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老いは成長のはじまり

2007年4月12日

岡山県真庭市の小高い丘の上に千年もの間、そこに立ち続けている
醍醐桜の下で奉納演奏をされたルース・スレンチェンスカさん。
当時82歳

ピアノは
19世紀にクララ・シューマンがコンサートで使ったとされる見事な装飾の
グロトリアン・シュタインヴェーク
この日のために修復されたそうです。

ルースさんはラフマニノフから直に手ほどきを受けた方でそのラフマニノフに

彼女は私の知る限り最も才能のある人である

と言わしめたピアニストだそうです。
4歳で初リサイタルを開き、9歳でラフマニノフの代役を務めた彼女は
ニューヨークタイムズ紙が

モーツアルト以来の最も傑出した神童

と評したほどの方だそうです。

例年より早く満開になった醍醐桜を
関係者の方々は「奉納演奏の日までに散ってしまうのではないか・・・」と、
とても心配したそうです。
でも桜は、満開の状態を保ったままルースさんを待っていました。
そして、彼女の演奏を聴き終えると同時に、ハラハラと散り始めて、大半の花びらをピアノの上に落としたそうです。

その場には、友人母娘が聴衆として参加していて、様子を教えてもらいました。
NHKで放送があるから、見て、と。
彼女の話をききながら、とても信じられませんでした。
NHKの人がこっそり桜を揺らしたのかもね・・・なんて。

でも、画面を通して見た醍醐桜は、風もないのに、演奏が終わるとともに
一斉に散り始めてそれは、もう奇跡の瞬間でした。

その後、真庭市の醍醐桜を訪れたときに
細い急坂をどうやってあのピアノを上げたのだろうとそれにも驚きました。

それから10年後 2017年7月30日   
92歳7ヶ月のルース・スレンチェンスカさんのコンサートに
真庭市で演奏を聴いていた母娘さんに誘われて行きました。


プログラムを見て、92歳の彼女が2時間という長丁場の演奏会に
耐えられるのだろうかと心配しました。

エスコートされて現れたルースさんは、年相応の可愛らしいおばあちゃんでした。

ところが、演奏が始まると、力強く、美しく、寸分の狂いもなく(ここが凄い)
プログラムの全曲を見事に演奏されました。

モーツアルトのピアノ・ソナタ3曲(第9(8)番K.310、11番K.331、17(16)番K.570)
ラフマニノフの前奏曲3曲(作品,23-6、,23-5、32-5)

アンコールはプログラムのどの曲の深い味わいをも吹き飛ばすぐらい軽快な
ラフマニノフの「イタリアン・ポルカ」


終了後、きっとお疲れだろうと思っていましたが
アルバムへのサインのために並んだ長い列の一人一人に笑顔を向けて
丁寧にサインされていました。

  友人が主催者と友達ということで、私たちは最後まで残って
ゆっくりとサインをしていただきました。

一週間弱の滞在中に、レコーディングもされて、日ごとに進化を遂げている様子が
NHKの番組で放送されました。
「先生の筋肉は前よりも力強いように感じますね」との呼びかけに対して即座に

そんなことはないわ。筋肉は年とともに衰えるもの。
ショパンの難曲を弾くのに私も大きい筋肉を鍛えて
十二分に表現してきましたが、今は大きい筋肉が無くなってきた代わりに
私は小さい筋肉で違う美しさを表現するのですよ。

「老いは成長の始まりなのです。」

と答えたのが印象的でした。

その後2020年にも95歳でコンサートをなさったそうです。

私たちが、天才から見習うことは一つも無いようにも思いますが
加齢によって失っていくものを惜しんだり嘆いたりするのではなく
だからこそのものに目を向けて終わることなく成長していくことは
その志さえあれば誰にでもできることではないかと思います。

彼女が真庭市の子供たちに語りかけた言葉

私はラフマニノフが持ってない良いものを持っている
あなたも、私が持っていない良いものを持っています。

2024年4月
娘が嫁ぐ先のお母さんは真庭市のご出身
ずっと昔に心震わせ、忘れかけていたことを思い出しました。

老いは成長のはじまり

無理なことを望むのではなく、今あるものを使って
よりよく生きることを求めて
娘の門出と共に、私も新しいスタートをと思います。

この記事を、コンサートに誘ってくれた友人に
掲載確認をしたところ
ルースさんの近況を知らせてくれました。

まだまだ、私も頑張れる!


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