。

B'zの稲葉浩志が歌っている曲である。

たまたま、知った曲で、割合気に入った。

B'zは割と面白い曲があるので、一曲は欲しいと思っていた。

ギリギリチョップでも構わなかったが、縁があったので、「透明人間」をダウンロードした。

綺麗に終わってしまっても良い曲である。

しかし、最後に「おかあさん」と入ってからがそれまでの綺麗な曲を壊しにかかっている。

これは、偉いなと思った。

しかし、詰め込みすぎている。

要素が多くなりすぎている。

作品は、いろいろてんこ盛りにするのが良いのではない、大きく終わらなくてはならない。

雑になるのではない。

大きく未完成で終わるのが最上である。

そこまでには至らない。

至らないまでも、綺麗なものを壊しにかかっているあたりは流石だなと思った。

気に入った曲ができると一曲ループでずっと聞く。

家を出る前には何度もなんども聞いて歌っていた曲で、批評まがいのことは頭には浮かんだが、曲を口ずさむことはなかった。

出てくるのは、中島みゆきの「シャングリラ」だった。

シャングリラからシャングリラから、と歌いながら川沿いを歩く。

車が2台止まっている。

人が出てくる。

口ずさむのをやめて、少し身構え、足早になった。

なんでもない、こちらも散歩と見える。

車だからドライブなのかもしれない。

夜には昼にはいない人がいる。

大きな息子を大声を張り上げながら、自転車で追いかけるお母さんも見たことがある。

息子は自転車で蛇行しながら、何も聞こえない様子で、自転車を漕いでいる。

深夜のドライブそれもいいなと思う。

僕は免許がない。

原付の免許もない。

僕は一体生涯に車を買うことがあるのだろうかと思った。

買うとすれば、どんな車なのだろうか、そんなことをメルセデスベンツの販売店の前で思った。

渡月橋に着いた。

LEDライトがうるさい。

明るすぎる。

ツブツブが目に痛い。

あんなに多く配置しなくても良いと思った。

白すぎる。

返って周りが見づらいように思う。

車のライトも最近は明るすぎて、車体の色すらわからない。

パトカーかと思って見ると、上にサーフボードを積んでいるだけだったりする。

13歳ではないが、振り返らず渡月橋を渡る。

渡りきると、公園のようになっている場所がある。

そこで一服、二服とタバコを喫む。

少し絵を描く。

コウモリが飛んでいる。

電灯もLEDらしい、うるさい。

デートしている人もいる。

ベンチが少し湿気ていたのと、朝になる前には帰りたかったので、すぐに渡月橋に戻る。

川の音が少し激しく感じた。

帰り道も川沿いを歩く。

嵯峨美の下校の時と同じ道をあるいた。

阪急の松尾駅に続く道である。

暗い、足元もよく目を凝らさないと見えない。

その中で、煌々と光るのは、ホテル嵯峨野。

まだ、健在である。

学生の時もあった。

ここも新しくなってはいたが、相変わらず、「峨」のネオンだけが消えている。

わざとやっているのだろうか。

ホテルの横を通り過ぎる頃に @ayumi884 から電話。

「どこにいるの?」

「ホテル嵯峨野の近く」と答える。

びっくりしたようである。

行く前に彼女は横になっていたので、メッセージに「散歩に行く」と残しておいたが、まだ家にいるのだと思っていたらしい。

しばらく家の中を探したようである。

タバコと飲み物が切れたようで、困っていると言った。

タバコと飲み物が不足すると非常に困るのが彼女である。

しばらく、あれこれと話をしながら、川沿いを歩いて帰った。

タクシーで帰ろうかと思ったが、「ゆっくり散歩しておいで」と言ってくれたので、歩いた。

帰りにマクドナルドを買って、カフェフラッペと爽健美茶、メビウスライトを二箱買って帰った。

彼女は寝ていたが、少しの物音で起きたので、月見バーガーを食べながら、少し話をしてまた眠った。

僕もいつの間にか眠ってしまった。

家に着いたのは4時を少しすぎたあたりだったろうと思う。

次は南へ行くことになるかもしれない。


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