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人脈を作るより、人脈ができる自分になるほうがいい

個人事業主にとって、あるいは文章を書く仕事をする人間にとって、「人脈は大事」と聞かされる機会が多い。「人脈を作るべきですか?」というご相談を受けたことも多々ある。

「人脈を作る」という言葉に

・自分にとって利益になる人脈を作りたい

・自分にとって都合のよいことが起きる人脈を作るべき

・人脈をうまく利用して、自分だけ得したい、楽したい

というニュアンスが含まれているときほど、よい出会いがないし、よい人脈はできない、と感じている。自分がそのような目で人を見ているときは、相手も自分を同じ目で見ているものだ。


人脈だけでなく、商品やサービスを購入するときや、何かの経験を積むときなども「誰かや何かに、私の人生を充実させてもらう」という考えでいると、思ったような結果が得られない。結果が得られななくて、より大きくなった空虚感を埋めるために、さらに商品やサービスを購入するようになると、無間地獄になるだろう。

自分の人生を充実させるのは自分なのだから、

・何が足りないのかを自分で考える

・本当に足りないのか、実は手元にあるのではないか見直す

・それでも足りない部分は購入する

という、「自分で考える」ステップを踏まなければ、充足感が得られない。


お金を払えば購入できる商品やサービスと違い、何かをしてもらう相手が人間である場合は、より大きな問題が起きる。その人にも都合があり、その人の人生があるということを心しておかないと。

人は誰もが、なんらかの使命があったり、修行の道のりが用意されていたりして、この世に生まれてくるのであって、「他の人の人生を何とかするため」に生まれてきたわけじゃないのだ。皆それぞれが、自分の人生を精いっぱい生きているのであって、「他の人は助けてくれなくて当たり前」「助けてもらえるほうがラッキー」だと思っておかなければ。


とはいえ、私は「人脈が大切であること」は、その通りだと思っている。利用し合うためでなく、お互いが幸せになるための人脈を作るには、「人脈ができる自分」になる方が早い。

・「この人に会って、いろんな話をしてみたい」と思われる自分かどうか?

・今の自分は、誰かから「あなたのような人に出会いたかった」と言われるに値する自分かどうか?

・「また会いたいですね」と、自然に思われるような自分かどうか? 

人に出会うための場(異業種交流会など)に出ていくのは、第三者になったつもりで自分を見直してからでも遅くはない。出会いは自動的にチャンスに変わるのではなく、チャンスに変えるのは自分なのだから。


「この人にまた会いたい」「いろんな話をしてみたい」と思われるのはどんな人だろうか?

たとえば存在感がある人、その場の華となるようなタイプの人は、人を惹きつけやすい。ただ、存在感や華やぎというのは、口数が多くにぎやかであること、派手なパフォーマンスができることなどでは決まらない。

口数が少なく、自分のことはあまり話さず聞き役に回るような人のほうが、かえって印象に残っていることもある。出会いの場で短期間だけ一緒に過ごすにはおもしろい人でも、人生の長い時間を共に過ごすにはちょっと……という場合も。


人脈ができる自分になるのは、時間がかかる。でも、自分が変わらないまま出会いの数だけを増やしても、あまり意味がない。「この人に仕事を頼んでみたい」「この人と長い時間を過ごしてみたい」と思われる自分になっていなければ。

そして「人脈を作るために、自分を曲げる」「目立ちたいから、本来の自分とはかけ離れた発言やパフォーマンスをする」ことを繰り返していると、本来の自分とは合わない人脈ができてしまうし、自分も疲弊する。

「人脈を作る」という考えはいったんやめて、「人脈ができる自分になる」ように努めていると、結果的には自分の心や時間、人生が充実する。意外に「人脈があってもなくても、大丈夫」と思えるときが来るかもしれない。

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