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知ることは予防すること

今日、久しぶりにジムにいってランニングマシンで走った。ランニングマシンにのるといつも思うことなんだけど、調子のってスピードあげて、足が絡まったりして、マシンに流されたら痛いだろうな、ダサいだろうなと、最悪のケースがいつも頭をよぎる。だから、普通に道路を走るよりも、姿勢を整えたり、足幅を気にしたりしてみる。そのときに、ふと思った。最悪のケースを想像し、気をつけることは、予防につながるんだ、と。

1歳半の娘をみながら、転んだり、痛い思いをしたり、怪我したり、怒られたり、褒められたりすること、経験を通して、学び、成長してる。痛いことは、次しないように気をつけてる。相変わらず、よく転んでるけど。経験や知ることを通して、次回からの行動に変化が及んでる。痛かったり、怪我したりすることを通して、次からは気をつける。予防してるんだ、と。

長年、死にたいほどの苦悩を抱える方のための相談機関でボランティアしたり、働いてたりしてた。相談員のための研修で、よくロールプレイ、模擬練習をしてた。相談する側と、相談される側に分かれる。相談する側には短いシナリオを用意して渡す。そのシナリオを想像して、死にたい気持ちを抱える方になって、相談してみる。そうすると、相談される側の何気ない一言に傷つけられたり、単調な頷きにイライラしたり、テクニックを駆使したようなオウム返しに嫌気がさしたりする。その経験をとおして、よき相談員となるべくトレーニングする。

そのロールプレイで、どう答えたら正解とのマニュアルは一切ない。自分が相談してみて、どんな応対に心が軽くなったり、しんどくなったりするのかを経験して学ぶ。そのときに、これを言ったら正解という言葉を見つけるよりも、この対応はダメなんだなということを経験していったように思う。この聴き方では余計しんどい思いにさせてしまう、ということを体感していった。そう、まずい応対を予防していった。

知ることや経験することの意味について、ランニングマシンにのりながら感じたことを書きなぐった。

今週末はフルマラソン。追い込まなければ。もう遅いけど。

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