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皆の前で、頭をしたたかに打った

#恥ずかしい話

初めてタイに行ったのは、27才のときだった。
深夜の、生暖かい空気が、タイの地に降り立ったばかりの俺を迎え入れてくれた。外は雨が降っていて、それが、なんとも心もとない気持ちにさせた。
街に行くとすぐに、国有鉄道の列車に乗り込み、アユタヤへと向かった。たいしてやることもなかったので、車窓からの景色を眺めながら、一人静かにビールを飲んでいた。
三本目を空けたころだったろうか、列車が、突然激しく、ガタンと横に傾いた。タイの飲み慣れていないビールでほろ酔いになっていた俺は、その反動で、勢い良くシートから飛び出してしまった。そのまま倒れ込むと、床の上を、カーリングのストーンのようにスルスルと向こう側まで滑って行った。
次の瞬間、脳天を、凄まじい衝撃が走った。反対側の壁に、頭をしたたかにぶつけたのだ。視界はチカチカと瞬き、明滅の向うに、椅子と乗客の脚が見えた。
何が起きたのかわからない俺は、とりあえず頭を両手でおさえて、寝転んだ姿勢のまま、「痛〜!」と大声で叫んだ。
数秒の間を置いて、車両内は爆笑に包まれた。
俺は、目を白黒させながら上体を起こし、床にあぐらをかくと、痛いやら情けないやらで、もう一度日本語で「痛〜!」と騒いで、頭を抱えてうずくまった。
皆の笑い声が、一段と大きく車両内に響きわたり、俺は一人、うつむいたまま、恥ずかしくて顔を上げることもできずにいた。

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