牧場

    飼育されているのは、一匹の猿だ。なぜ牧場で猿が飼育されるようになったのか、経緯はひどくわかりにくい。ゆえに、だれも語ることができない。
 風采の上がらない一匹の猿は、べつに乳を出すわけではない。旨い肉になるわけでもない。ただの猿としてそこにいる。
 年取った猿はときおり青空を眺める。そのさまは何かを思い出そうとしているように見える。
 だが、猿はずっと猿だった。猿以外の何者でもなかった。猿がかろうじて思い出せるのは、自分が自分であることだけだった。
 猿は指さす、毛だらけの胸を。そして、おもむろに顔を上げ、遠い空を示す。
 あの光に満ちた青い空を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?