悠久の音サムネ

重力に任せて生きるか、重力に逆らって生きるか|ウタトコト⑥

「ウタトコト」とは?=歌×言
歌とエッセイを組み合わせて、1つの作品のように発表しています。

このページの最後には、”今日の歌”の動画があります。まず聞いてみたい!という方は遠慮なく文章を飛ばして、音楽を聴いてみてください!

こんにちは!シンガーソングライターの嘉村こずえです。

ウタトコト「自分と世界を抱きしめる」
この連載も今回で6回目、終盤になってきました!
(第5回の投稿はこちら→「ちいさな自分が教えてくれる、たくさんのこと」)

今回のテーマは、
重力に任せて生きるか、重力に逆らって生きるか」。

変なタイトルですみません。笑 
詳しくは読んでみてください!

脱力している時が、一番つよい

突然ですが、私、太極拳を習ってるんです。
ちょっと家から遠いところにあるので、
月1回程度しか通えてないのですが、
2年ほど前から細く長く続けてます。

「太極拳」と聞くと、武術とか健康法とかを
イメージする方も多いかと思うんですが、
私はこの太極拳道場で、
身体を使いながら自分の普段の在り方についての
大きなヒントを学ばせてもらってるんです。


その道場で体験していること。
2人1組で、立った状態でお互いの身体を押すなどして、
身体の状態をチェックする時間があるのですが、
その時2パターンのやり方をします。

身体を押される側が、
①押してくる相手に対して、倒されないように力を入れて反発する。
②押してくる相手に抵抗せず、全身の力を抜いてただ立つだけ。

これ、どうなると思いますか?

結果は、
①は押される側が簡単に横に傾いてしまうのに対して、
②の脱力して立っているだけの方は、押されてもびくともしないんです。


これ、初めて体験したときかなりの衝撃で、
「へっ?」てなりました。

身体を横から押すチェックの他にも、
身体を両腕で抱えて持ち上げたりするパターンもあるのですが、
これも同じ。

持ち上げられる側が力を入れて抵抗しようとすれば、
割と簡単にひょいっと体が浮いてしまうのですが、
抵抗せずにリラックスして立っていると、
全然持ち上がりません。


この”力を抜く”というのはコツがあって、
単にだらっと立つのではだめで、
バランスの取れた姿勢で全身の内側のりきみを抜いて、
重力にまかせて立つ、という感じなのですが、
そうすることで、地面に向かう重力に対して、
逆向きの抗力というパワーが起こり、
自分を支えてくれるのです。

つまり、自分一人の力ではなく、
地面から力を借りている
ことになります。

自分がリラックスし、
身体のりきみをとればとるほど、
戦う相手からのパワーを無力化し、
自分自身を強めることができる。

合気道や柔道など、
色々な武道に通じる”脱力”の技のようです。

私のやっている太極拳の内容は、
身体を流れる”気”(エネルギー)の扱い方を学んでいる感じで、
全然武術の域ではないのですが、
「ああ、こんな風に戦っていたのか」と、
古代からの武術の片鱗を見せられているかんじです。

無駄な”りきみ”をなくした時、湧き上がるものを信じよう


この道場では、
身体の使い方の基本的な流れとして

「抜き」→「起こり」→「委ね」
という3段階で説明しています。


一言でいえば、
「余分な力を抜いた時、自然に湧き上がってくる力にゆだねて動く」
ということ。

そして、これは、
私たちの日々の生き方、在り方にそのまま当てはめられますよ、
とも教わっています。

私、この感覚、すごくよくわかる気がして。

太極拳での動きについて書いたこと。
「余分な力を抜くと、
地面(地球)からの大きな力が自分を支えてくれるようになる。」

これって、自然の法則だと思うんです。
そして、私たちの生き方にも当てはまるんじゃないかと。

この連載の第3回でも書いたのですが、
私は、「歌で表現活動をしたいんだ」と気づき、
自分の深い部分と繋がるようになってから、
世界とのつながりも感じるようになったり、

何より、「自分が前に進むための流れに乗っている」と思えるような、
自分の人生を導いてくれる人との出会いや
経験にたくさん恵まれるようになったんですよね。

そう、まるで、
何か自分を超えた存在が、
背中を押してくれている
ような感じでした。

その時の自分の状態って、
先が見えない状態でも不思議と不安に陥らずに、
「このまま、今大切にしたいことを、大切にしてゆければ大丈夫」
と思える感じだったんです。


今振り返れば、
人生を小手先でどうにかしようとジタバタするのではなく、
自分の深い部分や世界と繋がって、
そこに根差して生きるようになったことで、
不要な「力み」が取れていったんだと思います。

そして、そうして生きるようになった途端、
道が開けていくようになっていき、
私はだんだん、
「自分の運命が導かれるままに任せよう。
きっと私にふさわしい場所に連れて行ってくれるはず。」
なんて思うようになりました。


「余計な力みのない状態」

それは
ある人にとっては
周りとの比較でない「自分だけの幸せの形」を、
日々の中に見いだせるということかもしれません。

ある人にとっては
「自分はこのために生まれてきた」
という何かを持つことかもしれません。

どんな形でも、
人がその人の”本質”のようなものに正直に生きようとする時。
それは自然の法則でいえば、
重力に素直に身をゆだねるようなもの。

そんな時、
その人の持って生まれた資質が一番花開いて、
この世界にある「大きな力」が、
その生き方によりパワーを与えてくれる。

そうゆうことなんじゃないかなと思ってるんです。

シーソーに揺れながら

さて。
こうやって書くと、
私がいつも自分の人生で不安を感じずに、
リラックスし、人生流れるままに、
素晴らしく展開していっているのか、
と聞かれそうですが、
もちろんそうばかりではありません(笑)

私のこれまでの道のりの中でも、
ゆったり構えていて、自分の思いや人生を信じ、
それが開花するような縁に恵まれる時期と、
何かと不安になり、頑張ってみても、
思った通りの結果にならずに、空回ってしまう時期を
まるでシーソーのように
行ったり来たりしています。

「力を抜いて導かれるに任せる」
その生き方は、
一般的な”頑張る”ってゆうニュアンスとは違っていて、
どこか受け身な姿勢にも感じられます。

でも、やっぱり人生、
まずは自分からアクションを起こさなければ
何も始まりません。

この生き方は、実際のところ、
絶妙なバランスが必要だなと感じています。

私は一時、「流れに任せすぎ」て、
気付いたら受け身のようになってしまい、
何も前に進んでいかない時期も経験しました。苦笑


だから、こうして、
自分のペースを大切にしながら、
それでもちゃんと発信していく。
人や世界と関わっていく機会を自分で作っていく、
その大切さを今感じています。


私の物語も、みなさんの物語も、
これから続いていきます。
どんな風に開けていくのか、楽しみですね。

この私のような
「前のめりだけど脱力していて、運命任せな生き方」が、
どんな風に展開していくのか。

興味ある方は、見守って頂けると嬉しいです。笑
そして共感してくれる方は、
共に探求しましょう!


◆今日の歌  「悠久の音」


今日の歌は、今回書いたような、
「この世界にある、何か大きな力」の神秘と、
その力に導かれてみる、そんな感覚を歌にした曲です。

歌詞のついた歌の部分が少なめで、
とっても感覚的に表現している曲なのですが、
その分、ぜひ歌詞のメッセージだけでなく、
曲全体から自由に感じたり
受け取ってもらえたらうれしいです^^

「悠久の音」
詩・曲 嘉村こずえ
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