卒業生答辞 かつお 第58回

わかめさん、お久しぶりです。かつおです。

前回の日記を書いた次の日、私は23年強過ごしたヴァージン生活の思い出を胸に、童貞を卒業いたしました。ベット際の窓から月の光が差し込み、ほのかに青く光る夜でした。

望んだわけでもないのに、何を犯したわけでもないのに、むしろ何も犯せやしないのに、生まれたときから与えられていた称号「童貞」。思えば私は、その運命にずっと苦しめられてきました。童貞が自分に内在し続けることで、あるときは童貞をアーリーリタイアした故郷の友人たちに馬鹿にされ、あるときは見えない童貞という檻に思考が閉じ込められ、窮屈な思いをしてきました。だって、夜の路上でヒップホップとかジャズとかめちゃくちゃかっこいい音楽を聞いていても、海外旅行中に喫茶で『カラマーゾフの兄弟』を読んでいても、アップリンクでインディー映画を見ていても、「でもお前、童貞だよ?」って囁きが脳内で不意にこだまするんですよ? むちゃくちゃ嫌だし、愛する文化的なものから急に文化的な匂いが削がれたりしないですか? 全然、文化にも自己にも陶酔できなくないですか?

失敬。昔の記憶を思い出すと、どうしても荒ぶってしまうのです。とにかく私はこれでも24年間近く、「童貞」という自分の中の他者を上手く手懐けようと努力してきました。開き直って「童貞ですがなにか?」という態度を表し自己同一性を確立してみようとしたり、「いやあ、恋愛なんて。そんなに僕は何かに酔えないから」と達観(しているフリを)して「童貞」を置き去りにしてみたり。でも、どれも無駄でした。「童貞」は気づいた時には、ぬるりと自分の中に圧倒的な違和感を持って存在するのです。女性と話す時、飲み会などの社交場で和に入ろうとする時、ライブハウスで不器用にリズムに乗ろうとする時、いつもあいつはやってきて、ささやくのです。「でもお前、童貞だよ?」って。そうして私の言葉と意思と行動はバラバラに解体されてしまうのです。

ただ、今、思い返せば、私はこの「童貞」という呪いの装備に人生を救われてきた一面もあるのかもしれません。どこにも馴染めず、空想・理想だけが肥大し、現実とのギャップに鬱々としていた大学時代、私の生活に他人との関わりを生み出してくれたのはヤツでした。当時のバイト先で、「童貞」であることがバレて以来、逆に童貞ネタから社員の方々と様々なお話をさせていただけるようになったのです。何も楽しいこと言えない僕なのに。「童貞」が、どこにいても居心地の悪さを覚えていた僕に呼吸をさせてくれたのでした。そして、そうです、なにより童貞だったおかげで、わかめさんとこうやって日記を書きあって今も連絡を取り続けられている。ありがとう、童貞。ありがとう、運命……。

でもよくよく考えると、しょうもない僕ですら面白く解釈してお話してくださるバイト先の方々とこんな僕との日記に付き合ってくれるわかめさんが知的で素敵な人格の持ち主なのであり、童貞は何もしてないですね。やっぱり、世界から消えてなくなれ、童貞(という概念)。運命なんぞ蹴飛ばして生きろ。

このように「童貞」との思い出を書き出したらキリがありませんが、卒業した今、思うんです。「童貞」とは「勇者」なんじゃないかって。だってドラゴンクエストの勇者もゲームが始まった瞬間から「勇者」でしょう? 魔王も倒してない、何も成し遂げていないのに勇者の肩書きをいつのまにか貼られていて、周りに「勇者! 勇者!」言われて、プレッシャーかけられるんです。僕が勇者だったらブチギレて、グレて公務員目指しますね。いや、なんで勝手に俺の肩書き、俺の生の役割、決められてるねん、って。

ただ、そんなの当たり前じゃんとも感じるんです。誰だって、気づいた時には自分の表面の個性に紐付いたいろんなレッテル、他人からラベリングされる言葉、「名前」を張られて生きてるもんだと思いますから。僕の場合、それがたまたま「童貞」だっただけで。で、そんな「名前」はじょじょに自分のコアの部分まで侵食して、「自分はこうだから」という自己規範が作られていくもので……。つまり「童貞」は「勇者」にも「都合のいい女」にも、引いては万人に通ずる。

まどろっこしくなりました。とにかく、誰だって「名前」に縛られはするが、本当にその人自身をじっくり変容させるのは日々の営みの蓄積だと私は信じたいのです。童貞を卒業したからといって、僕の何かがすぐに変わったわけではありません。初体験はどうしたらいいかわからず、途中、何度もフリーズしました。もちろんコンドームは上手くつけられず、何度も新しいのでやり直しました。未だに彼女と何やってもぎこちないグズのままです。ただ、自分が好きになった人といろんな会話、営みを続けるうちに楽あれ、苦あれ、なにかを学び、自分の根っこの部分がいつの間にか変容していたとしたら、それは人生のなかの僥倖なのではないでしょうか。

恋愛をしていると悩みはつきませんが、いいもんだなあっていう漠として陳腐な感慨をふと抱きます。わかめさんも難しい環境かとは思いますが、恋愛することを諦めないでほしいなあと勝手ながら思います。何様だって感じですね。
あと、仕事に関してはシンプルにどうにかこうにか清らかな向上心を見つけましょうよ。村社会の職場で恋愛感情のような私情を表に出してしまうのは危険です。周りから公私混同だと思われ、心象が悪くなり、今後の働きやすさにも影響しますから。相手と接触するなら、仕事以外の時間に、です。

あまり前回の日記の返答になっておらず、ごめんなさい。童貞は卒業しましたが、今後とも「童貞と都合のいい女の交換日記」を続けていきましょうね。どうぞよろしくお願いいたします。それでは、また今度。


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童貞と都合のいい女の交換日記

カツオ→21歳、慶応ボーイ、だけど(素人)童貞。地方出身。 ワカメ→21歳、美大生。恋愛はしてるけどあまりうまくない。
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コメント2件

カツオさん、おめでとうございます!!感動した…!
>榎本紗智さん
そんな…。恐縮ですが、ありがとうございます! 未だに男女の営みはわからないことだらけですが、寝起きに隣に人がいる衝撃や腕枕したまま寝ると腕が大変になること、人と一緒に料理をするのが楽しいこと、まだまだ人生知らないことだらけだと感じる日々です。
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