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思いがけない再会

 その人のことは、もう、とっくに死んでいるものと思っていた。
 昨夜、馴染みのタイマッサージ店の従業員に誘われて、ある飲み屋に行ってきた。初めて行く店だった。そこは、タイ人が経営しているスナックで、店で働いている女性たちも、皆、タイ人だった。
 店に入って、すぐに先客のことが気になった。手前のボックス席で、おそらく夫であろう人と座っている女性がいたのだが、妙に顔が似ている。しばらくそれとはなしに見ていると、顔ばかりか、姿形もよく似通っている。昔、よく行っていた居酒屋のママと似ているのだ。
 彼女とは、病院の個室で面会をしたきりだった。エイズに侵されていた。
 俺はただの客であり、病院へは、たった一度、見舞いに行ったきりだった。もう長くは生きられないだろうな。そのときに思った。痩せ細り、体中に黒い斑点のようなものができていた。

 俺は、意を決して、◯◯のママですか、と話しかけてみた。
 見事にその人であった。
 あまり立ち入ったことは聞かなかったが、彼女いわく、一時はとても危なかったが、病は、嘘のように消え去ったという。俺は、彼女のみごとな回復と、この偶然の再会にすっかりおどろき、目を丸くした。
 そんな俺を尻目に、彼女は、得意げにカラオケのマイクをにぎった。抑制の効いた、心地よい歌声だった。
 奥のカウンターでは、客を装った、明らかに入管職員の男が、一人焼酎を飲みながら、その歌に耳を傾けていた。

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