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なぜ女の子はズルムケ男子を好きになるのか? 第30回 カツオ

ワカメさん、こんにちは。

カツオです。

お久しぶりの日記、楽しく読ませていただきました。
元カレのHさんが入籍前のお嫁さんを連れて、わざわざ元カノのワカメさんに会いにきたというお話でしたね。

これはもう率直に言いましょう。Hさん、クズすぎます。

まず、これまで書かれてきたHさんの性格から僕が思うに、会いにきたのはワカメさんへの当てつけですよね。Hさんは大好きだったワカメさんにフラレて、自分のプライドを傷つけられたことが心のどこかで未だに許せないのです。「俺をよ、く、もフリやがったな、この、クソビッチ! 今はもうこちとら、そこそこ可愛い彼女がいんだぞ、ゴラ!」、言葉にせずとも、内心はこのぐらい憎しみをぶつけにきていたでしょう。

その時点でHさんはコンプレックスの跳躍力を悪用してしまうクソ野郎だと思うのですが、ぼくが話のなかで一番許せないのは、入籍前のお嫁さんをわざわざ元カノの前に連れてきたことです。少しはお嫁さんの立場でモノを考えられないのか? たぶん、自分の行為が自分を愛してくれる人を傷つけていることにすら無自覚なんでしょうね。もはや悲劇です。ポエム書いてるヒマあったら小学校の道徳の授業を受け直してこんかい!

いや~、Hさんの件は本当に災難でしたね。この日記を始めて、すでに1年以上が経ちましたが、恋愛絡みの事件が絶えないワカメさんが羨ましいです。ワカメさんが初めて書いた日記なんて、もう1文字余すところなく、全部が素晴らしいですもんね。尊敬の念をこめて、ここでその日記から特に僕が気に入ってる言葉たちを掲載させていただきます。

大学に入って2ヶ月くらい経った頃、彼氏ができました。相手は3個上のサークルの先輩、要潤にそっくりなHさんです。

当初Hさんのことは全く好きでも無かったのですが、毎日23時きっかりにかかってくる電話や1時間ごとにくるLINEのやりとりをしている中でなぜか「私も好きかも!」と思うようになっていました。

Hさんは絵に描いたような重い女でした(男だけれども)

スリリングな日々は大変でしたが、彼(Hさん)のそういう不安定さに惹かれていました。可愛いなあ…と。私は楽天的で絶対に彼みたいにはなれないので、羨ましさもあったのかもしれません。

(Hさんに)影響されて私のTwitterもどんどんポエマー調になっていきました。

彼(Hさん)とは意外と長く1年半付き合っていました。

さあ、どうですか!? 本当に素晴らしい自己分析をされますよね~、ワカメさんって。「なんでこの男と付き合ってたんだろう」と前回書いてましたけど、全部わかってるじゃないですか。今は死ぬほど嫌いなHさんのこと、「可愛いなあ…」と思っていたときもあったんですよ。

あと関係ないけど、いつかワカメさんのポエミーな文章をぜひ読ませてください(^∇^)

いえ、僕は「これだからワカメさんはどうのこうの~」と言いたいわけではありません。恋愛って冷めたら、相手が全く違う人間に思えるものでしょうし。

本当のところ、僕が一番受け入れられないのは、Hさんのような男性が少なくとも「ワカメさんと1年半付き合い、そして現在、結婚間近のそこそこ可愛いお嫁さんがいる」という事実です。なぜ一般的に性格が悪いと言われるHさんのような男性が、モテるのか? 押し寄せる圧倒的なコンプレックスと疑問!! なんで、なんでなんだ!! くそおおおお!!!

ぼくは考えました。そして答えを一応出しました。キーワードは「ズルムケ」です。

(以下、全部「人の心」に関する話です)

結局、女性ってズルムケ(心が)の男のほうが好きになるんですよね、たぶん。ズルムケで、恐れや恥を知らぬが如くギンギンにいきり立たせて(心を)向かってくる男のほうが、なんでしょう、その剥けて頭を出している部分に母性本能みたいなものを感じるのでしょうか。女性は惹かれている気がするんですよね。いくらズルムケの部分がおかしな形をしていたり、グロテスクであったりしてもですよ。(生理的に無理なパターンも沢山あるでしょうが)

心がズルムケな男性というのは天然だとか、表裏がないとか、思ってることとやってることが違うとか、そういう男性のことではありません。分析不足で定義づけが難しいのですが……、考えと行為のあいだに、その2つより厚い自意識を挟まない男性と言えばいいでしょうか。もっと抽象的に言っちゃうなら、ピュア性が見える男性です。

もちろんズルムケじゃない男性の中にもモテる人は沢山います。でも僕が会ってきたそのタイプの男性たちはみんな、普段は皮かぶりでも、大事な場面で、ちゃんとムケてるんですよね(心が)。仮性タイプです。大事なときはズルムケギンギンです。むしろこのタイプの人のほうが、慎ましさと男らしさが共存してて、非の打ち所なくモテる気がしますね。

では、僕のようなモテない童貞野郎はというと、ぶ厚い皮をかぶってます。そしてこれ、真性です。ズルムケはおろか、意識的に剥こうと思っても剥けません。とはいえ、この皮は必要で育ててきたんだから仕方ないんです。ズルムケだったら、敏感すぎて、空気に触れて数十秒のうちに逝っちゃいますから。(何度も言いますが「心」の話です)

だからぼくが目指すべきはせめて真性から仮性へステップアップすることなんでしょうね。でも怖すぎます。本当に皮が剥け始めたら、どんな汚いものが出てきてしまうのか……。そして何度逝くことになるのか……。絶対あかん。逝きまくるぞ!! 人に見せられん。

でもここで「心」を「おちんちん」に例えて考えてみました。

おちんちんって、ズルムケだろうが、皮被りだろうが、ギンギンだろうが、フニャフニャだろうが、全部モザイクをかけらるべき汚物ですよね。ズルムケだから汚いとか、皮かぶりだから綺麗とか、ありません。等しく汚物です。

だったらぼくの心も、ムニュムニュの皮を被った状態だろうが、ズルムケ逝きまくり状態だろうが、他人から見たら等しく、わいせつぶつ陳列罪、即、現行犯逮捕もんの汚物なのかもしれません。生きてるだけで犯罪者です。

そう思うと、なんか、吹っ切れられそうです。自意識まみれで皮かぶってても、考えと行為が直結した心ズルムケでも、大した変わらない。だったらズルムケで逝きまくれ。毎日いつでもどこでもイキまくりで、生きまくれ!!

(なにを書いてるんだ、俺は)

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