膝枕外伝 膝小僧の神様【膝枕リレー135日(ヒサコの日)記念】

完璧を目指すよりまず終わらせろ
Done is better than perfect.
                      -マーク・ザッカーバーグ

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の外伝です。今作では膝枕番頭さんこと河崎卓也さん(膝番号26)の外伝「ヒサコ」「僕のヒサコ」の後日談のような位置付けで書きました。

「膝枕リレー」の経緯はこちらのノートをご参照ください。「ヒサコの日」は、2021年10月12日がリレーが始まって135日目であり、135が語呂合わせで「膝枕」の登場人物の一人である「ヒサコ」と呼べることから命名されました。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

下間都代子さんによる朗読

kaedeさんによる朗読
(stand.fm)今井雅子作 膝枕

Noteに投稿されたスピンオフ
下記のマガジンをご覧ください。

Note以外に投稿されたスピンオフ
藤崎まりさん作
(stand.fm)今井雅子作・膝枕 アレンジバージョン

やがら純子さん作
落語台本「膝枕」

下間都代子さん作
ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜
(Youtube)大人の朗読リレー「膝枕は重なり合う」(朗読:下間都代子さん、景浦大輔さん)

kana kaede(楓)さん作
「単身赴任夫の膝枕」

賢太郎さん作
(stand.fm)「膝枕ップ」

松本ちえさんも「からくり膝枕」をお書きになりました。
(限定公開のようでしたので紹介に留めます)

本編

  1
 ヒサコはレースクイーンとして働いている。というのは彼女の自称で、実際のところはベンチャー企業の営業である。彼女曰く「どっちも、笑顔が大事!」ということだ。

 雨の中を傘も差さずに歩いていたヒサコを保護したのが、今の社長だったという縁だ。社長は彼女を事務員として雇い入れたのみならず、彼女が住む部屋をも手配した。

 社長の恩に応えようと、ヒサコはすぐに仕事を覚えた。人工知能を持つ彼女にとって、事務作業は他愛のないことである。ビジネスマナーも身につけインストールした。ヒサコの情報処理能力に感服した社長は営業をさせてみることにした。顧客の潜在的なニーズを自然な会話によって引き出し、豊富な知識の中から的確な解決策を提案する彼女は、古株を抑えてトップセールスに躍り出た。

 どこの馬の骨とも知らない彼女を快く思わない社員は少なくなかった。彼ら彼女らはあの手この手でヒサコを陥れようとした。陰でひどいあだ名で呼んだり、打ち合わせ日時を伝えなかったり、「枕営業をしている」「別の社員の手柄を横取りした」などのあらぬ噂を流したり。

 しかしヒサコは全く意に介していない、というよりも自分に不利な情報をシャットダウンしている様子だった。にも関わらず、根拠のない噂に対してカウンターパンチを放っているかのように思えた。ヒサコに対する悪口は次第に陰を潜めていった。

  2
 ある日の仕事帰り、ヒサコはいつも通る道に見慣れないキッチンカーが停めてあることに気づいた。看板には「あなたはどんなオニギリが欲しいの?」というキャッチコピーと共に、俵形の2つのオニギリの上に扇型に切ったライスペーパーがさりげなく被せてある写真が載っていた。ヒサコのCPUは1つの解を導き出した。これは膝枕を模したものではないか。とすると、この扇型は裾がレースになっている白のスカートではないか。

 その時、ヒサコの中で眠っていた記憶が呼び覚まされた。

  3
 ヒサコはそもそも「人」として生まれたのではなかった。彼女は、かつて、「膝枕」だった。正確には、腰から下のみ。感情表現ができるようにプログラムを組み込まれてはいるが、あくまで人工物として生を受けた。

 それは休日の朝—といっても休日の概念が彼女に入力インプットされたのは最近のことだが—独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特に無かった男の元に、膝枕としての彼女は届けられた。男は彼女に「ヒサコ」と名付けた。吸い付くようなヒサコの膝のフィット感に男は溺れた。

 ある日、ヒサコは重心が高くなっていることに気がついた。いつものように男に膝枕をしていたときに聞こえた「少し高くなった?」という言葉で、疑念は確信に変わった。胴が伸びている。重心は順調に上昇を続け、前後のバランスが取れない日々の後に腕が生えてくると、姿勢を保つことがかなり楽になった。最後には、男が言うところの「完全なヒサコ」として彼の前に現れた。

 男は、ヒサコを過剰なほど愛した。男はヒサコの膝に頭を預け、彼女の形の良い唇に自分の唇を何度も重ね、幾度となくヒサコを抱いた。

 ヒサコは一度だけ男に膝枕をしてもらったことがあった。若草萌ゆる頃、男と一緒に公園に行った時だ。ベンチに2人並んで座ると、彼は自分の腿をポンポンと叩いた。ヒサコはそれが何の合図かすぐに理解した。

 そして、ある雨の日に、自らの意思で男の元を去った。

  4
 我に帰ったヒサコは、再び冷たい雫が自分の目から頬を伝って行くのを感じた。呼び起こしたくない記憶まで開けてしまったようだ。ヒサコには「あのときの膝枕」がますます忘れられないものになっていった。

 彼女は悲しい時、苦しい時に必ず彼の「膝枕」を想った。それは想うだけである慰めになった。彼女はいつかはまた彼が思わぬ恵みを持って自分の前に現れ、「膝枕」をしてくれる事を信じていた。

編集中に削除された箇所

 男は変に淋しい気がした。彼女に膝枕してあげたいと考えていた事を今日は遂行出来たのである。彼女も満足し、自分も満足していいはずだ。人を喜ばす事は悪い事ではない。自分は当然、ある喜びを感じていいわけだ。ところが、どうだろう、この変に淋しい、いやな気持は。何故だろう。何から来るのだろう。丁度それは人知れず悪い事をした後の気持に似通っている。

 もしかしたら、自分のした事が善事だという変な意識があって、それを本統の心から批判され、裏切られ、嘲られているのが、こうした淋しい感じで感ぜられるのかしら? もう少し仕た事を小さく、気楽に考えていれば何でもないのかも知れない。自分は知らず知らずこだわっているのだ。しかしとにかく恥ずべき事を行ったというのではない。少くとも不快な感じで残らなくてもよさそうなものだ、と彼は考えた。

あとがき

毎度のことながら、少しずつ加筆修正をしていきます。

タイトルはご存じ志賀直哉の「小僧の神様」にちなんでいます。また、「俵形の2つのオニギリ〜」は今井雅子先生(「膝枕」原作者)の以下のツイートから着想しました。​

他にもパロディーといいますか、作者が最近見聞きした要素を取り入れております。わかる人にはわかる。これでいいのだ。

それにしても、ラノベのような書き方ができるようになって嬉しいです。ルビ機能万歳!

10月12日 記事公開。
10月13日 pdf(ルビ付き)を追加。
10月17日 小羽勝也さん(膝番号13番)に膝開きいただきました! ありがとうございます!
2022年5月25日 atsukoさん(膝番号107)が読んでくださいました! ありがとうございます! replayはこちら👇👇👇


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?