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秋葉原-第2話「メイドさんのお仕事」

※この作品は2024年1月に開催される
ニュー新橋ビル商店街・秋葉原駅前商店街振興組合主催のイベント
「しんばし×アキバ カコ↓イマ↑ミライ展〜過去を知って、今を感じて、未来を描く〜」のために書き下ろしたものです。
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 原色に原色を重ね塗りした油絵のように、様々な店舗が、そして様々な商品がひしめきあっている。家電、パソコン。ゲーム、コミック、同人誌。フィギュア、カード、アイドルグッズ、アニメグッズ。空を覆い尽くす巨大なサイネージや看板で、メーカーやショップのロゴが、美少女やヒーローが、激しく自己主張する。
 行き交う人々も多彩だ。大型テレビやゲーム機の新製品を目当てに来ている夫婦や親子連れ。最新のノートPCを物色しているスーツ姿のサラリーマン。アニメキャラがプリントされたシャツを着こなしているサブカルマニアの若者。はしゃぎながらスマホを掲げる外国人観光客。
 最近はメイドカフェやコンセプトカフェと呼ばれる店が増え、そこで働く女性たちの姿も目立つようになっている。いわゆるメイド服だけでなく、存在しない私立女子校の制服姿、あるいは宇宙人や妖精の姿の子も闊歩している。
 そして私は気づく。その不思議な少女が、今日もまたそこにいることに。
「こんにちは」
 いつもと違うことが起きて、私は慌ててしまった。少女が声をかけて来たのだ。
「こ、こんにちは……。ああ、ごめんなさい。じろじろ見てしまって」
 私は頭を下げた。少女は笑顔でかぶりを振った。
「目が合ったから挨拶しただけです。見たっていいですよ。ここに立っていて見られないわけがないもの」
「あのさ……無礼ついでに、一つ聞いていいかな」
「いいわよ。何」
「君は何者なんだ」
「ふふっ。見ての通りメイドさんですよ。アキバにはたくさんいるわ」
「いや、それが違うと、私は思うんだ。それで不思議で、つい見てしまっていた」
「どうゆうこと?」
「メイドさんやキャストさんは秋葉原では風景の一部だ。君も、すっかり街に溶け込んでいる。けど私は気づいたんだ。君だけはおかしい、ってね。君は、君だけは、目的がないからだ。そこに立っているが、チラシを配っているわけではない。呼び込みをしているわけでもない。もちろん呼び込みが制限されている場所では、ただ立っているだけの子もいる。それでも、ちゃんとやっていることがある。衣装とメイク、そして自分自身の存在で、店を宣伝している……店があればね」
 私は彼女の背後のビルを見上げた。そこには、彼女に関連しそうな店は一つも入っていないのだ。
 彼女は笑顔のままで黙っている。
「君はどの店にも所属していない。君が着ているその衣装を制服にしている店は、そのビルにも、この通りにも、いや秋葉原のどこにも、存在していない。つまり君は存在しない店のメイドだ。全く目的もなくそこに立っている。しかも毎日、毎日。いったい、どういうことなんだろう?」
「よく気づいたわね」
 予想外の反応だった。
「メイドさんではない。としたら、何だと思った?」
「それが全くわからないんだ。たとえばロボットだとしても、あるいは宇宙人だとしても、目的なく立っているなんて、ありえない。降参だ、教えてほしい」
「ここにいること。まさにそれが私の仕事なの。正解までもうちょいね」
 頭の中で何かがひらめいた。
「君はそのビルの前のその位置にずっと立っている。そして何かを宣伝しているわけではない。だとしたら逆に、何かを隠すためにそこにいるんじゃないだろうか」
「正解」
 平然と答えた。あわてたそぶりもない。
 私は彼女の背後を注視した。が、そこに何かが隠されているようにはとても見えなかった。ビルの、ただの壁だ。
「ねえ、素敵だと思わない?」
「何が」
「ここ」
「秋葉原?」
「そう。特に今。2024年の、秋葉原。とんでもなく面白い街だと、思わない?」
 私は頷いた。それは肯定するしかなかった。
「いろんな歴史があって、いろんな人が来たり去ったりして、いろんな建物でいろんなものが売られて買われて、いろんな言葉が交わされて、そういうことがまぜこぜになって、仕上がった。これって、テーマパークみたいに、作ろうと思って計画して、できるような空間じゃないよね?」
「わかるよ」
「だから貴重なのよ。2024年の、この街。ずっと未来を考えてみて。ずっと先の時代、遠い未来の人が、この2024年の秋葉原に憧れるって思わない? この時代の人になりきって、この街を歩いてみたいって人がいてもおかしくないでしょう」
 私は息を呑んだ。
「つまり……君は未来から来たのか」
「違う。私はこの時代にいるの。ねえ、こんなこと信じられるかな? 未来のある時代にね、未来の技術を使って、2024年のこの街のこの通りを、まるごと持って来ちゃうっていうプロジェクトが始まった」
「うん。そういうことも、あるかもしれない」
「って言ってもね、どんなに未来だって、魔法なんてない。タイムマシンなんてものも、発明されることはない。ただ、その時代の科学技術は、それと同じことを可能にしたの。この場所、この空間をVR空間として再現するってことをね。そのために2024年のこの街の、ありとあらゆる記録が集められた。公式の立体地図データだけじゃない。街頭の監視カメラが捉えた映像、人々がスマホで撮影してアップロードした画像、車道を走る自動車のドライブレコーダーの記録……この街がちょっとでも映り込んでるものが徹底的に集められて、ニューラルネットワークによる自動処理で組み合わされて、立体空間として再現されていった。そうして出来上がったのが、この世界、ってわけ……」

 人類史上最高の、幸せの空間、夢の世界。それを再現することに挑戦して、そして成功したの。
 ところがね、問題があった。再現されたその立体には、一つだけ欠点があったの。文字通り、欠けているところ。
 一箇所だけ、当時のデータが残っていない場所があったの。どのスマホにも、監視カメラにも、監視衛星にも、ドライブレコーダーにも、偶然、全く映っていないところが。
 それはわずか10センチ四方の小さなスペースなんだけど、残っていない以上、そこだけは正しく再現することができなかったのね。適当な色で塗りつぶしておく方法もあるけど、でもそれじゃ意味がない。完璧に再現できないということだったら、それは架空のゲーム空間を作るのと同じだから。
 それで、解決策が講じられることになったわけ。
 ここに訪れる人がその10センチ四方を、絶対に目にしないようにすれば、その穴は存在しないのと同じことになる。
 そのために、障害物を置けばいい。
 それで選ばれたのが、2024年の秋葉原で実在していた私。
 通りすがりのコスプレイヤーだったんだけど、ここに留め置かれることになった。派手な衣装で目を引きながら、問題の箇所をうまく隠して立っている。そんな使命を、与えられたってこと。
 この街にたくさんいるメイドさんのふりをしていれば、それは自然にできることだったのね。

 そこまで喋ると、彼女は黙った。私が頭を整理するまで、待ってくれたのだ。
「ありがとう」
 ようやくそう言うと、彼女は微笑んだ。
「ねえ。その穴、見てみたい?」
「興味はある。でも、見たらどうなるんだろうか」
「この世界が壊れるわ。あなたにとっての」
「私にとって? ちょっと待ってくれ。私は……いったい……」
「ここに、この最高に素敵な空間に入る時に、いったん記憶は消されることになっている。つまりあなたは今夢を見ているような状態なの。その夢から醒める。そして現実に戻る。それだけ。……そろそろ、そういうタイミングなのかもしれないね。いい?」
「いや、ちょっと待って」
 私は一歩後ろに下がり、顔を上げた。そして、街を見渡した。2024年の秋葉原。この素敵な風景を。
「うん、決めた。もうしばらく、ここにいることにするよ」

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