独房


    ごくありふれた光景だが、橋のたもとに独房がある。
 橋を渡る人々は独房を覗きこむことができる。違法な施しさえ与えなければ、いくら眺めていてもいい。卵形の独房はいたって小さく、囚人は常に座っている。窓を覗けば、ちょうど目と目が合う。
 風が吹く日、独房の小窓を覗きこんだ者がふと黙りこむことがある。ときにはその後の一生を黙して過ごす。
 彼が何を見てしまったのか、語られることはない。すべては卵型の独房の中の、一瞬の風で散るかそけき秘密である。

(『何も描かれない白い地図帳』より)

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