苔源郷をつくる
タビートロニック・スーパードームを作りたい。
誰しも一度はそんな願いを持つことがあることでしょう。
何を隠そうわたしもそのうちの一人です。
皆さまはタビートロニック・スーパードームについてご存知かとは思いますが、念のためご説明します。
タビートロニック・スーパードームは英国放送協会(通称BBC)にてかつて放映されていた、大人気子ども向け番組『テレタビーズ』(Teletubbies)のタビーちゃんたちのおうちです。
ティンキーウィンキー、ディプシー、ラーラ、ポーの愉快な四人が踊り狂いながら、
なかよく顔型のトースト(タビートースト)やピンク色の汚ぇ液体(タビーカスタード)を飲食し、かわいく狭い寝床(タビーベッド)でスヤスヤしたり、そういう安息の地です。
小さい頃からずっとテレタビーズならびにテレタビーランドの虜だったわたしは、ハネムーン旅行にかこつけてロケ地の丘に行こう!と意気込んでいました。
あわよくば手持ちのポーのぬいぐるみと記念撮影がしたかったのです。
たとえそれが遠くからの撮影でもよかった。その場にいるという実感が欲しかったのでした。
しかし現実は厳しかった。
イギリス郊外にあったその緑美しい豊かな丘は、カス旅行者の皆さんによって踏み荒らされ、怒った地主さんが池にしてしまったようでした。
安息の地がなくなってしまった。
この事実はわたしをかなり落ち込ませ、同時に在りし日のタビートロニック・スーパードームへの憧れをより強くさせました。
……ここまでついて来てくださっている人のなかで、でもテレタビーズってもう人気ないっしょとお思いの方もいることでしょう。
実は昨年よりNetflixで完全新作の新シリーズがはじまり、それに伴ってグッズ販売やリバイバルブームが一部界隈に来ている最中なのです。
とはいえロケ地が池になっている以上、テレタビーランドならびにタビートロニック・スーパードームはCGにせざるを得なかったようです。これはかなり寂しい。
そういうわけで、昨年末にNetflixを契約したものの結局新作を観ることはあまりなく、
代わりにコレクションしているDVDや、YouTubeで公式があげている旧テレタビーズを何遍も繰り返し観ているというわけです。
過去でしかわたしの充足感は埋めることができない。
それは今後を期待しないという諦めでもあり、慣れ親しんできた環境に身を置き、そこにいつまでも住み続けられるという安寧でもありました。
──ところで、わたしは苔が好きです。
ワサっと生えているあの独特のふわふわ感。水と光で生きていけるたくましさがありながら、小さな山を思わせるかわいらしい佇まいをしています。
所持している小さなテラリウムの蓋を開け閉めしたり場所を移したりするのを朝の日課としており、毎日緑のわさわさに笑いかけています。
ある週末、テレビ超ひゃっか!をパラパラ読んでいたとき、ふと既視感がありました。
テレタビーランドは丘と丘がゆるやかに重なり合う自然豊かな場所。
それでいてタビートロニック・スーパードームは丸い緑色の造形……。
あ、これ
苔でいけるな
生まれて初めて苔、その他を大人買いしました。
失ったものばっかみてたら得たものがわかんなくなっちゃうぞ〜みたいなことをたぶんバンプか米津玄師が歌っていました。本当そう。失ったなら自分で得ればいいんですよ。
安息の地を作ります。
この不毛の地を鮮やかな緑で埋め尽くします。
お花を生けるために用いられる「オアシス」を半球にし、これをタビートロニック・スーパードームの礎とします。
ドームを外し、土に苔を移植していきます。
……わたしが好きだったテレタビーズは、テレ東の月曜朝8時からの枠で放映していました。
普段なら登校班でとっくに出ている時間帯、だから風邪で寝込まないかぎり観ることができない、特別な体験だったのでした。
イギリス流のコント魂、ほとんどブラックと言っていいほどのユーモア、意味不明なマザーグースネタ、お腹のテレビに映る無邪気な子どもたち。
高熱に飲み込まれたかのような場面展開の数々は、幼いわたしにとってはどれも新しく、鮮明でした。
母に初めてビデオ録画をせがんだのはこの番組だったことをよく覚えています。
でも一番惹きつけられたのは、あの仲良し四人組と彼らの住む丘で、見るたびになぜだか懐かしく、永遠にここで楽しく過ごしてほしいと思っていました。
大人になった今では、ほとんど望郷のように振り返っています。わたしもまた、あの丘でともに暮らしていたかのように。
このドームに苔植える作業がバカ大変で2時間弱くらい平気でかかりました。次の日肩が筋肉痛になって死んだ。
とまれ、開始からかれこれ3時間後、ついに完成しました。
完成したとき、そこには誰も住んでなどいないのに、わたしは確かにテレタビーズを感じました。
緑の匂いが鮮やかな、光に包まれた桃源郷。昔からずっとこの丘を近くで見たかった。
小さなころは願うしかなかったことを、大きくなったいま叶えられた。
こんなに嬉しいこと他にあるんだろうか。
丘の向こうのそのまた向こう、テレタビーズのいるところ。
わたしはわたしの桃源郷といつまでも暮らしていこうと思います。
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