氷山

    氷山ではときおり薔薇が咲く。赤い薔薇が咲く。
 増殖と分裂を繰り返す氷山は氷の塊だ。氷であり、氷でしかないそのつるつるした表面に、真っ赤な花弁が嘘のように浮かび出ることがある。いや、本当に嘘なのかもしれない。氷であり、氷でしかないものから薔薇など咲くはずがない。
 長く氷でありつづけたものがありもしないまぼろしを見るのは、さして珍しいことではない。それが赤い薔薇だったとしても、何の不思議があるだろう。
 氷であり、氷でしかない氷山の、だれにも伝わらない古い寓話である。

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