アドボカシー

今日はアドボカシー、政策提言について考える会に誘ってもらった。先ずは市議会議員との交流、きっかけを作り、信頼関係を育んでいくことを目指すようだ。

結局、そうか、と。政策提言につながるスーパーパワーがあるのではなくて(もちろんテクニックは様々にありそうだけど)、人間関係、信頼関係が先ず重要なんだ、と。結局そんなもんかと思うとともに、やっぱりそうなんだ、と思う。

地元の田舎を思い返すと、町会議員と土木関係が密な関係があるのは、なんとなく感じる。すぐに箱物を作りたがる。議員にセンスがないのはあるんだろうけど、支援者との関係性もあるだろう。そりゃ、自分を支援してくれてるんだから、そこ貢献していこうとするのはある意味当然のこと。それが、本当に町のためになっているのか、という議論はあるけど、まぁ、そこまで考えられる人は少ないだろう。

とすると、やっぱり密に関係を結んでおくことは大切だ。逆にそこまで提言できるような人は少ないだろうから、そこに食い込めれば、十分に議論の価値は生まれる。

一方で、結局、そんな風にクレバーに立ち回れるやつの声は届き、地道に目立たない活動や人は日の目をみない可能性が高い。そんな人たちの声を拾い上げたり、光をあてる団体ってどこなんだろう。メディアの力も大きいだろうな。

あと、印象深かったのが、総論と各論。あれこれと行政に意見を言っても、総論としてそれっぽいことは反映されるけど、各論になって自分たちの活動に予算をつけてもらおうとすると、全然話を聞いてもらえなかったりする。そんな懸念について、ある人が、市民団体が、その総論の文脈を上手いこと活用しながら、各論の活動を意味づけていけば良いって言ってたのが勉強になった。紐づける力、意味付ける力。

それと、結局は、対等な関係じゃないことを早めに自覚して、お互いに関係性を育むなかで本音を言い合う。そうやって時間をともにすることの重要性を痛感した。大きなビジョンのためなら、忖度大事。よく分かるけど、やっぱり、そんなもんなんだなと、落胆と希望を感じながら、帰路につく。

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