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拾ったテレビ

#引っ越し

 高校を卒業するとすぐに、都心近くのアパートに引っ越して一人暮らしを始めた。それまで片田舎で過ごしてきた俺は、そこでの暮らしをとても楽しんだ。今でもたまに、あの日々のことを微笑みとともに思い返す。

 アパートのすぐ近くに商店街があり、毎朝、そこの豆腐屋で、できたての豆腐を一丁買ってきて、それを朝食としていた。
 そこからもう少し歩くと、ボロボロの映画館があり、そこで毎週木曜日に、スクリーンをにらんでいた。木曜日は、1000円で観ることができるサービスデーだった。
 その映画館からすぐのところには図書館があって、週末は、そこで一週間分の新聞をまとめ読みさせてもらっていた。アパートの近くの喫茶店にもたまに新聞を読みに行っていたので、新聞代はまったくかからない生活だった。
 駅は、歩いて20分ほどと少し遠かったが、駅前の大きめの本屋で働く女性たちが、皆とても美しくて、そこにはよく行っていた。
 自炊はせず、ほとんど外食ですませた。備え付けの小さなユニットバスには浸かる気になれず、毎日、近くの銭湯に通った。
 その街に引っ越してきて、一年以上が過ぎたある日のことだった。道端で、小さな古い型のテレビが捨てられているのを、偶然みつけた。それまでずっとテレビの無い生活をしてきた俺は、辺りを見回し、おもむろにそれを拾うと、アパートに持ち帰ってセットしてみた。電源を入れると、見事についた。缶ビールを開けて画面を覗き込むと、映画だろうか、高層ビルから、煙がモクモクと立ち上っている。妙にリアルだ。違和感をおぼえた。カメラのアングルが、まったく動かない。映画の構成にしてはおかしい。そもそも、こんな映画あったか?音量を上げてみたが、音は壊れていて出ないようだ。ビールを啜りながら、なお見続けた。
 映し出されていたのは、映画ではなかった。
 9.11米同時多発テロだった。
 無音の画面の向こう側で、ワールドトレードセンタービルが、あたり一面に煙を巻き上げながら、消え去っていった。

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