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脱オタしようとして一人になったOくんの話

大学時代の話。同級生でオタク趣味を通じて仲良くなったOくんから「お前たちは友達ではない、しょうがないから一緒にいるんだ」という“緩い絶縁宣言”が僕と友人Sに浴びせられた。学校最寄り駅の高架下の自転車置き場で、なんでもない話をしていた最中だったと記憶している。

その時は笑って「そうだよな、しょうがなく一緒にいるもんなw」と冗談めかして流したけれど、当たり前のように溝ができて、当たり前のようにOくんは僕らオタク仲間からは離れていった。
僕はまぁ別にそういう奴もいるだろう、という感覚で前と変わらずOくんの家に授業に関する資料などを借りに行っていたが、玄関先で追い返されたり、割と塩対応だったように思う。

脱オタを目指して

“緩い絶縁宣言”をする前から、ちょいちょいOくんは頑張っていた。脱オタを目指したのだ。度々オタクに対して厳しい言葉で苦言を呈し、格好もこれまでのダイエーで買った服からモード系と言われるようなアイテムをチョイスし始め、どこで買ったか判らない足に紐がついたパンツなんかも履き始めたし、ゴツゴツのブーツなんかも買っていた。時には『格好には気を配ったほうが良い(そう、僕のようにね!)』というアドバイスをくれることもあった。

めでたくオタクメンバーと袂を分かった後は、学内でも目立つ『イケてるグループ』と行動したり、彼らにくっついてファミレスで駄弁ったりしていたのだった。きっと『イケてるグループ』がOくんの目標だったのだ。
(ちなみに僕ら『イケてないオタクメンバー』はスーパーの駐車場でカラフルピュアガールを読んだり、唐揚げ弁当や惣菜を食ったりしていた)

ある日、Oくんが憧れる『イケてるグループ』の一人、Iくんが僕のバイト先で一緒に働き始めた。僕の紹介ということもあって、同じシフトに入ることも多く、自然と話がOくんのことになる。「最近、よく一緒にいるらしいね」という話を振ると、Iくんは「別に良いんだけど、楽しいのかなぁ」と苦笑いしていた。

いつだったかOくんに「なぜあの人達は深夜までファミレスにいるのか、時間の無駄ではないか」という疑問をぶつけられたことがある。僕は「では帰れば良いのでは…」という至極当たり前の返答をしたが、どうにも納得していない顔をしていた。Oくんは仲間外れにされたくなかったのだろう。

それから彼はどうなったのか

季節は過ぎていき、そのうちに僕は趣味を通じて別の友人が出来たり、他のメンバーはサークルで忙しかったりと、それなりに楽しい日々だった。
Iくんとはバイトを通じて仲良くなり、『イケてるグループの会』にも顔を出したことはあるけれど、そこにOくんの姿はなかった。彼はどこに行ったのだろうか。仲の良い友達が出来て、そこで楽しくしていればよかったのだけど、特にそういう話も聞かなかった。『イケてないオタクメンバー』を去り、『イケてるグループ』からも弾かれたOくんはどこへ行ったのだろうか。僕は知らない。

卒業してからしばらくして、学生時代からずっとやっていたウェブサイトを通じて一通のメールが来た。Oくんからだった。結婚した、専門学校を経て念願の教職に付けた…等々の報告の後に、こんな一文があった。

学生時代は楽しかった オタク仲間のみんなとまた会いたい

メールの文面を読み返してみたが、何を言っているかよくわからなかった。Oくんは「お前たちは友達ではない、しょうがないから一緒にいるんだ」という言葉を忘れているのだ。いつの間にか楽しい日々にすり替わっているのだ。こんな人がいるのか、と心底驚いた。

大きなお世話かな?と思いながらも、自分から“緩い絶縁宣言”をした旨を丁寧に認めて返信すると、僕に対しての謝罪と、みんなに謝りたいからアドレスを教えてほしいという返信があった。遅い、遅すぎる。そんなのは学生時代に済ますべきことで、いま謝罪をされたところで、僕や、SくんやNくんらの『イケてないオタクメンバー』になんら寄与しない。その謝罪は自分自身に対してのケジメに過ぎない。僕らは蚊帳の外の謝罪だ。なんとも最初から最後まで自分勝手な人だった。僕は返信しなかった。

『イケてないオタクメンバー』は卒業して14年後ぐらいに再会した。卒業してからしばらくネットゲームなんかで一緒だったし、実際に会ってもどうってことないだろうと思っていたけれど、住んでいるところも、休みもバラバラな3人が都合を合わせて学生時代の思い出の場所で再会した時、感情に突き上げられて思わず吹き出してしまった。自然と笑ってしまうぐらいに嬉しかったのだ。再会がこんなに嬉しいものだとは思わなかった。「なんというか、嬉しいものだね」と云うと、みんな笑った。他の二人も嬉しかったのだろう。

居酒屋でたくさん話した。学生時代のこと、卒業してからのこと、今の職場のこと、ホットなゲームやアニメのこと、聖地巡礼したこと、趣味のこと。あれやこれや。溢れ出てくる話題の中に、Oくんの居場所はなかった。

脱オタを目指したOくんはその時点で一人になったのだった。

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